第110話14-2
黒山、その山は標高が1000メートルもない、普段ならお年寄りや若い人たちがハイキングにでも選ぶような山であった。
だが、現在では時間帯のせいでもあるのか、辺りは鬱蒼としており奇妙な動物の鳴き声が小さく聞こえるばかりであった。
黒山の麓、ジュリとジョンは駐車場ど真ん中に勢いよく車を止める。駐車場に黒い跡を大きく残して、タイヤからは白煙が立ち上る。
ジョンは既に駐車場に止まっていた黒のセンチュリーに近づくと、運転席のウィンドウを数回ノックする。同時にウィンドウが半分ほど降りて、そこから肌色の頭が顔を覗かせる。
「遅刻するなら、電話の一本でも入れるもんだぞ?」
「すみません、道が混んでいて」
「社会人なら、時間に正確じゃないといけんぞー?」
ジョンはその相手に約束の時間に遅れたことを必死になって相手に向かって謝り倒す。その兄の様子に助手席から降りると、ジュリは兄の横に並んでセンチュリーの運転席を覗き込む。
「えぇと、すみません。いつも兄がお世話になっています、妹のジュリです」
ジュリはおそるおそる、その相手に向かって挨拶をする。
相手の男の特徴は、頭には髪の毛が一本も生えておらず顔には深いしわが刻まれて、年は70は超えてそうな老人が居た。彼は黒のぱりっとしたジャケットに、しっかりと折り目のついた黒のスラックス、清潔そうな白のシャツに、黒地のネクタイ、端的に言えば喪服であった。
そして、しわが深く刻まれた顔を、さらにしわを深くして笑顔を見せる。
「おー、おー。初めまして、わし礼儀正しい子は好きよ。わしの名前は黒田 正造(くろだ しょうぞう)。隣に居るのは妻の雪江(ゆきえ)だ」
正造は助手席に居た女性を指さす。そこには正造と同じく、黒地のトリックワンピースにヴェールの付いた帽子を被った女性が居た。
そのヴェールの女性は、ぺこりと頭を下げると薄手のヴェールを通してにっこりと微笑む。
「初めまして、お嬢さん。よろしくねぇ」
「初めまして。こちらこそよろしくお願いします」
「なあ、ジュリ。お前は知らないだろうけど、この人たちは昔は”死置き人”って呼ばれる凄腕だったんだ。俺も今、この人たちにいろいろ教えてもらっているんだ」
「ははは、そんな物騒なあだ名もつけられたもんさね。そんなのは昔の話よ。今じゃただの”じじばば”よ」
「そうよね、あなた」
そうして朗らかに笑った正造は、ゴホンと軽く咳を1つすると今までのほんわかな雰囲気から急に声のトーンを落とす。
「で、今回の依頼は聞いてるんだろう?」
「ええ、まあ。 ただ、もっと応援が来るかと思っていたんですが」
「ああ、あの”腰抜け”ども。 わしも声を掛けたんだが、『予定が……』とか『怪我をしていて』とか言って断れたわ」
「俺も話しに聞いているだけなんで、厄介な化け物というのは分かるんですが。 ……人数が多ければ、なんとかなるのでは?」
「お前が知っているのは、奴等の外見だけだろう? 奴等の一番の厄介さはその知性よ」
「知性?」
「奴等は生粋の狩人(ハンター)よ。罠を仕掛けたり、だまし討ちを平気でしたりする。ジョン、お前も変なものを見つけても勝手に触るなよ?」
正造はため息を吐くと、不愉快そうにもう1つ付け加える。
「そうそう、この件の通報者なんだが山奥の廃ホテルに探検に来て、巻き込まれたらしい。で、何人かははぐれてまだ山の中に居るから、助けて欲しいと言われたよ。望み薄だがな」
そう付け加えると正造は山に入るべく車から降りて、トランクから荷物を下ろすのであった。
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