第6ラウンド~散財~

ドッシャァーッ




派手な音と衝撃で、一瞬何が起きたのか分からなかった。


ただ……咄嗟に手を地面に付いて、アシカの様な格好になっている。


この事から俺は走り出した瞬間、何もない綺麗なコンクリート上で転んだと分かる……これも不運の一つなのだろう。


幸い怪我は無かったので、いつもは生徒で溢れかえる通学路を全力疾走……ではなく、うちの高校に生徒間で代々伝わる近道へと全力疾走した。




「はあっ、はっはっ……くっ!」




この階段を上れば校舎まで近道……ラストスパートだ!


階段は怖いが、木南に心配をかける訳にはいかない!!




「うぉぉぉおおおおっ!」




……これが駄目だった。


近道の階段はゴツゴツとした石で出来ており、かなり急でもある。


段数もあるので中間地点として踊り場的な所もあるのだが……。




ガッ




不穏な効果音。


階段が上りきるまであと数段しか残っていない時に、俺のピカピカなローファーが一段踏み外した音。




「わっ!!」




ズザザザザーッ




顎の強打は免れたものの、うつぶせの状態で中間地点の踊り場的な所まで滑り落ちた音。


膝と手のひらを擦りむいた……怪我と呼べるのはこれだけだが……。








「……制服が、破れたって訳ね。」




俺の体……頭のてっぺんから足先までを見ながら、呆れ顔の東野に言われた。




「ああ、制服高いから……夏にやったバイト代の残りじゃ買えねえ。」




俺は親戚が経営する海の家で毎年バイトをするのだが、もう冬休みも過ぎて……貯金した分しか残っていない。


ワイシャツは無事でも、ジャケットは擦り切れて、ズボンも膝に穴が……これでは寒くて大変だ。


金のかかる不運までくるとは、本当に思ってもいなかった。




「それでも、木島君が無事で良かったよ……心配したんだから!」




「……ごめん、東野なら手を着いて宙返りで回避出来たんだろうな……。」




「そうだね、美代ならきっとそうした。」




「うん、美代なら絶対にそうする。」




「……おいおい、皆して私をなんだと思ってる。そんな事出来る訳が……まあ、やろうと思えば出来るが。」




俺と木南、何故ボロボロなのかを説明している間に保健室へ来た修が揃って頷くと、少しだけ眉間に皺を寄せた東野が認めた。


こいつの身体能力は、小学生の時からずば抜けているレベルというより、実際に役に立つ能力が怪物並みに高いと言える。




「はぁ~、こんな格好で保健室に来た時は心臓が止まるかと思いましたよ。顔に傷が出来なくてよかった……。」




笹塚先生、ため息をつくと運気が下がりますよ?


それか、俺に不運が溜まるかもしれないのでやめてください……なんて言えるはずもなく。




「さあ、あなたたちは教室に帰りなさい。木島さんも無事なら、花咲さんの持ってきた体操着に着替えて教室に戻りますよ。」




「「「「はーい。」」」」








「……みたいな事があって、制服を破いてしまいました。」




夜……リビングのテーブルには、俺と父が向かい合って座っている。


父の隣には帰ってすぐに事情を話した母、三人掛けのソファー(といっても四人は座れる)の上にはアニメを見ているすみれ。




「そうか。」




重い低音の声は、アニメを見ているすみれ以外に威圧感を感じさせる。




「はい。」




「怪我は……擦りむいた以外にないんだな?」




「はい。」




「新しい制服は、勿論買うぞ。」




「ありがとうございます。」




ゴゴゴゴ……と、漫画なら黒いトーンと共に出てきそうな効果音が、俺にはよく見える。


いや、気持ちの問題とかじゃなくて、和樹が半透明の体に『ゴゴゴゴ……』と黒いマーカーの様な物で書かれているのだ。


バレンタインに関係する物以外に、死んだ時に身に着けていた物も持てる……今日の朝に後付けで言われたから、恐らくマーカーを持っていたのだろう。


しかし、この文字は父さんと母さんは見えないが……。




「あはははっ!」




テレビの前に丸いテーブル、テーブルの周りに座布団、そのテーブルを挟んでテレビを正面から見れる位置にあるソファーに座りながら笑うすみれには、和樹の体に書かれた……腹筋が割れた腹に書かれた文字が見えそうなのだが……。




「おにーちゃん、これできる?」




すみれの指がさされたテレビ、そこに映っていたのは腹踊りをするアニメのキャラクター。




「……今は無理。」




俺よりも和樹の方が出来るだろう。


今だって『ゴゴゴゴ……』を『お兄ちゃんのケチィ』という文字に素早く書き換えたのだから。




「すみれ、今はお父さんがお兄ちゃんと話しをしてるんだ。可愛いマイプリンセス、明日の学校の準備は出来たのかい?」




「まだぁー、やってくるね!」




ソファーからぴょんっと降り、俺が怖い階段を軽やかに上がり自分の子供部屋へ入った……リビングの扉は閉めたといえ、丁度真上がすみれの部屋だから足音やなにやらで全て分かる。




「……悠希。」




例の低い声で名前を呼ばれた。




「父さん。」




「悠希。」




「父さん。」




「悠希。」




「……父さん。」




「悠希。」




「…………父さん。」




「悠希。」




「…………………父さん?」




「悠k……。」




「ストップ! あなた、長い!!」




母さんが止めた事で、やっとお互いの呼び合いが終わった。




「いいじゃないか、可愛い息子の名前を呼んで幸せに浸っていたのだから。」




父さん、相変わらずの親バカを発揮している。


母さんは心配性、父さんは親バカ……過保護まではいかなくとも、こうやって二人で子供への愛を普通に語り始め……。




「私にも呼ばせてください、悠希。」




「は、はい。」




「……違うでしょ。」




違う、何が違う……あ。




「母さん?」




「悠希!」




「か、母さん。」




「悠希。」




「父さん。」




「悠希。」




「父さん。」




「悠希。」




「母さん……父さん、もう止めてくれ!!」








バタンッ




ベッドに仰向けで倒れ込んだ。


このベッドを買って貰ったばかりの時は、毎日楽しみに寝ていたというのに、今日は俺の疲れをバネに叩き付けた。




「は……。」




なんてね、ため息ついてない!!


今のはセーフゾーン!!


……それにしても、さっきの状態から抜け出せて本当に良かった。


ただ、腹にふざけた落書きをしていた和樹は、後ろを憑いてきたと思ったのだがこの部屋にはいない。




「……あいつだって、一人になりたい時があるよな。」




ガチャッ




「お兄ちゃん、あっ……いた!」




俺の部屋に入る時だけノックをしないすみれは、今もいきなり入ってきた。




「お兄ちゃんはいるぞ~。」




「ちがう、お兄ちゃんじゃないよ。」




「え?」




すみれの目線は、間違いなく俺を指しているのに。




「見ーつけた!」




『見つかった~!』




背中から、男の声が聞こえた。


その男は勿論和樹で、俺の頭を飛び越えて部屋の入り口にいるすみれの元へ。




「わたしの目は、ごまかせません!」




『く~、次はもっといい隠れ場所を見つけるからな!!』




「そんなの無理だもん!」




『それはどうかな? じゃ、また明日やろうね~。』




「おっけー!」




「……ストップ!! お前ら何普通に会話してんだよ!!」




すみれ、お兄ちゃんさ、意味分かんない。

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