早速問題が起きました
魔王の配下になった私は、すぐに魔族領にある魔王城へと案内されました。
そこは黒をベースとした豪華な城でした。
てっきり黒鳥が辺りを飛んだり、真っ赤な月が城を照らしたりしているものだと思っていましたが、実際はそんなことがなく、魔王城を中心として城下町が広がっているほど、平和的な場所でした。
それをミリアさんに言ったら『そんな趣味の悪い場所は吸血鬼どもくらいしか好まん』と言っていました。いるんですね、吸血鬼。
『……ねぇ、リーフィア……?』
城下町に入り、ミリアさんの城に向かって歩いている時、私の後ろを歩いていたウンディーネが、服の裾を引っ張りながら声をかけてきました。
彼女はここに来る必要はなかったのですが、どうしても私が心配だからとついて来てくれました。
住処からずっと離れているのは色々と問題があるので、大丈夫だと判断したら帰るらしいのですが、心配性なウンディーネのことです。今日一日は帰らないと思っていいでしょう。
「どうかしましたか?」
『……あ、あの簡単に決めちゃって、本当によかったの?』
「いいんですよ。最高の職場ではありませんか。三食昼寝付きで、ほとんど働かなくていいんですよ?」
正直なところ、神様から貰った食料も底をつきそうでした。
そうなれば、自分で食料を調達するか、冒険者などの仕事をしてお金を稼ぐかしなければなりませんでした。
ここは異世界です。私の常識とは全く異なった世界です。
私にとっては大丈夫そうに見える食材も、もしかしたら劇毒かもしれません。
状態異常耐性はカンストしているので問題はありませんが、毒かもしれないと思って食べるのも嫌ですよね。胃袋的にではなく、精神的に。
なら稼いで安全な食事を取るしかない。でも、仕事も面倒です。
そこでやってくる魔王の誘惑。勝てるわけがありません。
『……うーん、リーフィアがいいなら、いいの、かな?』
「ほら、何をゆっくり歩いているのだ。早く我が城へ行くぞ!」
先頭を歩いていたミリアさんが、私達の腕を引っ張って急かします。
……なんか、遊園地ではしゃいでいる子供の相手をしているような気分になりますね。
「……おい? 何か失礼なことを考えていないか?」
「…………別に」
「怪しい。実に怪しいなぁ?」
「しつこいとお尻ペンペンしますよ?」
「なっ!? お、お前、それは卑怯────」
「ミリア様!」
言い合いを遮って聞こえてきた怒号のような声。
それにミリアは体を大きく震わせ、錆び付いたようにギギギッと首を後方、私達の行く方向へと向けました。
そして私は知りました。この世界にも修羅はいるのだと。
「ヴィ、ヴィエラ……」
「また勝手に城を抜け出して! 今日という今日は許しません!」
ヴィエラと呼ばれた女性は両目の端をキッとさせ、どこか真面目で知的な雰囲気を出していました。
彼女は赤い髪を激しく揺らしながらずんずんと私達の前まで歩き、ミリアさんの首根っこを掴み、軽々と持ち上げました。……いやそれ魔王。
対する魔王様は叱られている時の猫のようにおとなしくなって、恐怖に目を閉じています。……あなた本当に魔王?
「全く、せめて仕事くらいは終わらせてくださいって何度も言っているでしょう! それと、あなたは魔王なのですから何かあったら危険です。護衛の一人くらいは連れて行ってください!」
「す、すまん……だが、何も危険なことはなかったぞ」
「──それは結果論です!」
「ひゃい!」
うわぁ、魔王がただの子供に見えます。
となると、この女性がお母さんですか?
あはは、お似合いですね。
「似合ってないわい!」
と、ミリアさんからツッコミが来ました。
心を読まれているですと?
「顔を見ればそれくらいわかるわ! それよりも、助けてくれぇ!」
「え、嫌ですよ。まだ私は正式にあなたの配下になったわけではないので、まだ助ける義理はありません」
「この鬼め!」
「エルフです」
「…………ん、誰です? この方々は」
そこで初めて、ヴィエラさんは私に意識を向けました。
ギョロッとした眼光に耐えられなくなったのか、ウンディーネは素早く私の後ろへ隠れました。
首根っこを掴まれている状態のミリアさんは、ようやく怒られるのが終わったと安堵し、同時にどこか不敵そうに笑います。
「ふっふっふっ、拾った!」
いやあんた。拾ったって。
もう少し別の言い方あったでしょうに。
……ほら、適当な説明だったから、頬を引っ張られているじゃないですか。
「ちゃんとわかるように説明をしてください」
「ふぁい、ふぁかりふぁひは! ──ったく、相変わらず容赦のない奴──何でもないぞ。何でもないからその拳を仕舞え!」
ミリアさんがそうやって文句を言ったら、鋭い眼光で睨み返されていました。
凄まじい速度で視線を逸らし、気を取り直すかのようにコホンッとわざとらしく咳をします。
「こいつとはヴィジルの樹海で出会った」
「ヴィジルの樹海ぃ? そんなところまで行っていたのですか?」
「──ま、待て! とりあえず説明だろう? な?」
「…………わかりました。続けてください」
「ほっ……」
ほっ……じゃないですよ魔王さま。
配下の威圧にビビってどうするのですか。
就職する前から、この職場大丈夫かと心配になってきました。
「そこでうざく絡んできたエルフを軽く滅ぼしたら──」
「はぁ!? あそこのエルフを滅ぼした!? ちょ、何をやっているのですか!」
「ま、待て! ほら、その拳を仕舞え、な? 今はこいつの説明が先だろ?」
「…………わかりました。続けてください」
いやいや、続けてはダメな案件でしょう、今のは。
完全にではないにしても、一つの里を滅ぼしたのですよ? それなのにその拳を下ろしてしまうのですか。
……あ、わかりました。
ヴィエラさんは真面目だけど、馬鹿です。馬鹿真面目です。
意外とちゃんとした人が出て来たと思いましたが、ミリアさんの配下は、所詮ミリアさんの配下なのです。少しはネジがずれていると諦めたほうがいいでしょう。
ミリアさんもヴィエラさんの頭の回転の弱さを理解しているのか、いい感じに言いくるめられそうでほくそ笑んでいます。
大方、いつもこんな感じで逃げているのでしょう。
ですが、残念でしたね。ここにいるのは私なのです。
「私としては、私の説明よりもエルフの里を滅ぼしたことの方が重要だと思います。たとえそれがエルフの行いが悪かった結果だとしても、やってしまった事実は変わりません。少しでも情報共有したほうがいいのではないでしょうか?」
「ハッ! それもそうですね……」
……やはり、ヴィエラさんは頭の方が少々弱いようです。
「助言、ありがとうございます。……ということでミリア様? 後でよぉく聞かせてくださいね?」
「くそっ! おいリーフィア! よくも……!」
「知りませーん。私は悪くありませーん」
首根っこを掴まれながら喚くミリアさんを無視して、私は聞こえないと耳を塞ぎます。
「おまっ、この野郎! まじで許さんぞ!」
「あー、あー、何も聞こえませーん」
「ちくしょう!」
「──ミリア様?」
「…………何でもない。そ、それでこやつのことだったな。こいつの名はリーフィア・ウィンド。ヴィジルの樹海で出会った──余の新たな配下だ! 主な役職は、余の護衛だな。……と言っても、リーフィアは外出時に連れて行くだけで、ここに居る時はほとんど仕事がないな」
護衛、の辺りでヴィエラさんの眉が微かに動くのが見えました。
そして一瞬ですが、彼女から滲み出るオーラのようなものが、急激に膨れ上がったようにも感じます。
本当に一瞬のことで誰も気づいていないようですが、私の完全反応にはしっかりと反応していました。
「この者が、ミリア様の護衛ですか?」
「そうだ。何だ、不服か?」
「……いえ、ミリア様の決定に文句はありません」
「ふむ……」
そう答えるヴィエラさんでしたが、その表情はどこか暗く、何を言いたいのかわかりやすかったです。
流石にそれに気付けないミリアさんではないでしょう。
顎に手を置き、何か考えるような視線でヴィエラさんを見ています。
私は即座に嫌な予感を察し、その場から背を向け……ようとしたところで肩を掴まれました。
「……なぁ、リーフィアよ」
「嫌です。寝ます」
「まだ何も言っていないだろうが」
「何も言っていなくても、何を言いたそうにしているのか予想はつきます。なので、私は先手を打って休憩させていただきます……!」
本気で動こうとしているのに、体が石になったようにピクリとも動きません。
どんな腕力しているのですか、このロリ魔王は。
「まぁ待て。そんな警戒しなくても死にはせん! な!」
「な! じゃないです。たとえ死ななくても、疲れるんです……!」
「いいからいいから! 先っぽだけだから!」
「怪しい人みたいな言い方しないでください。通報しますよ」
「通報も何も、余がここで一番偉いのだぞ!」
「その一番偉い人が配下に怒られているのは滑稽ですねぇ」
「それは仕方ないだろう! 魔王にだって怖いものはあるのだ!」
いや、そんな情けないことを言わないでくださいよ。
一応あなたは私達の主人でしょ。
「こうなったら魔王命令だ! リーフィア、余の配下の一人、ヴィエラと腕試しをするがいい!」
「お断りします」
「そこは承諾する空気だっただろぉ!?」
「知りませんって。いちいち空気なんて読んでいたら、人生損しますよ?」
「うるさい! 最初のお仕事だと思って観念しろ!」
「ここでの仕事はないって言っていたではないですか」
「ほとんど、だ! 全くないとは言っていない!」
くそっ、ブラックにもよくある『規約をよく読んでいなかったの?』というやつですか。
これは嵌められました。
「はぁ……わかりました。わかりましたよ」
これ以上はジリ貧です。
そう諦めた私は、ヴィエラさんとの腕試しを引き受けました。
ですが、私は心配です。
「本当にやっていいのですか? 私は多分、強いです」
「……この私が、魔王軍幹部の私が、負けると?」
私の言葉を挑発と捉えたのか、ヴィエラさんは敵意を剥き出しにして凄みます。
勘違いさせてしまったことに申し訳ないと思いつつ、私は誤解を解こうと両手を挙げます。
「私はあなたの実力がわからないので、絶対に勝てるとは思っていません。ですが、そういう可能性もあると理解していただきたいのです」
私は神様からチート能力を貰っているわけですからね。
私の力がどれほどなのか。それがわからないので、もしかしたら大怪我させてしまうかもしれません。
それに気をつけてほしいと私は思っています。
「…………ふ、ふふ、ふふふっ」
「お、おい? ヴィエラ?」
「ふははっ! ここまで馬鹿にされたのは初めてだ! いいだろう! このヴィエラ・シーナガンドが相手してやるっ!」
ヴィエラさんは腰に差している二本の剣を抜き、それを私に突き付けて宣言しました。
──あれ? どうしてこうなったのでしょう?
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