試合開始です

 ──ガキンッ!


 それまでざわざわと湧き上がっていた観客達は、剣と剣をぶつけた金属質な音によって静まりかえりました。

 音の発生源はヴィエラさんです。

 彼女は両手に持つ二振りの剣を鳴らし、気合いを入れたようです。

 最初からやる気には満ちていましたが、先程のでヴィエラさんの瞳に決意の色が宿ったように見えました。


「……そろそろ、準備はいいかな?」


 なるほど、確かに目の前の人物は魔王幹部だ。

 そう確信するほど、重く、体が縛られるような圧力が、ヴィエラさんから発せられていました。


 ……これが、プレッシャーというものですか。


 これは私も本気にならなければ危ないですね。


 チラリ、と特等席にいるミリアさんを見ます。

 全ての元凶である魔王は不敵に笑い、私を見下ろしていました。

 その視線は、さぁお前はどう動く? と語っているようで、私は本当に面倒なことに巻き込まれたと溜息をつきます。


「私は最初から準備は終わっています。ヴィエラさんの好きなタイミングで、どうぞ」


「そうかい。じゃあ──行くよ!」


 ヴィエラさんが地を蹴り、一瞬で私に接近します。

 完全反応の示すままに上半身を後ろに反らし、その直後に私のいた場所に剣が横薙ぎに振られました。

 あそこで避けられていなかったら、今頃私の体は二つに分かれていたでしょうね。


「──ふっ!」


 ここで安心したらダメです。

 何故なら、彼女の得物は二つあるのですから。

 一回避けられたとしても、次が来ます。

 下からの袈裟斬りを後方に飛んで回避しますが、私に反撃させる隙を与えないとすぐに距離を詰めてきます。


「避けてばかりかい?」


「なら、私が避ける必要がないように、攻撃の手を止めていただけますか?」


「あははっ! 残念だけどそれは出来ない、な!」


 大振りの攻撃が上段から振り下ろされ、私は大きく飛び退きます。

 避けられても攻撃の余波が私の元まで届き、少しだけバランスを崩します。


「……ふむ、厄介ですね」


 これが魔王幹部の実力ですか。

 ええ、本当に厄介です。


「この程度でミリア様の護衛を務める気だったのかい?」


 ヴィエラさんは挑発するかのように、こちらを馬鹿にした様子で言いました。

 半ば強制的にその役職にされただけです、と反論したいところではありますが、それを言ったところでこの試合が終わるわけではないので、それをいちいち口にするつもりはありません。


「……面倒ですね」


「ほう? この状況でも面倒と言うのか……」


「ええ、面倒です。ほんと、面倒すぎて眠いです」


 私は今すぐにでも眠りたいというのに、この世界はそれを許してくれないようです。


 そして、私が眠れる方法はただ一つ。


「あなたを、倒します。──マジックウェポン【弓】」


 マジックウェポン。

 私の魔力を具現化し、私の武器とする技能です。

 これのおかげで武器を用意する必要も、それを持ち運ぶ必要もありません。


「穿て」


 魔法で生成した矢を番え、放ちます。

 初めて使った弓ですが、まるで愛用して使っていたかのように弓の使い方がわかりました。

 これが弓術のおかげなのでしょうか。


「──っ!」


 矢は凄まじい速さで、ヴィエラさんに向かって飛びます。

 それは間一髪で避けられてしまいますが、その間に私は新たな矢を番えていました。


「くそっ!」


 ヴィエラさんは距離を取っているのが不利だと理解したのか、二撃目の矢を剣で弾きながら、急接近してきました。


「マジックウェポン【剣】」


 私は退くのではなく、逆に地を蹴って迎え撃ちます。

 闘技場の中央で私達は激突し、激しい轟音が鼓膜を震わせました。


「ぐ、うぅ……」


 鍔迫り合いになると、初めて剣を持った私の方が不利です。

 ですが、押しているのは私の方でした。

 それは私が剣術と筋力強化をカンストしているおかげでした。


 チート能力のみで勝つというのは、あまり気の乗らないことですが……それでも勝負は勝負。

 所詮、勝った方が正しいのです。


 ──ですが、このままでは埒があきませんね。


「──マジックウェポン【解除】」


 私の剣が細かな粒子となって消滅しました。

 前のめりになり、剣を振り下ろす格好となってバランスを崩したヴィエラさん。

 私は素早く横に旋回して、隙だらけな横腹を蹴り飛ばしました。


「がっ──か、はっ!」


 何度も地面をバウンドして、何とか受け身を取ろうとしているヴィエラさんに、今度は私が追撃を仕掛けます。

 即座に弓を出現させ、三本の矢を一斉に放ちます。

 それは綺麗に標的の体に刺さり、ヴィエラさんは苦悶の表情を浮かべました。


「っ、この──ダークバインド!」


 ヴィエラさんの手から黒い鎖が伸び、私の体を拘束しました。

 ですが、私には魔法の類は効果がありません。

 軽く力を入れるだけで、鎖は粉々に砕け散ります。


「嘘、でしょ……」


「嘘じゃないです。そして、お返しです──風よ」


 魔法はイメージです。

 どんな形になってほしいか。それを脳内で想像し、後は必要な魔力を注ぐだけです。

 軽く作り出した風は竜巻となり、呆然と立ち尽くしているヴィエラさんを包みます。

 ですが、どうにかして風を斬り裂こうとヴィエラさんは剣を振ります。


 ……ふむ、動かれると面倒ですね。


「──マジックウェポン【鎖】」


 人間の腕くらいある鎖が、暴風の中にいるヴィエラさんを捕らえます。


 それだけで身動きが一切取れなくなったヴィエラさんの肩に、一本の矢が刺さりました。


 避けたいのに、避けられない。


 斬りたいのに、斬れない。


 逃れられない攻撃の数々に、ヴィエラさんの表情が恐怖に染まり始めました。


 私は次の矢を番え────


「そこまで!」


 制止の声が会場に響き、私は声がした方向、特等席にいるミリアさんに向きました。


「両者とも、武器を収めよ」


 勝敗がついたのであれば、もう戦う理由がありません。

 私は番えていた弓を降ろし、竜巻を消滅させました。


「勝者は──リーフィア・ウィンドだ! 奮闘した二名に拍手を!」


 観客から溢れんばかりの声援と、拍手が送られました。


 ですが、ヴィエラさんは地面に膝を付き。激しく肩を上下させていました。とてもではありませんが、観客達に応えることなど出来そうにありませんでした。


 勿論、私もいちいちそれに反応するつもりはありません。


「……今日は、本当に疲れました」


 私はマジックボックスから布団を取り出し、それに包まりながら横になります。


 もう、今日は何もしません。


 絶対に仕事したくないマンです。


 私はゆっくりと瞳を閉じ、静かに言いました。


「おやすみなさい」

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