第112話14-4

雪江の対物ライフルの一種である”バレットM82A1”。その弾丸がペンライトを持った女性の頭を砕き、辺りには血と脳漿が飛び散る。

だがペンライト持った手は左右に激しく振られて、動きを止めることはない。


「助……けてっ! 助……けてっ!」


 女性の下顎近くから上は粉々になって飛び散り、残った口腔の断面にはケーキのお飾りをを連想させるように綺麗な白い歯とイチゴ大の舌が乗っていた。

脳髄は跡形もなく飛び散り、生きているはずのない”それ”は、4人に向かって助けを乞い続ける。


「助……けてっ! 助……けてっ!」


「何……あれ……」


 ジュリは頭がもげた状態で動く女性を見て唖然とした表情を見せる。 

まだ経験も浅く、このような状況に慣れていない中学生の女の子が見るにはショックが大きすぎた。ジョンもまた、苦虫を潰したかのような表情を見せる。

そしてジュリは思わず一歩後ろに後退りしてしまった。


「おい! 離れるなっ!」


 正造はジュリに向かって怒号を上げる。

ジュリがその無残な姿となった女性に気を取られた一瞬、ちょうどジュリの真後ろの藪が大きく揺れていたのであった。


「え」


 ジュリは背後に気配を感じて、咄嗟に後ろを振り向く。

先ほどまではただの藪であったはずなのに、今では一輪の花の様に藪から”顔”が生えていた。


 その顔の特徴はまぶたのない目と唇がなく歯茎が露出しており、鼻は削がれているかのようにぺちゃんこで一対の細い穴があるばかりであった。

その”顔”とジュリの視線が重なった瞬間、ジュリからはその”顔”が笑ったかのように見えた。


「っ!?」


 その相手を認識した瞬間、頭で考えるよりも早くジュリの体が反応した。

銀のクロスボウを構えて、矢を相手の目に向けて放つ。いや、放とうとした。


「あっ……ぐっ……」


 それは一瞬のこと。皺だらけの手が2本、藪から伸びていた。その手は枯れ木の様に細くしなびて、さらには木の枝を思わせるような精気のない色合いをしていた。

そしてその2本の手は片方はジュリのクロスボウを力尽くで押さえつけ、もう片手はジュリに首へと伸びていた。


 そしてジュリの細首からはあまりに強く掴まれているためか血の筋が流れる。

そして、ジュリの首を掴んだまま藪の中へと消えようとしたその顔の化け物。だが、その化け物とジュリが藪の中へと消えることがなかった。


「おいおい、その子を連れてどこに行く気だ?」


 ジュリの細首を押さえる化け物の手を、これまた皺だらけの右手が押さえつける。

枯れ木の様な色合いの化け物の手とは対照的に、正造の手は怒りのあまりか真っ赤であった。


「あんな胸くそ悪いものを見せやがって」


 正造は右手で化け物の手を掴みながら、左手にいつの間にか持っていた大ぶりのハンドハチェットを振りかぶる。

そして、その勢いのままその化け物の腕を両断する。


「tぎえhgひんぃ」


 奇妙な甲高いいななきがが森林にこだまする。その腕の切断面からは赤黒い血の代わりに、深い黒に近い緑の血が辺りへとほとばしった。

そして化け物の手によって体を持ち上げられていたジュリは化け物の腕が首に絡みついたまま、地面へと叩きつけられた。


「ごほっ、ごほっ」


 地面に叩きつけられたジュリは肺に新鮮な酸素を送ろうと、口をぱくぱくと開けながらむせかえる。目からは大粒の涙がこぼれ、酸欠のせいか視界は揺れる。

一方で同時に獲物を奪われたことで激高したのか、その”奇妙な顔”の持ち主が藪から飛び出てくる。


「この化け物が、”ファリス”……」


 ジョンは数時間前に妹のジュリに向かって得意げに話していたことが頭を過ぎる。


『不細工な人間の頭、カマキリの体と鎌、脚の代わりに4対人間の腕、オマケに人間の倍はある体躯のデカさ。ああ、コンクリートの壁くらいならぶち破る力も忘れてた』


 正造によって、今では腕が3本となった化け物”ファリス”が正造に向かって突進してくるのであった。

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