侵入者ですか?
その日は妙に城の中がざわめいていました。
聴覚強化を持っている私には、それが余計に聞こえてきて、静かに眠ることが出来ないほど、今日は騒がしかったです。
どうせまたミリアさんが何かやらかしたんでしょう。きっと数分経てば静かになる。
そう思っていたのですが、数分経っても、一時間を超えても、騒々しい音は収まりませんでした。
「……全く、何なんですか、もう」
流石に我慢ならなくなった私は、苛々を隠さずにベッドから起き上がりました。
ここまで騒がしいのが長引くのなら、犯人はミリアさん一人ではないはずです。どうせディアスさんも混ざって馬鹿騒ぎしているのでしょう。
その他の連中も全員一発殴って大人しくさせてやりましょう。そう思って外に出ようとドアノブに手をかけた時のことです。
「リーフィア! 大変『──ガッ!』だ! …………あれ?」
突然開かれた扉に激突し、私は頭を抑えてその場に蹲りました。
犯人はヴィエラさんでした。本当に痛かったです。おかしいですね。どうしてこんなに痛いのでしょう。少し、涙が出てきました。
「す、すまん! どうせ寝ているのだと思って開けてしまった。まさか起きていたとは……」
「いいんです……気にしないでください」
相手がミリアさんだったら一発くらいは魔法弾を食らわせていたところでしたが……ヴィエラさんもどうやら急いでいたらしいですし、こうなったのも私の生活が悪いせいなので、私が怒るのは筋違いというものです。
「それで、そんなに血相を変えてどうしたんですか?」
まさか、ミリアさん達が暴走しすぎて手に負えないから手伝って欲しいとかですかね?
任せてください。最初からその気でしたから。私の全力を持って殴ってやります。
「侵入者だ」
「…………はい?」
「だから侵入者だ。魔族領に勇者が侵入してきた」
「…………はい?」
◆◇◆
私はヴィエラさんに引っ張られ、会議室へと連れて来られました。
その中では珍しく真剣な表情をしているミリアさんと、その配下達が話し合っていました。
「お、やっと来たか。待っていたぞ!」
入って来た私を見つけると、ミリアさんは途端に明るい表情になりました。
それに釣られて他の人達もこっちを見てきました。アカネさんやディアスさんは顔見知りなので、ミリアさんと同じような笑顔を向けてきましたが、他の人達は「こいつ誰だっけ?」みたいな顔をしていました。
……まぁ、そうですよね。ヴィエラさんとの決闘以来ほとんど外に出ていなかった私が、いきなりこんな重要な場所に来たんですから、そんな顔になるのも仕方ありません。
「話は聞いているな? 勇者が余の領地に侵入して来た。今は軍をどのように動かすかについて話し合っているところだ。……おい、向かわせた斥候はどうなっている」
ミリアさんが一人の魔族に問いかけました。眼鏡をかけた美男さんです。この人は見たことがありませんが、この場にいるのですから何か重要な役割を担っているのでしょう。
「そろそろ到着する頃かと思われます」
「うむ、到着次第、即帰還し、早めに情報が欲しいものだ」
「ええ、どの勇者なのかによって、軍の動かし方が変わりますからね」
「……ん? 勇者って複数いるんですか?」
初耳な情報に、私は会議が中断されるのを申し訳ないと思いつつ、近くにいたアカネさんに質問をしました。
「そうじゃよ。勇者は複数存在する。それぞれが使う武器が異なっていてな。剣、槍、弓、杖と四人いるのじゃ」
「へぇ……四人もですか。それなのに魔王は一人とか、結構厳しい状況なのですね」
「そうなのじゃよ。だから、妾達は慎重に軍を動かさなければならない。無駄な消耗は出来ぬからな」
……ふむ、勇者というのは思ったよりも厄介なんですね。
先程、斥候がどうとか言っていましたが、今彼らは何処にいるのでしょうか。ちょっと鷹の眼で様子見を────
「ミリアさん。斥候は戻って来ません」
その瞬間、会議室の空気がガラリと変わりました。
肌がチリつくほどの緊張感。それが私に集中しました。
「──リーフィア」
「はい、なんでしょう?」
「その言葉の意味は、どういうことだ?」
「どうもこうも、もう斥候は帰って来ません。だって、もう
──ダンッ!
「い、いい加減なことを言うな! 突然現れてそんな嘘を言うとは、貴様陛下を愚弄する気か!?」
「まぁ待て、少しは落ち着け、童」
眼鏡の魔族が机を叩き、私の胸倉を掴もうと手を伸ばしながら近寄って来ます。それを阻んだのはアカネさんです。私と魔族の間に立ち、なだめるように頭をポンポンしていました。
「リーフィアも、それ以上はやめとけ。先程、無駄な消費は出来ぬと言ったばかりじゃろう? こやつはまだ若いが、将来役に立ちそうな男じゃ。こんなところで終わらせるのは、ミリアのためにも阻止しなければな」
「……さて、何のことでしょうか」
「平然と言いおって。妾が止めていなかったら、その腕を切り落とすつもりじゃったろうに。……ほんと、掴めん奴じゃ」
「それはこっちのセリフですよ……」
私は肩をすくめながら、手に収束させていた魔力を霧散させました。気づかれないようにやったのですが、どうやらアカネさんには見られていたようです。本当に、掴めない人ですね。味方ですが要注意人物に認定しておきましょう。
「それでリーフィアよ。先程の言葉は本当なのか? ……もし嘘だったら、流石の余でも少し怒るぞ」
「あら、ミリアさんも信じてくれないんですね。…………はぁ、私には全てを見渡す眼があります」
「全てを見通す眼……余の魔眼の能力の一つ、千里眼と似たようなものだな? ……しかし、余にはまだ何も見えていない。だがその言い方、お前にはもう見えていると思っていいのだな?」
「ええ、はっきりと見えていますよ。勇者が斥候にいち早く気付いて、何かを放った瞬間が見えました。斥候の四人は見事に消滅……えげつないですね。跡形も残っていません。ちなみに嘘ではありませんよ?」
それを言ったところで、私にメリットはありませんからね。
私は早く眠りたいんです。勇者なんかでうるさくされては迷惑です。なので、私が出来ることなら力を貸すとしましょう。
「…………おいリーフィア。その勇者の容姿はわかるか?」
ずっと黙って私達を見ていたディアスさんが、ようやく重い口を開いたと思ったらそんなことですか。
見くびらないでください。鷹の眼は上空からなら何でも見下ろせます。容姿程度ならはっきりと見えています。
「女性。髪は黒。背中辺りまで伸びていますね。目は黒に近い茶色です。着ている物は、何処か神聖な感じのする白いローブ。無駄に豪華な杖を持っています。他は三人いますね。……ですが、この魔力からして、連れの三人は勇者ではないでしょう。その中心にいる勇者らしき女性だけ、異常なくらいの魔力を発しています。ちょっとは放出量を抑えられないんですかね。見ていて気持ち悪いです。……うえっ……酔いそうです」
「……間違いない。杖の勇者だ」
「うむ、リーフィア。すまないが、もう少し様子を見ていてくれるか?」
どうやら信じてくれたようです。すぐに地図を展開したり、どう動かすかを考えたりしている様子ですが、いやいや私がそれに従うとでも思っているのですか?
そんなの決まっているではないですか。答えは一つ。
「お断りします」
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