旅立ちです
長い沈黙。
アカネさんは静かに、口を開きます。
「……ダメじゃ」
それは私が願っていたものとは異なる、残念な返答でした。
頭を下げ、もう一度お願いします。
「お願いします」
「…………ダメじゃ」
「そこを何とか、お願いします」
「だから、ダメじゃ」
「先っちょだけでいいので、お願いします」
「ダメじゃと、言っておる!」
「……土下座しますよ?」
「そんなことをされても、ダメなものはダメじゃ!」
…………うむむ、強情ですねぇ。
どうやったらアカネさんを頷かせることができるでしょうか。
「…………どうして、じゃ……」
「ん?」
「どうして、妾が気に入った奴は、すぐに何処かへ行ってしまうのじゃ……」
「……アカネさん」
「妾はもう嫌なのじゃ。リーフィアが責任を負う必要はない。妾達も協力する。だから行こうとしないでくれ……いくらでも頼っていいから……。これ以上……頼む……」
それはとてもか弱い女性の嘆きでした。
アカネさんがこのような反応を見せると思っていなかった私は、いつも見ている彼女とは別人のようなその姿に、面食らってしまいました。
「リーフィアがこれ以上エルフを許せないというのであれば、魔王軍の全てを使い、エルフを滅ぼすために動こう。じゃから──」
「アカネさん。それはダメです」
協力してくれる気持ちは嬉しいですが、それではダメだと私は思っています。
「これはエルフが引き起こしたことです。……でも、これは私が終わらせなければダメなんです」
「どうしてじゃ。リーフィアだけが頑張らずとも、良いではないか」
「その通りかもしれません。これは意地……なのかもしれません」
今まで私はエルフに色々と邪魔をされてきました。
転生してすぐにエルフ達に敵視されたり、エルフの集落に引き込まれそうになったり。その時はミリアさんのおかげで集落は滅ぼせましたが、それで終わりではなかった。
ダインさんを含むエルフの襲来と、魔女に選ばれたという現実を突きつけられ、エルフに付き纏われる生活が始まりました。
ウンディーネのおかげで今はおとなしくなっていますが、いつ、再びエルフが動き出すかわかりません、数日前のエルフの男性が、その発端になる可能性だってあります。
アカネさんの言葉を借りるみたいになりますが、悠長にしているとなんだか嫌な予感がするんです。
だから、彼らが行動を起こす前に、私から動く。
それが一番の選択肢だと、私は思いました。
「アカネさん。私を信じてください。私を信じて、協力してください」
私は真っ直ぐに見つめ、再度お願いをしました。
「…………どうせ、妾が折れるまで言い続けるつもりなのじゃろう?」
「バレましたか」
「ああ、バレバレじゃ。リーフィアは本当に、自分勝手で強情な奴じゃな」
「アカネさんに言われるのは、なんか複雑ですね。でも、そんな私はお嫌いですか?」
「……いいや、それがリーフィアらしい」
アカネさんは溜め息を一回。
諦めたように両手を挙げました。
「負けじゃ。今回は妾が負けてやる。じゃが、一つだけ約束してくれ」
「はい。聞きましょう」
「──絶対に帰ってこい。あんな長耳程度に負けるのは許さぬ。魔王軍の総力を挙げ、地獄だろうとリーフィアを探しに行くからな」
冗談かと思いましたが、アカネさんの目は『マジ』でした。
これは、本当に地獄まで来る奴だなぁと思うと、不思議と顔が緩んでしまいます。
「ええ、絶対に戻ってきます」
そしてここに約束は結ばれました。
数日後の朝。
私は誰にも気づかれないよう、魔王城を出ていました。
『リーフィア……本当に行くの?』
「ええ、今更後に引けないでしょう」
──それに、
「ウンディーネが居てくれる。私は寂しくありません」
私達は手を繋ぎます。
「行きましょう。そして、またここに戻ってくるのです」
その時、きっと皆が迎えてくれることでしょう。
ミリアさんは泣いているでしょうか。私の姿を見た瞬間、飛びついて来そうです。今のうちにタックルを躱す練習をしておきましょう。
ヴィエラさんは呆れているでしょう。「また無茶をして……」と文句を言ってくるに違いありません。謝る練習もしないとですね。
ディアスさんは……面白そうなイベントに置いてけぼりを食らって、少し拗ねているかもしれませんね。そこら辺は兵士の方々に宥めてもらいましょう。
アカネさんは、帰ってきたら私から言ってやるんです。「──どうだ、ちゃんと帰ってきましたよ」って。そうしたら、二度とあんな弱々しい姿で泣くことはないでしょう。
皆、待ってくれている。
だから──
「だから、ウンディーネ。絶対に帰ってきましょう」
『うんっ! リーフィア!』
私達は魔王城を出ました。
エルフとの決着を着けるために。
私が望む、平和な堕落生活を取り戻すために。
私達は、一歩を踏み出します。
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