第29話 5-8

ジュリは軽トラが左右に揺れた瞬間、掴まれた右手を、異形に掴まれたドレスグローブを残したまま脱ぎ去った。

自由になった両手で、黒ナメクジ女の腹部に突き刺さったままのチェーンソーを引き抜くと、チェーンソーをスパークさせた。


 一瞬、辺りは明るくなり、チェーンソーは燃え上がる。しかし、チェーンソーの刃は回転を止めることはない。

ジュリは燃え上がるチェーンソーを振り上げると、渾身の力を込めて黒ナメクジ女の首に振り下ろす。


首にチェーンソーの刃がぬめり込む瞬間、異形の顔が醜く歪み、飛び散る黒い粘液に赤黒い物が混じる。異形の首に深く切れ込みが入り、頭部が後ろに落ちた。

さらにジュリは半回転し、そのままの勢いで燃えたチェーンソーを頭部のない異形に突き刺して蹴りを入れる。

黒ナメクジ女は、燃えたチェーンソーの辺りから沸騰するように、水泡が体内から浮かび上がった。


 ジュリはそこまで見ると、荷台の不自然に飛び出た突起部を蹴りあげる。

仕掛けがしてあったのか、突起部を蹴りあげた瞬間、ガソリンタンクにヒビが入り、ガソリンが漏れ始めた。

ジュリは荷台から道路に向けて飛び出した。前から吹く風で、髪とスカートがはためく。


「兄さん!」


ジョンは、ジュリと目があった瞬間、サイドブレーキを引く。瞬間、軽トラは大きくスピンする。


「来い!」


ジョンはハンドルを握っている雅司の腕を掴むと、運転席から飛び出した。雅司は恐怖で顔を歪ませる。

軽トラは大きくスピンをすると、壁にぶつかり横転し始める。


 ジュリは何回も転がりながら、着地の衝撃を和らげる。そしてすぐさま体勢を立て直すと、燃え上がる軽トラを見据えた。

 激しく燃え上がる車の荷台で、踊るように悶える異形。

異形が一際大きく燃え上がった瞬間、軽トラは爆発を引き起こした。爆炎と衝撃がトンネルを伝い、黒い異形は粉々に飛び散る。破片は天井や壁に飛び散り、黒いシミになって消えた。


 爆発の衝撃でトンネルの電気系統がおかしくなったのか、一瞬トンネル内は暗闇に包まれた。

燃えさかる軽トラさえ見えなくなるほどの真っ暗闇の中、時間だけが流れた。

少しして、電気系統が回復したのか、トンネル内に明るさが戻る。そこには、焼け焦げた軽トラの姿形もなくなっていた。


「戻ったみたいね」


ジュリはジョンの後ろから、服の一部が焦げながらも歩み寄る。辺りは静かになり、トンネルの出口がすぐ近くに見える。


「ああ、そうだな」


ジョンは構えていたマグナムを仕舞うと、妹に振り返る。ジョンはため息をつくと、タバコとジッポを懐から取り出す。しかし。タバコの中身が空なのを見ると、手の中で空箱を握りつぶして投げ捨てた。


「残念ね」


ジュリは兄のそんな様子を見てクスクスと笑う。


「まあ、また買えば良いさ」


「ここから、一番近いタバコの自動販売機は、歩いて1時間は掛かるわよ?」


 ジョンはクスクスと笑う妹を忌々しそうに見ると、横に寝転がっている雅司をつま先で小突く。


「おい、生きてるか?」


雅司は意識を飛ばしていたのか、小突かれた衝撃で意識が覚める。


「ひ、ひどいですよ! 死ぬかと思いましたよ!」


雅司はジョンに向かってつばを飛ばしながら抗議する。


「死ななかったから良いじゃないか」


ジョンは雅司の必死の抗議を適当に受け流す。ジョンは無意味に、ジッポの火を点けたり、消したりする。


「兄さん、今回のことを説明しなかったの?」


ジュリは兄の目を見ながら尋ねる。その視線には抗議の意が含まれていた。


「いや、ちゃんと説明したぞ。『死ぬかもしれない』って」


「そんなの説明になってないですよ!」


雅司は半泣きになっている。顔には砂利がくっついて、会話する度にぽろぽろとそれが地面に落ちた。


「というか、なんでジュリさんが荷台に居ることを教えてくれなかったんですか!?」


「ああ、それはだな」


ジョンは一拍間を置いて、雅司の頭に手を乗せる。


「お前が、余計なスケベ心を出して鼻の下を伸ばさないためだ。余計なことを考えていたら、黒ナメクジ女は寄ってこないだろうからな」


「あんまりだ……」


雅司は大の字になって道路に横たわった。もはや彼の体からは、生きる気力すら失われているようであった。


 ジュリは雅司の方に歩み寄ると、彼の横にしゃがみ込む。


「まあ、流石に今回は騙した形になるわよね……お詫びに何か欲しいものでもあるかしら?」


その言葉を聞いた雅司の目に、光が宿る。


「そしたら……ジュリさん、僕とデートしてください!」


 一瞬、時間が止まったようになり、ジュリは雅司の目をじっと見つめる。少し間を置いてジュリはクスクスと笑い声を上げる。



「そんなことで良いの? ……わかったわ。今度どこかに2人で出かけましょう」



雅司はその言葉を聞いた瞬間、歓喜で声を上げた。その2人の会話に割って入るように、ジョンは声を出す。


「なあ、その約束は後回しにしてそろそろ帰らないか? 車もないし、ここは圏外だからタクシーも呼べないしな」


「そうね。早く行きましょう」


ジュリは雅司に手を伸ばす。雅司はその手を掴むと立ち上がり、3人で街を目指して歩き始めた。



 後日、遊園地に出かけたジュリと雅司は、一日中デートを楽しんだ。遊園地のアトラクションの1つに、お化け屋敷があったのだが、そこでジュリに格好良いところを見せようとした雅司の叫び声がこだましたのは、また別のお話である。

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