第69話 11-2

 ある日の夜中頃、警察に1本の通報が入る。その内容は「山奥の廃ビルに肝試しをしに行ったら、死体を見つけた」と言ったものであった。

警察が調査のために、廃ビルに入ると殺人現場慣れをしていたはずの捜査員の数人が、床に吐瀉物をまき散らした。


「こいつは、ひでぇ」


「こんなことをする必要があったのか?」


 部屋の中央には、中年の男が吊されていた。その男の顔には鼻や耳といった突起物は全て削がれ、眼球があった場所は黒い穴が空いているばかりであった。

さらには、体中の至る所の生皮を剥がされて、男の体には白いウジと蠅が集っていたのだった。


「なんだ、この図形は?」


 捜査員の1人が、死体の近くで奇妙な図形を見つけてつぶやく。それは、死体の血で描かれている手を逆さにした形の図形、そしてその図形の下に読めない字。

捜査員がその血を指でなぞると、乾いていた血は床から剥がれていく。


「そいつは、”祝福されし仔ら”の紋章だ」


 部屋の入り口に立つ壮年の男が、死体を調査していた捜査員に声を掛ける。

その壮年の男は白髪交じりの頭をなでつけながら、ゆっくりと部屋に足を踏み入れる。


「清水さん! どうしてここへ?」


「こいつはウチの課が追っているヤマと関係あんのよ」


 清水が所属するは、警視庁捜査一課第三特殊捜査係、通称”SIT3”(special investigation team 3)、又の名を、怪異特捜課。

清水はゆっくりと死体に近づくと、何かを調べ始めた。そして探しものが見つかったのか、残念そうにため息を吐く。


「コイツも”オルハ”か。もう6件目だぞ」


「えぇと、清水さん。祝福されし仔らとか、オルハとか一体?」


「祝福されし仔らっていうのは、やばい怪異集団だ。それで、オルハっていうのは」


 清水は死体の手の平に付けられた入れ墨を、他の捜査員に見せる。

それは、六芒星の形に大きなバッテンがついたような入れ墨だった。


「怪異性を捨てた怪異の集まりだ」


「は?」


「なあ、おい。もし、ここに吸血鬼が居るとして、だ。もしそいつが血を吸わなくなって、煙にもなれずに、鏡に映るようになったら、そいつは一体何だ?」


「それは、もはや吸血鬼じゃないですね」


「ああ、そうだ。やつらは怪異性、つまりは怪異としての牙を捨てたんだ。それで、オルハの由来は、歯を折った、つまりは”折る歯”って書くんだそうだ。やつらの幹部会はオルハ評議会っていうらしいが」


「それで、今回のことをどう見ます?」


「さあな? ただ分かるのは、とてつもなくロクなことにはならないってことだ」


 そう清水は言うと、携帯を取り出して本部へと連絡を取り始めたのであった。






 清水たちが現場に訪れる少し前、まだ夜明けから間もない頃、ある一軒家の前にポニーテールの女が1人。

その一軒家は、都内のある築30年は経っていそうな、古い2階建ての家であった。


 彼女は「奏矢家」と出ている表札をちらりと確認すると、インターフォンに手を伸ばしたのであった。

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