第45話 8-3
――清水に通報が入る少し前。夜もだいぶ更けた頃、その日はどんよりと曇って星の見えない日であった。
ここ、帝都大学の研究室の扉の鍵を閉めた小鳥遊 絵里子《たかなし えりこ》は、足早に廊下を駆けていく。
「最近、事件が多いから早めに帰れって言われたけど、卒論があるからそうもいかないわよ」
絵里子は誰に言うともなくつぶやくと、研究室の鍵を返すために管理棟の守衛室へと向かった。
「すみませ~ん! 研究室の鍵を返しに来たんですけどぉ!」
絵里子は守衛室の受付で、守衛を呼ぶために大声を上げる。
だがいつもなら居るはずの守衛が今日に限って、誰も居ない。
「早く帰りたいのになぁ……」
5分ほど受付で待っていた小鳥遊であったが、守衛が戻ってくる気配はなかった。
辺りは、虫の音と時々通る車の音以外は静まりかえっていた。
人の気配がないというのは、不安になる。
絵里子は不安により、体を少しだけ震わせる。ただでさえ、大学近くで、『大量失血で、死にかけた生徒がゴミ捨て場に捨てられてる』という事件が起こったのだ。
ただの女生徒が、強い不安に襲われるのは無理もないことであった。
「う~。どうせ明日も一番に研究室に行くだろうし、鍵は返さないでも……良いよね?」
絵里子は誰も居ない空間に向かって、許可を取るように小声でつぶやくと守衛室を後にした。
……廊下の隅、電灯の明かりが届かない場所より、現れる1人の男。その男は、音もなく絵里子の後ろに着いていくのだった。
「あ~、もうこんな時間……」
絵里子はスマートフォンの画面を見ながら、独り言をつぶやいた。
小鳥遊は大学を出て、歩いて自宅へと帰る。絵里子の自宅は大学より2キロ程度の場所にあり、いつもは自転車で大学に通っていたが、今日は自転車のタイヤがパンクしてしまっていたため、徒歩であった。
その絵里子の後を、男がゆっくりと着いていく。
絵里子は気がついていた。自身の後ろを着いてくる男に。
以前にも似たようなことを経験していた絵里子は、スマートフォンを弄るフリをして、110番通報をするタイミングを計っていた。
「ストーカー? ……もしかして、今話題の犯人?」
絵里子は足に自信があった。高校生の頃など、長距離マラソンで県大会に入賞していた程であった。大学に入学した現在でも、マラソンを趣味にしており、そこいらに居る男性よりも体力があると自負していた。
そんな余裕が、彼女をそうさせたのだろう。
絵里子は興味本位から、警察に電話をする前に、後ろを見た。
警備員の服装をした男が1人立っていた。電灯に照らされた男の口からは40センチほどのツタが生え、その先端に紅い花がついていた。さらに、顔中にはニキビのように蕾が生えており、その中の幾つかはツタの先端の花と同じものが咲いていた。
よく見るとツタと花は粘液で濡れているのか、不気味に街灯の光を返していた。
「あっ」
絵里子は口から小さく声を漏らす。絵里子は想像だにしていなかった相手に混乱し、足を止めてしまった。
その瞬間、
男が絵里子に向かって駆け出した。
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