第42話 7-5
雅司は繁華街の中を、めちゃくちゃに走り回る。彼の口からは荒い息が漏れ、心臓は悲鳴を上げる。それでも彼は、足を止めることはなかった。
「死ぬ……僕が……地獄に」
雅司の頭には、今まで見てきた被害者と同じく、自身の死ぬ姿がわき上がる。
道路を走る車を見やる。次の瞬間には、猛スピードの車に轢かれて、頸椎が砕け、ボロぞうきんのように地面に横たわる自身の姿が思い浮かぶ。
道路を渡るのは、無理だ。
なら次は?
雅司は地下鉄の入り口を見る。
だが今度は、この前に見た快速電車に飛び込んだOLが思い浮かんだ。
OLと同じように、電車に飛び込んで、バラバラになる姿が目に浮かぶ。
地下鉄も無理。辺りを見渡すが、常につきまとうは、己が無残に死ぬ場面のみ。
「ああ”あ”っ……」
雅司は行き場を無くして、その場にうずくまる。
頭の中には、診断機からの『ジゴク! ジゴク! ジゴク!』という機械音声が鳴り続けていた。
そのとき、人混みをかき分けて、雅司にジュリが追いつく。
その気配に気がついた雅司は、ジュリに振り向いた。
「あ……」
雅司の目には、己に迫るジュリの姿が、フードを被った骸骨に見えた。骸骨はまっすぐ雅司を捉え、何かを叫ぶ。
再び、雅司は猿のような奇声を上げると、咄嗟に近くのビルへと飛び込んだ。
そのビルは5階建ての、灰色で無機質の商業ビルであった。
その後を追ってジュリもビルへと飛び込む。
雅司はジュリから逃れようと、階段を上へ上へと昇っていく。
ジュリも上へと昇っていく。ジュリは階段を昇りながら、チェーンソーを取り出すとエンジンを掛ける。
ジュリが屋上の扉を開けたとき、冷たい風がジュリの髪を揺らした。
暗闇の中、ジュリが屋上の端を見る。そこには雅司が転落防止のフェンスを乗り越えようとしていたところであった。
とうとう、雅司は逃げ場を完全に失ったのだった。
「来るなっ! 来ないでくれー!!」
雅司は口から泡を飛ばし、ジュリを威嚇する。
しかし、ジュリはその言葉を無視する。ジュリは手に持ったチェーンソーのエンジンを吹かすと、雅司に向かって駆け出した。
「来るなっ! 来るなあっ!」
雅司はジュリに向かって叫ぶ。
そして、
手に持った診断機を、ジュリに投げつけた。
ジュリはチェーンソーを振るい、投げつけられた診断機を宙で真っ二つにする。
「ああああ!」
診断機がジュリによって、切られた瞬間、雅司の口から慟哭が漏れる。そして、同時に強い突風が、雅司を襲った。
雅司の体が宙に舞う。
そしてその体は、ビルの下の闇へと飲み込めれられようとした。
「ああああ……」
雅司の腕が、髪が、体が、無重力によって宙を浮く。
雅司には屋上から地面に落ちるまでの数秒の時間が、1時間にも、2時間にも、1日にも感じられた。
だが、実際に数秒経っても彼が地面に叩きつけられることはなかった。
そこには、フェンス越しに雅司の腕を掴む、ジュリの姿があった。
「じゅ、ジュリさん……?」
「重たいから、早く上ってくれる?」
ジュリに促され、正気を取り戻した雅司は力を振り絞って屋上へと上る。
「ジュリさん……僕は一体……?」
「アナタはアレに魅入られていたのよ…… 見て」
ジュリが指さす先、雅司も視線を向けるとそこには真っ二つにされた診断機。
その診断機からは、その切断面から黒い煙を吐き出していた。
「うっ……」
雅司の目に、その黒い煙がフードを被り、鎌をもった骸骨に見えた。
だが、それも一瞬のこと。すぐさま煙は崩れ、宙に消えていった。
「でも、あの診断機に僕はもうすぐ死ぬって……」
「あら、そんなこと?」
「えっ?」
「あの機械は死にそうな人間を見分ける、ハイエナみたいなものよ。運命なんて、自分で切り開く物じゃない」
「えっ? えっ?」
「だから診断機の言うことなんて、まだ確定した未来じゃないのよ。未来なんて、今の行動でいくらでも変えられるでしょう?」
雅司はまだ夢から覚めていない調子であったが、ただ1つ、己がまだ死なないことだけは理解できた。
ジュリに肩を貸してもらい、よろめきながらもビルを出た。
ビルの入り口には不機嫌そうにタバコを吹かし、妹の帰りを待つジョンの姿があった。
「おい、ジュリ! 問題は片付いたか?」
「ええ。家に帰りましょう?」
ジョンの車で、雅司は自身の家まで送ってもらったあと、疲れた足取りで自室へと入る。
上着を脱ぎ捨て、換えの洋服とバスタオルを準備する。
「ん……?」
ふと目に入るは、机に放置されたあの診断機の取扱説明書。
雅司は悪夢を消すように、その説明書を丸めて捨てようとした。
しかしそのとき、裏面に目がいった。
「裏面にも、説明があったのか……」
・死亡追加ボーナス
自己犠牲……+10000点
自殺 ……-10000点
雅司は改めて説明書をぐしゃぐしゃに丸めると、ゴミ箱にたたき込んだ。
準備した着替えとバスタオルを手に取ると、雅司はシャワーを浴びるために、自室を後にしたのだった。
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