魔女の果て


 魔女を取り込んだ異形の怪物。


 それがこの世に存在し続ける限り、魔女は生まれ、そして魔女は死んでいく。

 この怪物はきっと、何百年と魔女を取り込み続け、神に及ぶほどの力を持っている。



『…………この、臭い……リーフィア、これって……』


「ええ、エルフの結界を作り出している正体は、この怪物なのでしょう」


 アカネさんが言った歪な魔力と、私が感じた歪な存在。

 それがこの『魔女達の成れの果て』であり、エルフの秘術というわけですか……。



「何ですか、それ」


 私は怒っていました。

 これほどの怒りを感じたのは、初めてです。


 少女達の命を生贄に捧げるだけではなく、このような異形へ姿を変え、彼女達は今も苦しませている。あの日記を残した少女もまた、あの中のどれかとなり、人ならざる異形として屈辱を与えられているのでしょう。



「それが、お前達を守っている子への態度か。これが、哀れな子達の末路か……」


『リーフィア……』



 ──許せない。


 命を賭してエルフ達を守り続けている魔女は、何年もこの苦しみを味わっている。

 なのに、あいつらはこの存在を知らず、今ものうのうと生きて、魔女を敵視している。


 私は、ギリッと奥歯を噛み締めました。





 ──オオオオオ──




「…………ええ、わかっています」



 苦しいでしょう。

 悲しいでしょう。

 痛いでしょう。

 辛いでしょう。






「今、終わらせてあげますからね」





 私は、リーフィア・ウィンド。

 異世界へ転生してチートを授かり、不条理に魔女に選ばれた、魔王軍幹部の一人です。



 この導きは、決して良いものではありませんでした。


 ──眠りたい。

 それを追い求めているのに、なぜか困難が向こうからやってくる。


 今回の魔女騒動は、その中でも最悪の出来事として、私の記憶に残っていくでしょう。


 でも、今は魔女となって良かったと、そう思っています。



「私が終わらせます。私しかできないことを今、成し遂げましょう」



 私はきっと、この時のためにチートを授かったのでしょう。

 この悲しみの連鎖を断ち切るため、エルフという愚者どもをこの世から滅ぼすため、私はエルフとなり、この世界に転生した。


 …………ここまで関わってしまったら、私はこの事実から目を逸らして帰ることなんてできません。

 夢見が悪いどころの話ではなく、胸糞が悪すぎて安眠もできない。今すぐにあの愚者どもを滅ぼさなければ、私の心に荒れ狂う感情が、収まることはない。





 ──オオオオオオ!──





「ウンディーネ!」


『うんっ!』


 異形は木々を薙ぎ倒し、私達のところへと一直線に向かってきます。


 知性はもう残っていないのでしょう。

 ですが、あれに触れたが最後、無数の腕に掴まれ、取り込まれてしまいます。


「あれに絶対に触れないでください。いくら貴女でも、危険です」


『リーフィアも気をつけて! 多分、狙いはリーフィアだよ!』


「わかっています! ──っ、ウンディーネ! 防御を!」



 無数の腕を巧みに使った前進は、凄まじい速さとなり、数百メートルもあった距離を一瞬で詰めてきました。


 私だけの力では、足止めにもならない。

 それを瞬時に悟った私は、最強の守りを誇るウンディーネの魔法に頼ることにしました。


 ──魔法は術者の感情によって、その力が左右くれます。


 想いの力が強いほど、魔法はそれに応えてくれる。

 ウンディーネは誰よりも優しい精霊です。ただ一人で、何千年もあの森を守り続けた、自慢の契約精霊です。



 異形が私達に肉薄する直前、両者を隔てるように、半透明な水色の壁が浮かび上がりました。




 ──オオオオオオオオオオオオオ!!!──



 異形はそれに頭から突っ込み、衝突した反動で後方に大きく仰け反ります。


 ですが、やはり異形は知性が無いのでしょう。

 先程ぶつかったウンディーネの魔法障壁へ、もう一度前進。その巨体でタックルをし、その衝撃で大地が揺れました。


 異形は何度も、何度も何度も、魔法の壁にぶつかります。



『なに、これ……こんな威力、普通じゃ、ない……! うそっ……こんな、破られる……』


「ウンディーネ、もう少し……もう少しだけ、踏ん張ってください」




 ウンディーネが足止めをしてくれている間に、私も準備を始めます。


 悠長にやっている暇はありませんが、焦れば更なるミスを呼ぶ。


 大丈夫。ウンディーネが守ってくれている。だから、焦る必要なんてない。

 ただ一人の相棒を信じているからこそ、危機迫る状況の中、私は落ち着いて準備に取りかかれるのです。





「すぅ……はぁ…………」





 目を閉じ、魔力を練り上げます。

 この空間には魔力が存在しない。使えるのは己の内に宿る魔力のみ。使い切れば一方的に嬲られるだけですが、手加減をすればジリ貧となる。




 ──ならば、今できる最大の魔力を解放するのみです。


「この地に宿る大自然よ、私に応えてください」


 祈るように両手を繋ぎ、周囲の木々に呼びかけます。

 ここの植物達には、一切の魔力が宿っていません。


 それでも、ここの植物達は生きている。

 生きてさえいれば、私の持つ『自然の担い手』の制御圏内です……!




『リーフィア、もう、むり……!』




 ウンディーネの叫びと同時に、私と異形を隔てていた壁が、ガラスのように砕け散ります。




 ──オオオオオオオオ!──


 異形は私を取り込まんと、その腕を伸ばします。



『リーフィア……!』



 異形の叫びと、ウンディーネの悲鳴。

 そんな中、私は、とても落ち着いていました。




「──ありがとうございます、ウンディーネ

  貴女が繋ぎ止めてくれたおかげで、準備が整いました」


 感謝の言葉を、一つ。

 今も迫る漆黒の腕に臆することなく、私はゆっくりと、魔力を解放します。



「かの異形の動きを封じてください」


 生え揃っている木々は独りでに動き、その枝や蔦で異形の体へと巻きつきます。


 頭を縛り、腕を縛り、足を掬い上げ、宙に浮かし、身動きを封じる。

 そんな一瞬の出来事に、異形は暴れました。





 ──オオオオオオオオ──





 鬱陶しいと感じたのか、異形は拘束から逃れようと、身をよじりました。

 ですが、私の制御下に置かれた植物達は、私の魔力に呼応して大きく強化されています。


 私が『拘束しろ』と言えば、植物達は引き千切れない絶対の縄となり、対象を拘束します。


 それはスキルカンストによる恩恵でもありますが、一番大きいのは、私の『絶対にこの先へ行かせない』という強い意思によるものだと思っています。



 ──オオオオオオォォォ──



 ようやく、異形は動きを止めましたが、微かにその巨体は震えています。



「あれほどの魔力を込めても、まだ抵抗します、か……」


『リーフィア!』


 魔力を半分も解放した代償なのか、疲労感が一気に私の体へと押し寄せ、思わずふらつきましたが、倒れる寸前でウンディーネが体を支え、ゆっくりと地面に座らせてくれます。




「……あ、はは……こんなに魔力を使ったのは、初めてかもしれませんね」


 『魔力強化』と『自然の担い手』をカンストしている私が、ここまで魔力を解放してでも、異形の動きを封じるのがやっと……本当に、先輩達の力は偉大ですね……。




 ケホケホと咳き込みながら、私は立ち上がります。


『リーフィア……お願い、休んで……』


「いいえ、これで終わりではないのです……まだ、あれは動き続けています」



 あの存在を完全に消し去らない限り、この鎖を断ち切ることはできない。



「もう、終わりにしましょう」


 私は震える足に叱咤しながら、異形へ近づきます。


「もう、やめにしましょう」


 宙に浮き、今も抵抗を続ける異形へ、顔を上げます。


「貴女達がこれ以上苦しむ必要は、ないのです」


 にこりと微笑み、魔力を練り上げます。




「だから、これで終わりにしましょう」




 私ができる限りの、最大火力。

 残った魔力を全て注いだ、国一つなら簡単に滅ぼせるほどの破壊力を誇る──颶風の刃。


「貴女達の未練は、私が終わらせてあげます」











 ──オオオオオオ──










 ──オオオオオオオオ──










 ────オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!────












 それは、彼女達の最後の足掻きだったのでしょうか。



 異形は今まで以上に吠え、その巨体は更に大きく膨れ上がり、体に巻きつく拘束を、いとも容易く引き千切ります。


 彼女達は重力に従い、その巨体を着地させ──私の、目と鼻の先に降り立ちました。



『リーフィア──!』



 ウンディーネの悲痛な叫び。




 気づいた時にはもう、漆黒の腕は、


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