残念系イケメンでした

 そこに行くと、何やら不穏な空気が漂っていました。


 人間と思わしき人達がヴィエラさんを囲み、彼女は傷だらけで膝をついていました。

 すぐ助けに入ってもよかったのですが、状況がややこしそうになりそうだったので、ひとまず気配を隠して彼らの会話に聞き耳を立てます。


「まさかこんなところで魔王幹部に出会えるとはね」


「くそっ……どうして剣の勇者が……」


「それを話す義理はない。どうせお前は、ここで死ぬ運命なんだから」


「──くっ」


 …………ふむ、どうやら、人間の方もここに調査に来たようです。


 目的は同じ、エルフの秘術に関する情報でしょうか? それ以外に、ここを訪れる理由はないはずです。彼らはそれを聞き出そうと調査にやって来たところ、そのエルフの里は壊滅していた。

 そこで魔王幹部と名高いヴィエラさんと偶然遭遇して戦闘に突入。ヴィエラさんはそこそこの実力者なのですが、見た感じ多勢に無勢。それに加えてあの中に勇者が混ざっていたことで、彼女は不利な状況へ追いやられてしまったようです。


 勇者……先日追い払った杖の勇者とは違い、今回は男性のようです。

 持っている物は、剣です。ヴィエラさんの言っている通り、剣の勇者なのでしょうね。……金髪の髪色に爽やかそうな顔つき。世間で言うイケメンというやつですね。どうやら彼も同郷のようです。


 勇者がヴィエラさんに剣を突きつけます。

 ヴィエラさんはまだ力を出し切っていません。なのに、どうして逃げないのでしょうか。彼女はキョロキョロと何かを探してる様子でした。


 ──ああ、探しているのは私ですか。大方、私を置いて逃げられないとでも思っているのでしょうか?


「全く、仲間思いの優しい人ですね……」


 ここまで律儀な方だと、少し呆れてしまいます。

 ……では、そろそろお邪魔させていただきましょうか。


「はい、ストップです」


 剣を振り下ろそうとする勇者に急接近し、腕を掴んで動きを封じます。

 私の速さに反応出来なかった人間達は数秒呆然とし、ようやく警戒したように各々の武器を私に向けてきました。ですが、私が勇者を盾にしているため、安易に動けないようです。


「君は……誰だい?」


 と、私を見てヴィエラさんが言いました。


 おっと、そう来ましたか。

 ……記憶を失っている訳ではなく、単純に私が魔王幹部だと顔バレしないようにという配慮なのでしょう。

 では、ヴィエラさんの思惑に乗っておきましょう。


「……騒がしいと思ったら、ここで何をしているのですか?」


「ぐっ、離せ……!」


 勇者が拘束から逃れようと暴れますが、その程度で私を振り解くことは出来ません。

 私は力を込め、強い口調で再度問いかけます。


「ここで何をしているのですか? と聞いたのですが」


「貴様、エルフだな! 勇者様から離れろ!」


 ……………………ちっ。


「ぐあぁああああ!」


 私はもっとキツく勇者を拘束します。腕が折れるギリギリまでになった勇者は、苦悶の表情を浮かべました。

 容赦のない私に、ヴィエラさんは何とも言えない表情をしています。話を聞かないこの人達が悪いのです。


「お、俺達はエルフの里を調査しに来ただけだ! そしたら魔王幹部が居たから迎撃した。それだけだ!」


「魔王幹部、ですか……? あなたが?」


「そうだ、そこの奴が魔王幹部ヴィエラ・シーナガンドだ」


 ……フルネーム知られているじゃないですか。

 ちゃんと個人情報は隠しておきましょうよ。そう言いたげな視線を送ると、気まずそうに顔を逸らされました。


「君はここの里のエルフだろう? ここを滅ぼしたそこの魔王幹部が憎くないのか!?」


 なんか勝手にこの里の連中の一人だと思われていますね。あの馬鹿どもと一緒にされるのは遺憾ですが、否定するとそれはそれで話がこじれそうです。


「あなたがここを滅ぼしたのですか……?」


「……そうだと言ったら?」


「なら、許しません。消えてください」


「──っ!?」


 その場に突如として暴風が吹き荒れました。全員が顔を覆って体勢を崩さないよう必死になっている隙に、風を纏わせてヴィエラさんを魔王城まで運びます。ついでに回復魔法で全ての傷を治しておいたので、もう大丈夫でしょう。


 かくいう私は────未だに勇者を拘束していました。


 あの隙に私も逃げればよかったのですが、色々と考えているうちに暴風は止んでしまいました。

 つまり、逃げる時間を逃したという訳ですが……どうしましょう。勇者を拘束してしまったせいで「魔王幹部が何処かに逃げてしまったので、それではさようなら」と言ってこの場を抜け出すのは難しいでしょう。


 いや、もしかしたら行けるかもしれません。

 物は試しです。


「では、私はこれで──うぐっ」


「ちょっと待ってくれ」


 何事もないように歩き出そうとしたら、腕を掴まれてしまいました。


「君、名前は?」


「…………リフィ、です」


 ここでリーフィア・ウィンドと名乗るほど、私は愚かではありません。

 もし魔王幹部と繋がりがあると疑われても、個人情報その一『本名』を隠すことができます。個人情報その二である『種族』はもろバレしてしまいましたが、過ぎたことは仕方がないです。


「俺達はエルフの秘術を探しに来たと言ったよね?」


「……はい、そう言っていましたね」


「エルフの秘術はとてつもない力を秘めているらしい。俺達にはそれが必要なんだ」


「はぁ、そうですか……では頑張ってくださ──ぐえっ」


「待ってくれ」


 嫌な予感をいち早く察知した私は、自然な動作で歩き出そうとしました。ですが、勇者は再び私の腕を引きました。


「君はエルフの秘術が何なのかを知らないか?」


「知らないです。帰りま──ぐおっ」


「待ってくれ」


「嫌です。帰り──クッッッソ」


 どうにかしてこの場から去りたい私と、どうにかして私を引き込もうとする勇者の攻防が続きます。

 逃げようと頑張っているのですが、人数が多いのと相手が勇者だというせいで、明確な攻撃をすることが出来ません。

 筋力は強化しているはずですが、流石にカンストしていないと、勇者相手に無理矢理振り解くのは厳しそうです。


「君は仲間のエルフ達が、魔王軍によって滅ぼされたのが憎くないのか!」


「別にいいです。私には関係ありません。そもそもエルフの秘術を使ってどうしようというのですか……!」


「勿論、魔王軍を滅ぼすためだ。あいつらは人間の国に我が物顔で侵略する酷い奴らだ。全てを殺すまで、人々に平和は訪れないんだ!」


「……エルフの秘術に、それだけの力があると思っているのですか?」


「王がそうだと言っていた。だから、きっとそうなんだろう」


「あ、そうですか」


 人に言われるまま動くなんて、子供ですか。

 ……ああ、いや、よく見ると子供ですね。まだ高校生でしょうか? その程度の歳では、まだ全てを自分の決断で決めるということは難しいでしょう。なので、その王様? の言われるがままに動いている。しかも、ミリアさん達をめちゃくちゃ酷評した話も信じ込んでしまっているようです。


「君は里を滅ぼした魔王軍を憎んでいる。俺達は魔王軍を滅ぼしたい。同じ目的を持っている。そうだろ?」


「はぁ……」


 何を勝手に決めているのでしょうか。このイケメンは。何一つとして掠っていないのに、何ですかその言い当てたと自慢気げなドヤ顔は。なるほど、これが残念系イケメンってやつですか。ムカつきますね。ぶん殴りたい気分です。……流石にやりませんけど。


「なので一度、王都に戻って共にエルフの秘術を探すのに協力してくれないだろうか?」


 残念系イケメンはそう言い、私に手を差し伸べてきました。

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