第1ラウンド~ダンッ!!~

「今日はこれで終わりですが、道路が凍っているので走って転ばない様にしてください!!」




六時間の日程が過ぎ、帰りのHRもやっと終わった。


クラス公認マスコット兼担任の原はら 美知子みちこは、小さな体で大きな声を出して何度も注意を繰り返す。


調子にのり道路を走った事で、転んで怪我する生徒が年に数人はいるからだ。




「という事で、さようなら!!」




その声で、生徒達は一斉に帰り始める。




「ふわぁぁ~。」




そんな中、俺は大きなあくびをする。


昨晩は寒くて寝付けなかったから、今日はあくびを連発してしまう。


布団に潜っても、足先の冷たさはどうにもならなかったのだ。




「木島君、眠そうだよ。私……これから修君と職員室に行く用事があるんだけど、眠らないで待っててもらえる?」




俺が眠気に弱い事を知っている木南は、心配そうに聞いてきた。


一度眠ったら、水をかけても最低一時間は寝続けるからな。




「大丈夫だ、東野がいるから。」




自信満々に人に頼るが、




「私、お手洗いに行く。」




何の感情も感じさせない目で言われた。


東野の長いまつげが、素っ気ない態度をさらに強める。




「……5分くらいだろ、俺一人になるのふわぁぁ~……大丈夫ら。」




ヤバい、呂律が回らなくなってきた。




「悠希、君が寝たら僕が背負う事になるんだからな? おぶられて下校なんて、恥ずかしいだろう。」




「らいじょーぶ。修にめーわくかけらいから。」




ガラッ




あ、皆出ていった。


それにしても、本当に眠すぎる……………少しくらい、目瞑っても良いか。


……机に少しくらい突っ伏しても、寝たりしないだろうし……少しだけ……。




「スー……スー……フガッ…………スー。」








『バレンタインに……好きな人からチョコ貰えないと、死んじゃうよ?』




夢……変な夢だな……。




『バレンタインに……チョコ貰えないと本当に死ぬよ?』




なんか……威圧的だな……。




『マジで言ってるからな!!』




「おわっ!!」




耳元で叫ばれたら、こっちまで叫んだじゃないか。


しかも、気持ち良い睡眠を邪魔されて……ん?


耳元で叫ばれ……た?




『おおっ、俺の声が聞こえてたりする?』




左の席……木南の席から、若い男の声が聞こえる。


まあ、教室の感じはリアルだけど、これは夢だから……見ても大丈夫なはず……。




『やあっ! こんにちは!!』




「ぎゃぁぁあっ!!」




バッシィィーンッ




「どうしたっ!?」




「ぎゃぁぁあっ!!」




ガッタァァーンッ




木南の席に座っていたのは、ザ・幽霊という感じの着物を着た同年代の男子だった。


そいつが半分透けているのに驚いたら、今度は東野が勢い良く教室に入ってきた事に驚く。




「……本当にどうしたんだ? 大声が聞こえて、驚いてきてみたら椅子ごとひっくり返って。」




俺は情けない事に、驚いた拍子で椅子ごと後ろに倒れてしまったらしい。


こんな時に限って、倒れるスペースがある一番後ろの席だったりするのは何故だろう。


一応目線を天井から木南の席に移すと、そこには誰も座っていなかった……リアルな夢を見てたんだな。




「……なんでもない、目は覚めたし。」




「だろうね、後頭部打ってない?」




椅子に座った状態のまま倒れたから、天井を黒板と見立てたら実際に座っている様に見えると思う。


それに、近づいてくる東野のスカートの中がもう少しで……って、俺は木南のパンツにしか興味がないし。




「……って、違うっ!!」




「何が違うんだよ。やはり、後頭部を打っておかしくなったんだな? 保健室に……いや、保健の先生を呼んでこよう。」




「大丈夫だから、本当に。」




東野はかなり心配しているみたいで、銀髪のポニーテールを翻して教室を出ようとした。


それはすぐに止めて、元気アピールのためにひょいっと立ち上がる。




「ほらっ、元気だろ?」




腕をぶんぶん振り回して、俺は必死に元気アピールをする。


……やめてくれ、そんな呆れた目で見るのはやめてくれ。




「……問一、お前は千代子の事が好きか?」




「ファッ!?」




何の顔色も変えないで質問してきたけど、俺は自分でも分かるくらいすぐに顔が赤くなった。


でも、そんな事ないと弁解しなければ!




「にゃんの事だかじぇんじぇん分からないじょ!」




……俺の馬鹿呂律!!


こんな返事、好きだと言ってるのと同じじゃないか!


つか、なんでいきなりこんな質問を……。




「その顔、本当に元気みたいだな。……もう少しで千代子と修が来るよ。」




俺の反応で元気か確かめるなんて……相変わらず少し変わった奴だな。良い意味で。




「なんで来るって分かったんだ?」




「だって、足音が聞こえるもの。あと五秒で来るよ……4、3、2、1。」




ガラッ




「終わったよ。」




「少し時間かかった……寝ないで待てたんだな。」




いや当たってる!


聴力良すぎじゃね?




「帰ろうか。」




東野が自分の席に戻り、あらかじめ置いておいたコートを羽織る。


予想を当てた事に、喜びはしない。




「そうだね、丁度雪も止んだし今のうちに帰ろうか。」




木南も俺の隣にきて、茶色いコートを羽織る。


それにマフラーを巻けば、華奢な体が更に強調される形に。


防寒具に着られている姿が、本当に可愛くて冬が好きだ。いや、薄着の夏も好きだが。




「悠希って本当に寒がりだよな。」




「え?」




コートを着てマフラーを巻き手袋はめる俺に、コートしか着ない修が言ってきた。


俺からすると、その装備だけで冬を過ごせる修が信じられない。




「転校前までは、雪なんて滅多に降らない場所で過ごしてたからな。寒いのは苦手なんだよ。」




「あ~……じゃあ、今度僕の家に来ない? 暖かいパンでも食べに。」




修が何気なく言うこの言葉、実は俺達三人が大好きな言葉だ。




「「「行く!!」」」




三人揃って即答した。


修の母親は実家のパティスリーで働いているため、こいつの家には美味しいパンやお菓子が常にある。


別にお菓子目当てで仲良くなった訳ではないけれど、四人で遊んだり勉強会を開く時に食べられる修の家のパンとお菓子に、皆でずっと虜になっているのだ。




「だったら、明日の放課後に勉強会の名目で来る?」




「勿論だよ!」




キラキラと輝かせる目を向けられた修は、俺からすると羨ましい。


俺は修が東野を好きだと知っているから嫉妬はしないが、木南から見て俺に良い所があるのかが気になってしまう。


よく考えれば俺にしかない特技なんて無いし……こんなんで初恋が叶うのだろうか。








「千代子、転ばない様に気をつけなよ。」




「美代も気を付けてね。」




女子二人が通学路の分かれ道で言葉を交わす。


俺と木南、修と東野で家の方向が違うからだ。


ここからは木南と二人なのだが、学校での話や俺の家の犬の話をするだけで、それ以外の話題は特にない。


今日も例外ではなく、犬の……ダックスフントのナオ(♂)が散歩をする時の話が始まった。




「木島君はこれからナオの散歩?」




「ああ、道路は滑りやすいから近くの公園に行ってくる。犬用のコート着せて。」




「そっか、スムースヘアードだから寒そうだもんね。」




「それもあるけど、怪我の防止でもあるかな。短足だから腹をこすらないように。」




ナオの話をしていると、会話が尽きる事ない。


保護犬だったナオを引き取ってから、木南も頻繁に様子を見に来たり散歩にも付き合ってくれた。




「ねえ、久しぶりに一緒に散歩してもいい?」




この問いかけを断る訳がない。




「いいよ……だけど、一週間くらい前にも散歩したよな? 久しくないって。」




「一週間は長いよ! ナオに会えないと寂しくて……わっ!!」




木南の言葉が途切れる。


凍った道路に足を取られ、後ろ向きに転びかけたのだ。


幸い俺は左で誰かが転びそうになったら、咄嗟に背中を支えて踏ん張れる反射神経をたまたま持っていた。


転びかけたで済ませられた事に、心底ホッとして口から漏れた言葉は。




「……セーフ。」




木南は崩れた体制を戻すと、こっちを向いて。




「ありがとう……まだ心臓がドキドキしてるよ。」




笑いながら言われたら、そのドキドキが恋ではないと理解できても嬉しくなった。








「ワンッ!」




この日の夜、階段の下からナオに呼ばれた。


二階に上りたい時は、大体俺を呼ぶのが日課になっている。


スタンダードだから体重が重いので、母さんと妹のすみれは運べない。




「今行く~。」




階段を降りようと、裸足を一段下に運んだ時。




「えっ。」




階段がバキッという音と共に少し歪んだ事で、前のめりに体勢が崩れた。


一瞬で世界がスローモーションに変わるが、俺は何も出来ずに上半身が階段に近づいていくだけ。


それでも俺の顔が数段下に激突しかけた時、咄嗟にまだ木の板に触れていた右足で一段を思いっきり蹴った。


顔は激突を免れても、体が空中に投げ出されてナオの体も飛び越えて一階に落下した事は、この効果音だけで伝わるはず。








ダンッ!!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます