決別しました

「ようこそ、おいでくださいました」


 その中には、一人の年老いたエルフが佇んでいました。


 エルフとは長寿。

 一定の年になると体の成長が止まり、死が近づくと老いが進む。

 私が知っているエルフの知識は、そんな感じでした。

 それがこの世界でも同じだというのなら、この老人が男の言う族長という人なのかもしれません。


「ええ、おいでになりました。断っても断っても帰らない人がいたので、仕方なく来ましたよ。……で、あなたが族長ですか? そうだろうとそうでなかろうと、私を呼んだ理由は知っているはずです。何の用件で私を強引に招待なんかしたのでしょう? もし、どうでもいい理由なら、二度も私の邪魔をしてくれた代償を払わせます」


 私は一方的に話します。


 律儀に話し合うつもりはありません。


 私は寝たいのです。今すぐに。


 ここで布団を出して眠ってやってもいいくらいですが、それだと呼び出した用件を聞けず、結局は話が進まないまま長引いてしまう。だから私は仕方なく、老人の返答を待ちます。


「あなた様の言う通り、私がこの里の族長です。……どうかその怒りを収めてくだされ。私どもはあなた様との対立を望みません」


「ハッ! よくそんなことが言えますね。もしかして脳みそ沸いています? 私って回復魔法が得意なんですよ。よかったら治療してあげましょうか?」


 対立を望まない。

 先に攻撃を仕掛けてきたのはエルフ側だというのに……この人達は私を怒らせるのが上手いですね。

 一発、その脳みそを丸ごと洗浄してやろうかと本気で思いました。


「……若い者らが失礼をしました。これはいくら謝っても足りないことは理解しています」


「いいえ、理解していません。本当に理解しているならば、もう私に関わってこないはずです。現に私はこの男に言いました。ですが、どうでしょう。こっちの言葉を聞かず、ただ里に招待するとだけ言い、断ってもしつこいときました。何なのですか? 口では対立したくないと言いながら、本当は私を怒らせて対立したいのですか?」


「そのことに関しては、その者を責めないでやってください。この里は年長者の言葉は絶対という掟があります。彼は私の言うことに従っただけ。責めるなら、私を責めてください」


 何ですか、その掟は。

 上の者が腐っていたら、その里は破滅に一直線じゃないですか。


 というか、その掟があるからエルフという種族は、どの物語でも閉鎖的なのでは?


 ……ああ、もしそうなのだとしたら、救いようがないですね。


「責めるなら自分を責めろ、ですか。下の者を思いやるその心、素晴らしいです。──では、死にますか?」


「──っ、貴様!」


 私を案内した男が、これ以上は見過ごせないと腰に差していた剣を振り抜く。

 そのまま斬りかかろうとしてきた彼に、私は笑いかけます。


「おっと、動かないでください? あなたの失態が、族長の命を削るのですよ?」


「……ぐ、っ……お前は狂っている……!」


「おや、酷いことを言いますね。私は正常です。少しだけ他人がどうでもいいと思っているだけの、普通の乙女です」


 私は族長に歩み寄ります。

 族長は何もしません。

 ただ、私のことをジッと見つめ、何の抵抗もなく私の接近を許しました。

 余裕、または何もかもを諦めたようなその表情が、過去の私と一瞬だけ結びつきます。


「──っ!」


 苛ついた私は枯れ枝のような首を掴みました。

 やはり、族長は何もしません。


「…………やめです」


 これ以上のことをしても、それこそ私のメリットがない。


 殺すのは簡単です。でも、私は一生このまま、発散できなかった苛立ちを抱えて生きていくことになるでしょう。

 そう思ったら、途端にどうでもよくなりました。

 族長に興味を失い、手を離します。


「族長! 大丈夫ですか!?」


 遅れて男が駆け寄ります。

 そして私を睨みつけ……ようとして、先程の私の言葉を思い出したのでしょう。

 素早く私から目を逸らし、族長を心配します。


「用件」


「けほっ、けほっ……はい、用件、ですね」


 咳き込み、男に支えられながら、族長は近くにあった椅子に座りました。

 そして空いている椅子に私も座ります。


「まず、お名前をお聞きしても?」


「……リーフィア。リーフィア・ウィンドです」


「では、リーフィア様。私どもの里に──住みませんか?」


「…………ふむ」


 え、普通に嫌ですけど。


「まず、どうしてそうなったのか理由を聞いても?」


「理由は簡単。あなたがエルフだからです」


「エルフはここに住む掟があるのですか?」


「掟ではありません。……そのほうがリーフィア様の為になると思っただけのことです」


「何を勝手に私のためだと思っているのか知りませんが……まぁ、そこはいいでしょう。ここに住むことで私の利益になると? 大層な自信ですね」


「自信ではなく、そうなのです。エルフの里に住む者には、外の世界に出ることを禁止しています。それは危険だからです」


 族長の長々とした説明を纏めます。


 エルフは酷く閉鎖的で、外の世界──つまり森の外では滅多に見ない珍しい種族だ。

 そのため、様々な者に狙われやすい。

 それは奴隷商人から依頼された人攫いだったり、エルフの美貌に魅了された男性だったり。一度落ちてしまったら最後、挙句には娼婦にまで落ちて最悪の人生を歩んだ者までいるらしいです。


 外の世界の人間は欲深い。特に貴族だ。

 手に入れようと思ったら、どんな手段を用いてでも手に入れようとする。

 外に出たばかりのエルフは、その誘惑に簡単に引っかかる。


「あなた様も、そんな目には遭いたくないでしょう……」


 そう言って族長は話を締めくくりました。


 ……ほんと何を言っているのでしょうか、この老人は。


 外の世界は知らないことが多い?

 そりゃそうでしょう。閉鎖的な生活を送っているエルフは、偏った知識しか学べません。


 最悪なのは、それを皆が信じているせいで、その考えのどこが悪いかとかは一切考えないところです。

 そのせいで隙を突かれ、人間にいいようにされるのでしょう。


 だから、里から出ることを禁止する。


 だから、偏った情報しか入ってこない。


 ──完全な悪循環です。


 でも、これはエルフ達の自業自得。

 それに手を差し伸べようとは思いません。

 なので私は────


「やはり、私とあなた方は合わないようです。提案の方、お断りします。さようなら」


「待ってください! 何故です。何故、あなたのような賢い方が、これをわからないのです!」


「わかりませんよ。わかりたくありません。……だって、それを認めてしまったら、私は本当の意味でこの世界を楽しめなくなってしまう」



 ──うちはリーフィアに楽しそうにしてもらいたい!



 ええ、わかっています。

 人と話すのが苦手なあなたが、精一杯勇気を振り絞って言ってくれた言葉。

 私はあなたの勇気に敬意を称し、それを叶えるとしましょう。


「……きっとあなたは後悔するでしょう」


「そうかもしれませんね。でも、そうならないように私は動けます。あなた方とは違って、私は賢いし、強いです」


 それに、私は一人じゃありません。

 異世界に来て初めての友人、ウンディーネ。

 彼女はいつでも私の助けになってくれると言ってくれました。

 誰かが側にいてくれるというのは、とても頼もしいです。


「では、今度こそさようなら」


 私は私の道を行きます。

 こんなところで腐るのは……私の望みではありません。


「あ、もう関わらないでくださいね。三度目はありませんよ?」


 私は大樹の外に出ます。

 向かう先はウンディーネのいる泉です。

 そこに帰って、私はまた寝るのです。


「──そういえば、聞き忘れていることがありました」


 私は里を出たところで立ち止まり、後ろを振り向きます。


 ……流石にここまで来てしまったら、それを聞きに戻るのは面倒ですね。


 でも、わからずに終わってしまいました。


 結局、魔女とはなんだったのでしょう?

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