守りたいもの

「エルフが何を考えているかわからぬ。焦る気持ちはわかるが、こちらから手出しできぬ以上、今までよりも用心して行動するように」


 アカネさんの言葉で会議は終了し、私達は全員でお昼ご飯を取った後、解散となりました。


『リーフィア。大丈夫……?』


 部屋に戻る途中の廊下で、ウンディーネが私の顔を覗き込みました。


「……ええ、大丈夫ですよ」


『うちでもわかるよ。大丈夫じゃない人は、リーフィアみたいな笑顔で大丈夫だって言うの』


 安心させようと思い咄嗟に答えたら、見破られてしまいました。

 今の私は、そこまで思い悩んでいるように見えましたかね?


『リーフィアが気にすることは、ないんだよ……?』


「わかっています。……わかってはいるのですが、やはり……気にしてしまうのです」


 エルフを壊滅させられたら、どれだけ楽だったでしょう。


 私達は魔王軍です。武力ならどこにだって負けていません。なのに、一番憎たらしい奴らに対して、一切の攻撃手段を持てていない。


 それが歯痒くて、胸の中がざわめきます。



 あのエルフ達のことは気にしない。勝手に動いて、勝手に自滅してくれるのを待っている方が安全です。


「それは、わかっているのですよ……」


 でも、私は知っています。あいつらの執念深さを。


 魔女である私がいる限り、彼らはここを襲撃するでしょう。私を手に入れるか、殺すかをしない限り、彼らが止まることはない。


 ウンディーネのおかげでヴィエラさん達の仕事は減りました。ですが、私のせいで仲間を悩ませている。


 私は自分が楽できるのであれば、それが一番良いと思っています。

 でも、そのわがままで、私の大切な人達が苦しむのは……一番嫌です。


「ウンディーネ、お願いがあります」


 私は立ち止まり、ウンディーネに向かい合いました。


「これは私のわがままです。聞いてくれるでしょうか?」


『うんっ……! リーフィアのお願いなら、うちは何だってしてあげる! エルフから全ての水源を断つ? うちの眷属を使って、エルフの本拠地に乗り込む?』


 その言葉に頷けば、ウンディーネはすぐにでも行動してくれるでしょう。


 でも、それじゃあダメなんです。それではウンディーネが悪者になってしまう。彼女は『原初の精霊』として生き物を守るべき立場なのに、その守るべき者を、私のために殺させるのはダメなんです。


「ウンディーネ。アカネさんを呼んでください」


 ──自分のけじめは、自分でつける。


 そのためには協力が必要です。

 私は、動き出す決意を固めました。




          ◆◇◆




 自室にアカネさんを呼び出し、ウンディーネとミリアさんには執務室に行ってもらいました。


「急な呼び出しに応じていただき、感謝します」


「なぁに、他ならぬリーフィアの呼び出しじゃ。何かあってのことなのだろう?」


「……ええ、今後に関わる大切なことです」


 アカネさんの目が細くなります。こちらの底を見通すような視線です。


 私は生唾を飲み込み、話を切り出します。


「単刀直入にお願いします。私とウンディーネだけで行動させてください」


「何をするつもりじゃ?」


「……決着をつけに」


「…………なるほど、そういうことか」


 アカネさんはそれだけで全てを理解したらしく、静かに腕を組み、瞠目しました。


「妾は反対じゃ。お主一人を行かせると思っているのか? ……他の皆も、リーフィアが居なくなったら心配する。一番はミリアじゃ。以前、リーフィアが城を出た時、あいつは今までにないくらい荒れた。それを止めるのに、どれだけ苦労したと思っている?」


「それについては申し訳ないと思っています。ですが、退くことはできません」


「ミリアが悲しむとしても、か?」


「はい」


 視線が交差します。

 アカネさんの圧力が容赦なく私を襲いますが、私はその程度のことで揺らぎません。


「…………眉一つ動かさないか」


「ええ」


「本気で、一人でどうにかなると?」


「どうにかするのです。……それに、私は一人ではありませんから」


 私がどこへ行こうと、私にはウンディーネが付いている。彼女が私の後ろに居てくれるから、私は行動するのです。


「私は守りたい。安息のこの場所を、掛け替えのない大切な仲間を」


「そのために自分はどうなっても良いと、そう申すのか?」


「……そうですね。もしかしたら私は、無事に済まないのかもしれません」


「だったらなぜ──」


「それでも。……それでも、私は戦いたいのです。仲間のため、そして私が何の憂いもなく生活するため。邪魔者は私達の舞台から退場していただきたい」


 ──もう諦めるだけの無力な私ではありません。


 私は力を得ました。ただ奪われるだけの存在じゃない。私を大切に思ってくれる人が居て、大切にしたい人ができた。


「……エルフの件。何か嫌な予感がするのじゃ」


 アカネさんは何かを思い出したように、自分の体をぎゅっと抱きしめました。


「あの結界。再生した森。一瞬……本当に一瞬だったが、とても嫌な魔力を感じた。…………いや、あれは魔力と言えるような代物ではない。それよりも歪な、恐ろしいものじゃ」


 あのアカネさんが恐怖し、震えている。

 その事実に驚きましたが、エルフが何かを隠しているのはすでに予想していました。


 彼女が一瞬だけ感じ取った気配。それがエルフが隠している『何か』なのでしょう。元より油断して掛かるつもりはありませんが、それ以上に覚悟をしなければなりませんね。


「……これを聞いても、退かぬか」


「はい。すでに決めたことですので」


「…………死ぬぞ」


「そのつもりはありませんよ」




 ──私を待ってくれている人がいるから、絶対に死ぬことはできない。




 と、そんな甘い戯言を言うつもりはありません。そんなキャラじゃありませんからね。


 でも、死ぬつもりはありません。

 だって──


「私が死んでしまったら、誰が小さな魔王様のお守りをするのですか」


 あの人は、たとえ地獄の底だろうと私を探すでしょう。


 私達の魔王様は、決して立ち止まらない人です。

 なのに、とても脆い人です。


「あの人が一人前の魔王になるのを見届けないと、心配でおちおち死んでいられません」


「…………リーフィア」


「だから、お願いします。私に無期限の休暇をいただけますか?」


 アカネさんは答えません。

 きっと、彼女の中では様々な考えが巡っていることでしょう。


 それでも私は、今更退けないのです。


「アカネさん。お願いします。私に、あなた達を守らせてください」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る