ただいま帰りました


「──この、大馬鹿者がぁあああああああ!!!」


「ぐふぅ……!」



 森の外に待機してある馬車の近くまでアカネさんに運ばれ、ようやく帰れると気を抜いた私の耳にそんな怒号が聞こえました。


 それは誰の声だったのか。

 理解した次の瞬間──私の体は後方に大きく吹き飛ばされていました。



 もう大丈夫だと気を抜いていたせいもあって、私はロクな抵抗もできないままゴロゴロと地面を転がり、ようやく停止して億劫に顔を上げた視線の先には、仁王立した魔王の姿が──




 背景にメラメラと燃えるエフェクトが見えるのは、気のせいであってほしいなぁ……と、私は他人事のように彼女を見つめます。






 あ、なんか……デジャヴ……。






「おいリーフィア。何か、余に言うことがあるのではないか?」


 何か、言うこと…………うーむ、色々ありすぎて、パッと思いつくものがありませんねぇ……。



「私が居ない間、アカネさんに迷惑を掛けていませんでしたか?」


「お前はお母さんか! ──んんっ! そうではなく、」



『もう、ミリアちゃん! リーフィアは疲れているんだから、今は安静にさせてあげて!』


 文句を言いたげに話し続けるミリアさんの言葉を遮って登場したのは、私の契約精霊、ウンディーネでした。彼女は、私を突き飛ばしたミリアさんに怒っているのか、プンプンと頬を膨らまし、私を庇うようにミリアさんと対峙します。


『リーフィアは大変なんだから! それなのに突き飛ばすなんて、酷い!』


「うぐっ……! そ、それはすまなかった……が、気が付いたら突き飛ばしていたのだ!」



 ──なんですか、その迷惑なDV気質は。


 とは言いません。

 普通に疲れすぎて、ツッコミを入れる気力すら湧いてこないのです。


「まぁまぁ二人とも。まずは馬車に乗り、帰路に着こう。話すのはそれからでもいいじゃろう」



 アカネさんが二人の間に割って入り、宥めます。


 流石は、おばあちゃん。

 こういう時に頼りになりますね。



 私はウンディーネに運ばれ、ミリアさん達が乗って来たという馬車────めちゃくちゃ悪者が乗っていそうな、アホほど豪華な飾りの施された馬車に乗り込みました。


 あの時、絶対に乗りたくねぇと思っていたのに、まさかここで乗ることになるとは……。

 咄嗟に「魔法の絨毯があるから大丈夫です」と言いかけましたが、ミリアさん達の話や、その後の処理なんかも聞きたかったので、ここは我慢です。



 どうやらこの馬車は御者が必要ないらしく、私とウンディーネ、ミリアさん、アカネさんが乗り込んだら、馬がタイミングを見計らったように動き出しました。




「…………」


『…………』


「…………」


「…………」




 馬車の中には、沈黙が流れています。

 ここまで気まずいと思ったことは、久しぶりかもしれません。



(アカネさん。何か話を切り出してくださいよ)


(ぬ? 妾からか?)


(そりゃそうでしょう。この沈黙の中で話し始めるなんてできません)


(むぅ……仕方ない)



 という会話を視線のみで交わし、アカネさんは一呼吸。





「──すまなかった!」


「『「えっ……?」』」



 アカネさんが何かを言うより早く声を発したのは、ミリアさんでした。


 ただ一言「すまなかった」と言い、ガバッと頭を下げています。

 これは誰も予想もしていなくて、私達は同時に疑問の声をあげました。



「え、えっとぉ……ミリアさん? どうしました?」


「ウンディーネから話は聞いた。リーフィアは魔王軍を巻き込まないため、単独でエルフ達の里に乗り込み、魔女に選ばれた者として、魔女達との因果を断ち切ろうとしていたと…………なのに余は、あの場で獲物を横取りするようなことをした……本当に、すまなかった……」



 私は、何も言えなくなっていました。

 普段は謝らないミリアさんが、急に謝り出したから何事かと思えば、


「なんだ。そんなことですか」


 変に緊張してしまった私が恥ずかしいです。

 まさか、ミリアさんがそんなことで思い悩んでいるとは……これを誰が予想できるというのですか。



「ミリアさんは私の邪魔をしようと思い、あそこで乱入したのですか?」


「違うっ! あのままでは二人が危ないと思ったから、つい手を出してしまったのだ。決して邪魔をしようなどとは──!」


「だったら、いいじゃないですか。……ねぇ、ウンディーネ?」


『うんっ! リーフィアの言う通りだよ!』


 私とウンディーネは、頷き合いました。

 お互い、考えは一緒です。



「あのままでは、ミリアさんの言った通り危なかった。だから感謝していますよ」



 私は片腕を失っていた。

 そんな状態であの異形と戦い続けていたら、危なかったのはこちらの方でした。


 あの時ミリアさんが来てくれて、本当に助かったと、そう思います。



 …………正直なところ私自身でケリをつけたかった……という気持ちは少なからずあります。

 でも、私の力ではどうしようもなかった。


 だから、これで良かったのです。



「ミリアさん。私の口から言わせてください」


 私は姿勢を正し、ミリアさんを真っ直ぐに見つめます。




「私達、魔女の歴史を終わらせてくださり、ありがとうございました」


 これは、心からのお礼です。

 私では終わらせられなかったことを、ミリアさんは終わらせてくれた。


 そのことへの感謝の言葉でした。



「リーフィア……」


「まぁ? 文句を言っていいのであれば、最初に一撃はもう少し考えろとは思いましたがね」


「…………え?」


「いやぁあれはビビりましたよ。登場を派手にしたかったのはわかりますけど、仲間を巻き込むのは流石に……ねぇ?」


『リーフィア。腕を取られた時と同じくらい焦ってたもんね』


「そりゃそうですよ。あの熱量ですもん。直で当たったら、ウンディーネが蒸発してしまう。そう思ったら、脇目も振らずに走りますって」


 ウンディーネを失うことと、片腕を失うこと。

 どっちが嫌かと聞かれたら、そりゃもちろんウンディーネを失うことの方が嫌です。絶対に嫌です。



 ミリアさんに怒っていることといえば、それですかね。


「ねぇミリアさん。もしウンディーネに当たっていたら、どう責任を取るおつもりだったのですか? 彼女は原初の精霊だとしても、水なんですよ? 彼女の周りでは火気厳禁ですよ?」


「い、いや……あの、悪かっ」


「本当に悪かったと思っているのですか? ねぇ、本当に悪かったと思っているのですか?」


「ひぃぃっ! お、おい誰か! こいつを止めてくれぇ!」


「リーフィア。少しは落ち着い」


「アカネさんは黙っていてください」


「うむ。すまなかった」


「おいぃいいいい! それで退いたらダメだろう、おいアカネってば! こっちを向け! お願いだからこっち向いて!?」



 アカネさんの方を向いて抗議するミリアさんの顔を、ガシッ、とホールドして強制的にこちらへ向かせます。


「り、リーフィア……? あのな? まずは平和的に、そう! 平和的に話し合おうではないか!」



 怯えた表情で、手を忙しなく動かしながら平和を唱えるミリアさん。

 どうにか私を落ち着かせようとしているのでしょう。


 私はそんな彼女にニコリと微笑み──




「問答無用」


「ぃ、ぃやぁあああああああ!!!!!」














 その後、魔王城に到着した馬車から降りた魔王は、頬をげっそりと細くさせていました。


「し、死ぬかと思った……」


 下手したら本気で死ぬかもしれない何かに対面し、体を震わせながらそう呟く彼女に声を掛ける者は、誰一人としていません。



「くそっ、後で絶対に復讐してやる……」


 誰にも聞こえないように言ったつもりなのでしょう。


 でも残念。

 私のエルフ耳には、きちんと届いていますよ。




「ほれミリア。いつまでそうしているつもりじゃ」


「──っ、そ、そうだったな! うむ、もう大丈夫だ!」


 見兼ねたアカネさんは、ミリアさんの肩に手を置き、魔王はようやく元気な姿に戻ります。



「リーフィア!」


 くるりと、ミリアさんは振り返り、満面の笑みを浮かべます。



「おかえりだ!」


 差し伸べられる、小さな左手。





 …………まったく、今回は予定が狂いっぱなしですね。


 私は内心、溜め息を吐き出しました。




 最初は、あわよくば『エルフの秘術』を手に入れて、ドヤ顔で帰ってくる予定でした。

 驚く魔王軍の皆に向けて、「どうですか。私めっちゃ頑張ったでしょう? これは休暇一年分ですね!」と言ってやるつもりでした。



 なのに、どうしてここまで狂ったのでしょうか。


 これはきっと、全てエルフのせいです。

 あの馬鹿どもは、本当にロクなことをしませんでした。


 そのせいで私の予定までもが大きく変わっちゃうし、なんか片腕も失っちゃってるし、どうしてかミリアさんが救援に来ちゃうし…………もうこれ何なん? と、つい弱音を吐いちゃいそうです。





 でも──帰ってこれた。


 様々な予定の狂いはありましたが、私はこうして、この場所に帰ってくることができた。




 きっと私は、それだけで満足できてしまうのでしょう。


 以前ではあり得なかった。

 また騒々しい日常に戻ってきてしまった。

 そう思い、何度も溜め息を吐き出していたはずです。


 なのに、今はそれがとても懐かしく感じる。



 だから私も、笑顔で返します。




「ただいま帰りました」


 私はまた、ここに帰ってこれました。


 私の、私達にとっての唯一の居場所──魔王城へと。

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