第111話14-3

 4人が山に入ってから1時間は経った頃、喪服を着た黒田夫妻、ジュリジョン兄妹の順でハイキングコースを歩いて居た。ハイキングコースの幅は2メートルはあり、普段から人が通っているためか密度の濃い木々の枝のせいで月明かりも乏しい

時刻は午後7時を回り、日は落ちて辺りには暗闇が広がっていた。ただでさえ鬱蒼とした木々に覆われた山が、この晩はさらに異質な雰囲気を放っていた。


 ジュリは矢を持つ天使があしらわれた白銀のクロスボウを、ジョンは切り詰めたショットガンに指を掛けてゆっくりと 黒山に一歩足を踏み入れた。4人は真っ暗闇の中、明かりをつけずに己の目と気配のみで突き進む。

一方で正造は古ぼけた茶色のトランクを持ち、鼻歌を歌いながらまるでピクニックに来たかのような雰囲気を見せる。


「今からそんなに気を張っていたら、目標のホテルに着くまでに疲れちまうぞ?」


 正造は空いた左手で指さしながらジュリとジョンに諭すように話しかける。普段はピクニックコースとして開放されている道ではあるが、喪服というお世辞にも運動に向かないであろう服装ですいすいと歩き続ける。

そしてその正造のすぐ後ろを、影の様に妻の雪江が黒のハンドバッグを持って付いていく。


「あ、いえ、でも常に警戒してないと命に関わるんで」


 ジョンの手は緊張からか手汗がじっとりと滲み、両目の虹彩は大きく開いて闇の中から飛び出してくるであろう異形の化け物に備えていた。

ジュリも兄と同様かそれ以上に緊張しており、紺のブレザーの下に着た白いシャツが汗で肌に張り付いていた。


「あらあら、初々しいわねぇ~。昔を思い出すわねぇ~」


 雪江はおっとりとした声で、ジュリとジョンの緊張した様子を舐めますように見る。その温和な表情からかけ離れたその目つきに、ジュリとジョンはややたじろぐ。


「あ~らあら、嫌われちゃったかしら~?」


 そんな他愛のない話をしながら進んでいた4人であったが、突然先頭を歩いて居た正造がピタリと足を止める。


「どうしたんです? 突然立ち止まるなんて」


 ジョンは突然立ち止まった正造の背中にぶつかりそうになりながら、小さく声を上げた。


「ここからハイキングコースを逸れるからな。ちゃんと付いて来いよ? おい、ばあさん、こいつらの後ろを守ってくれ」


「はいよ、おじいさん」


 正造は顎で行き先を指し示す。そこはハイキングコースからは外れていたが、そこだけは不自然に雑草が倒れて踏み固められていた。人1人がギリギリ通れる程度の細さしかなかったが、たびたび誰かがそこを取っているのが窺えた。

ハイキングコースに沿って張られたロープを跨いで、その道に一歩踏み出す。それにジュリとジョン、最後尾に雪江が続く形となった。


 先ほどまで歩いて居いたしっかりと整備されたハイキングコースとは違って足下はぬかるんでおり、雑草は腰付近の辺りまである。

木々はより密度を増して、真っ暗闇の周囲からは言いようのない圧力があった。


「……あれは?」


 4人が獣道に入って30分は経った頃、ジュリは遠くにぼんやりとした明かりがあることに気がついた。それは最初豆粒ぐらいの小ささであったが、近づくにつれてそれがペンライトの光であることに気がつく。

そしてそのペンライトは、木に背を預けて足を投げ出している人間の手に握られていることに気がついた。ちょうどその人物とジュリたちが向かい合う形となり、向こうもこちらに気がついたのかペンライトを持った手を左右に勢いよく振りかぶる。その度に首元まである長い髪も激しく揺れ、暗闇でもわかる程のその華奢な体格から、そのペンライトの持ち主は女性であると分かった。


「助……けてっ! 助……けてっ!」


 そのペンライトの女性は怪我でもしたのか、助けをひたすらに求める。

ジュリとジョンの2人はその女性を助けようと、駆け足で近寄ろうとした。だが、ジュリとジョンは、それぞれ正造と雪江に腕を強く掴まれて、勢い余って尻餅をついてしまった。


「……何で、止めたんです」


 尻餅をつき、制服のスカートが泥だらけになりながら不満を込めた声でジュリは正造に抗議する。

だが、正造は無言でペンライトを持った女性を睨み付ける。


「おい、”アレ”をよく見てみろ。立てないほどの怪我をしている割には、ちょいと不自然な位に元気良く腕を振ってないか?」


「え」


 ジュリは改めて、その女性を見やる。

そこには先ほどから変らずに手を振り続けている姿があった。


「助……けてっ! 助……けてっ!」


「でも……あんなに助けを求めてる」


 ジュリがさらにペンライトの女性の方に駆け寄ろうとしたのを、正造は力尽くで押さえ込む。

正造の枯れ木の様なひび割れた手からは想像も出来ないほどの力で腕を掴まれたジュリは、そこから一歩も動くことが出来なかった。


「もしあれが生存者として、なんで同じ言葉しか言わん? 普通なら、『○○が痛いー!』とか『早くここから助け出してー!』とか言うだろう。なのに、あの女は壊れたテープみたく同じことしか叫んでないのよ。 ……おかしくねー?」


「あ」


 ようやくここで、ジュリとジョンはその女性の異様さに気がつく。

元気よくペンライトを振り回し、同じ声しか発しない。それはまるで人間というよりも、子供の玩具に近いものであった。


「まるで、疑似餌だな。胸くそ悪い、嫌な手だ。ばあさん、あの子に引導を渡してやってくれ」


「ああいうの見ると、胸が苦しくなるわねぇ~」

 

 雪江は手元のハンドバッグから次々と部品を取り出すと、あっという間に組み立てる。

雪江が組み立てたものは対物ライフルの一種である”バレットM82A1”。分解したところでハンドバッグには入りきるはずのない大きさのそれに加えて、さらにハンドバッグから口紅ほどの弾丸を取り出すとライフルに装填する。


「ごめんなさいねぇ~。ゆっくりお休みなさいねぇ~」


 そう雪江がぽつりと言い、引き金に力を込める。

その瞬間、辺りには大きく重い音が響き渡り、ペンライトの女性の首から上は背にした木ごとカボチャの様に吹き飛んだのであった。

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