エルフの管理者

 ──それは唐突にやって来ました。


 一陣の風のように森の中を駆け抜け、真っ直ぐにこちらへ近づく反応。

 それは私の存在を察知した瞬間、急速に敵意をみなぎらせます。


 鞘から剣を抜く音が聞こえた瞬間、泉に風が吹き荒れました。

 それは勢いを殺さないまま、私の首元に凶刃を突き付け────


「うるさいですねぇ」


 私は突き出された剣の切っ先を、横に転がることで回避します。

 お布団ちゃんも抱きかかえたので、ちゃんと無傷で済みました。もしこれで愛しの布団ちゃんが傷付いていたら、私はその仇として新たな襲撃者を即座に殺していたでしょう。


「──!」


 息を飲む音。

 それは捕虜となったエルフか襲撃者、どちらから聞こえたのかわかりませんが、何やら驚いている様子でした。


 私はゆっくりと起き上がり、寝ぼけ眼をゴシゴシとこすります。

 布団を軽く叩いて汚れを落とし、『アイテムボックス』に収納したところで、ようやく襲撃者に意識を向けました。


「で、誰です?」


 その人はエルフでした。

 ですが、今までのエルフとは格が違うというのでしょうか?

 彼から感じる魔力量は、凄まじいの一言です。ミリアさんやアカネさんのような規格外のお二人には敵いませんが、それでも十分な実力を持っている人なのでしょう。


 私が呑気に布団を畳んでいる間も、警戒心を一切解かずに剣を構えていました。


「…………その者達を返してもらう」


 はぁ……と私は溜め息をつきました。


「私は誰ですか? と聞いたのですが、聞こえていましたか?」


「……俺はエルフの管理者。ダイン」


「ダインさんですか。私はリーフィアです」


 どうやら、他のエルフよりは話が出来そうですね。

 ……にしてもエルフの管理者ですか。予想していた以上の大物が出て来ましたね。


「それで、返して欲しいとのことですが、関係者でしょうか?」


「……そうだ」


「ふむ……ではあの方々が私に何をしたのか、把握していますか?」


「ああ、視ていた」


 私の魔力感知範囲を越えた視覚ですか……。

 魔法で強化しているというのもあるのでしょうが、かなりの使い手なのは間違いないですね。


「それならば、まずは謝罪では?」


「……なんだと?」


 ダインさんから放たれる殺気。

 いちいち反応するのが面倒なので、私はそれを無視しました。


「彼らは我が領地の城下街に侵入しただけではなく、私に刃を向け、挙句には私のことを魔女だと罵りました。そしてダインさんもこちらに襲撃を仕掛け、殺すつもりで剣を突き出しました。間違いありませんね?」


「…………」


「さて、それで謝罪の言葉もなく『そいつらを返せ』とは……少々傲慢にもほどがあるのではないでしょうか?」


「…………そう、だな。エルフの代表として謝罪する。すまなかった」


 ダインさんは難しい表情をしながら、頭を下げました。


 素直に謝ってもらえるとは思っていなかったので、私は少し驚きました。

 ですが、普通に考えればこれが当たり前なんですよねぇ。それが出来ていないエルフって……と同種族として残念に思いますが、常識を知らない田舎者なのだと考えれば、まだ…………いや、やっぱりムカつきます。


「それで、あなた方の目的をいい加減に話してもらえると嬉しいのですが?」


「まずはエルフの解放だ」


「いいえ、話していただくのが先です。嘘偽りなく話していただけたら、彼らを解放しましょう。等価交換です」


 ダインさんの殺気が更に濃厚なものとなりました。

 ですが、そんなもの脅しの材料にもなりません。


「…………わかった。話そう」


 長い睨み合いの中、先に折れたのはダインさんの方でした。


「我々は、貴殿に用があってここに来た」


「用があるわりには手荒ですけどね」


「そこは謝罪した。だが、仕方のないことだ」


「はぁ? ただ用件があってここに来ただけなのに手荒になりますか? エルフは好戦的なのですか?」


「彼らは使命に忠実に従っただけだ。それに加えて外に出た経験があまりない。警戒した挙句に手荒になるのは、仕方のないことなのだ」


 ──使命に忠実に従った。

 どこぞのエルフが言っていたことと似ていますが、絶対の上下関係は相変わらずのようですね。

 それに彼らはほとんど外に出たことがないから緊張してしまい、素直に従わない私にキレて手荒になったと…………いや私悪くないじゃん。


「まぁ、それはもういいです」


 もう何を言っても変わらないでしょう。

 意地になってこれ以上追求するのは、正直面倒です。


「それで私に用があると言っていましたが?」


「リーフィア殿には、我らの大里に来ていただきたい」


「嫌です」


「来ていただきたい」


「嫌です」


 ダインさんはエルフの管理者。

 彼の住む里は、つまりエルフの総本山とも言える場所なのでしょう。


 私がそんな場所に行く?

 面倒です。本当に嫌です。


「どうしてそこまで私に固執するのですか? 私は魔王の配下です。あなた方の里に身を寄せるつもりはありません」


「貴殿の意思は関係ない」


「ぁん?」


 私の意思とは関係なく、里に来てもらうですって?

 彼は一体何を言っているのでしょうか?


 私はいい加減意味がわからなくなり、ダインさんを睨みました。


「リーフィア殿は魔女に選ばれた。我らの里に来る義務がある」


 ダインさんから告げられた言葉に、私は困惑するのでした。

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