第94話 ルールの抜け穴

 俺と絢瀬先輩は並ぶようにしてJRタワー、すなわち高鳥屋に入って行ったけど、俺は正直に言うけど絢瀬先輩がどこへ向かおうとしているのか全然知らない。

「・・・あのー、絢瀬先輩」

「ん?どうしたの?」

「どこへ行くつもりなんですかあ?」

「そうねえ・・・」

 絢瀬先輩は相変わらずであるがニコニコしたまま、ちょっとだけ首を傾げながら考えている。いや、この雰囲気だと既に決めているけど考え込んでるようにしか思えない。その証拠に何の躊躇いもなくJRタワーに入ったのだから。

「・・・天気もいい事だしー、地上225mの展望を楽しみましょう!」

「マジ!?」

「そうだよー。ホテルのスカイラウンジはまだオープン前だけど、高鳥屋の方はこの時間からやってるわよー」

「ちょ、ちょっと待って下さい!俺、正直に言いますけど、そんなところへ行かれたら今月の小遣いがぶっ飛びます!本気で勘弁して下さいよお」

 俺は本気で財布の心配をしなければならない事態に冷や汗をかいていたけど、絢瀬先輩は「チッチッチ」と言いながら人差し指を左右に揺らした。

「大丈夫大丈夫、依頼人であるわたしが場所を指定した以上、平山君は財布から1円たりとも出す必要はありませーん」

「本気で言ってるんですかあ?」

「勿論よー」

「俺、男として面目丸潰れですよー」

「気にしない気にしない!何度も言うけど依頼人が場所を指定したんだから、君は黙って依頼人についてくればいいんだよー」

「でもさあ」

「それともオーソドックスにスナバにするー?でもスナバは騒々しいからー、出来れば静かな場所の方がいいんだけどねー」

「わかりました。絢瀬先輩の好きにしてください」

「決まりね。行くわよー」

 絢瀬先輩はそう言ったかと思ったら俺の左腕に自分の右腕を絡めて、俺を強引に引っ張っていくかのように少し早歩きに・・・ちょ、ちょっと待って下さい!本当に絢瀬先輩は何を考えてるんですかあ!これじゃあ、まるでデートと言っても全然おかしくない雰囲気なんですけどお!?

 俺は結構冷や汗をかいてたし周囲の視線が結構気になって・・・あれっ?誰も全然俺と絢瀬先輩の事を気にしてない!?ま、まあ、たしかに絢瀬先輩に目移りしている感じの男が多いのは間違いないけど、それによって何かが起きてる訳でもないし、殺気立っているような事もない・・・ホントにこれでいいのかなあ・・・俺、別の意味で心配になってきました、ハイ。

 そんな俺の心配(?)を知ってか知らずか、絢瀬先輩は俺と腕を組みながらエレベーターにササッと乗り込んだ。1階フロアから直接51階に行けるエレベーターは無いから、まずは12階へ行く必要がある。俺は絢瀬先輩に引きずられるようにしてエレベータに乗り込んだ。

 エレベーターの中でも絢瀬先輩はニコニコ顔だった。

「・・・名古屋といえば味噌カツよねー」

「へ?」

「去年、ダンス選手権の中部地区大会の前に、どういう経緯いきさつだったかは忘れちゃったけど『名古屋の名物料理といえば何だ』とかいう、実にアホらしい事で激論を交わした事があったのよねー」

 俺と絢瀬先輩は12階で降りたけど、絢瀬先輩はいきなり俺に話し掛けてきたから、何の事なのか分からず、俺は間抜けな返事をしてしまったけど絢瀬先輩はそれを無視するかのように話を続けている。

「・・・それでね、『これこそ名古屋料理のナンバー1だ!』というのをお互いにプレゼンする事になったんだけど、本当はわたしは味噌カツ派の代表としてプレゼンする気満々だったのに、新田先生と共に審査員よー。ズルイと思わなーい」

「仕方ないんじゃあないですかあ?顧問と部長が審査員なのはおかしくないでしょ?」

「まあ、たしかにそうだけど、これじゃあ味噌カツにだけ高得点を与える訳にはいかなくなったでしょ?しかもプレゼンを手伝う訳にもいかなくなったから、プレゼンするなんて言い出さなければ良かったなあって本当にガッカリしたなあ」

「へえー」

「で、審査はわたしと新田先生が互いに10点ずつ、合計20点満点でやったんだけど、『味噌カツ』以外では『味噌煮込みうどん』と『手羽先』『天むす』『小倉トースト』の4つ、合計5つでやったのね。想像出来ると思うけど、ダンス選手権が終わった後の食事を何にするかという賭けにもなってたから、どのチームも必死になってプレゼンしたのよねー」

「で、結果はどうなったんですかあ?」

「わたしはさあ、南野さんが『これなら絶対に大丈夫!』とか自信満々に言ってたから絶対に味噌カツが勝てると思ってたんだけど、プレゼンのルールの抜け穴を使った矢澤さんと真紀ちゃんのコンビが勝っちゃったからー、仕方なく全員がコメヤ珈琲店に行ったんだけど、わたしはどうしても味噌カツ屋に行きたかったから、帰りにバスがサービスエリアに止まった時に大急ぎで店に行ってテイクアウトの形で味噌カツを買って帰ったのよー」

「でもさあ、コメヤ珈琲店という事は、矢澤先輩と西野さんのコンビは『小倉トースト』でプレゼンしたんですかあ!?」

「そうなのよー。名古屋にまで行って、浜砂にも支店が沢山あるコメヤ珈琲店で『小倉トースト』と『シノロワール』を食べさせられるハメになるとは夢にも思わなかったなー。小倉トーストチームだけは『本場の小倉トーストだあ!』とか言って喜んでたけど、他のチームの人はシラケてたよー」

 そう言うと絢瀬先輩はダラーッとしてしまったけど、その辺りがちょっとお茶目で南城先生ソックリですねー。ま、絢瀬先輩がこんな姿を校内で見せてない以上、今は本音で俺と話しているという事なんでしょうね。

「・・・ところで、さっき絢瀬先輩は『ルールの抜け穴』と言ってましたけど、具体的には何をしたんですかあ?」

「では、ここで平山君にクイズです。新田先生どころかダンス部全員が唖然としたプレゼン方法は、一体、どんなプレゼンだったのでしょうか?」

 絢瀬先輩はニコニコしながら俺に質問してきたけど、俺には『抜け穴』が何なのかサッパリ分からない。でも、新田先生も絢瀬先輩と一緒に審査をしたという事は、新田先生好みのプレゼンをしたという事だよなあ・・・

「あのー・・・」

「ん?早くも降参なの?」

「いやあ、そうじゃあなくて、極々普通の質問なんだけど、普通はツールとしてパワーポイントを使って、プロジェクターで発表するんでしょ?」

「そうよー。まあ、一般教養の練習を兼ねたプレゼンだったんだけどー、5チーム全てプロジェクターを使って発表したんだけど、スペシャルヒントとして、制限時間5分のプレゼンで小倉トースト以外のチームは15ページくらいの資料をパワーポイントで紹介したんだけど、小倉トーストチームは、たった1ページしかありません!」

「はあ!?1ページだけでプレゼンして、それで優勝したってマジですかあ!?」

「そうなのよー。まさにルールの抜け穴を使った、スペシャルなプレゼンよー」

「もしかして・・・賄賂を使ったとか・・・」

「惜しい!」

「はあ!?賄賂が『惜しい』とかいうなら、もう考えられるとしたら小倉トーストをプレゼン会場に持ち込んで『見るより食べた方が確実です』とか言って食べさせたくらいしか思いつかないですよ!?」

「はーい、まさにその通りでーす」

「マジかよー  ( ゚Д゚) 」

「だってさあ、『プレゼンで実物を使ってはならない』などというルールというか約束事をしてなかったから、矢澤さんが小倉トーストをテーブルの上にドーンと置いた時に『やられた!』と正直に思ったわよー。案の定、視覚だけでなく味覚と嗅覚の3つに訴えた小倉トーストにわたしは8点で新田先生が10点満点の合計18点だけど、味噌カツはわたしが10点満点に対して新田先生が7点しかつけてくれなかったから、1点差で小倉トーストが勝っちゃったのよー」

「あらあらー、残念だったですねー」

「そうなのよー。新田先生も言ってたけど『資料を上手く使いなさい』という言葉を、小倉トーストチーム以外は各種統計や口コミサイトのデータでしか使わなかったんだけど、小倉トーストチームだけは試食という形で訴えたから、逆に『形に捕らわれる事なくプレゼンした』と言って新田先生が満点をつけたのねー。まあ、本当の事をいえば矢澤さんが新田先生のアンコ好きを知ってたから、それを悪用というか、上手く利用したに過ぎないけどねー」

「審査員の嗜好に合わせたプレゼンの勝利といったところですかねえ」

「その通りねー」

 そう言いながら俺と絢瀬先輩は味噌カツ屋の前を通過していったけど、絢瀬先輩の視線はずうっと味噌カツ屋に行っていたのは俺も正直笑えた。絢瀬先輩の味噌カツ談義はこの後もずっと続いた。老舗味噌カツ店や人気の味噌カツ店、話題の味噌カツ店の味の違いや味噌のこだわりについて細かい注釈をつけて説明をしているし、挙句の果てには味噌カツの食べ方についてまで一生懸命説明をするのだから、まるで絢瀬先輩は『味噌カツPR大使なのかよ!?』と内心では思ったけど、さすがにそれを言うのは控えた。

 その絢瀬先輩の味噌カツ談義がピタリと止まったのはエレベーターの扉が開き、51階についた時だった。


 さすがに開店して間もない時間だったから客は1組しかいなかったが、絢瀬先輩は無言で席に座った。俺は絢瀬先輩と向き合うようにして座ったけど、俺の右手側には『尾張名古屋は城で持つ』とまで称えられた名古屋の街並みが広がっていたが、絢瀬先輩はその景色を見る事もなくコーヒーを2つ注文したら左肩にかけていたショルダーバッグから自身のスマホとイヤホンを取り出した。

 そのスマホを取り出した時の絢瀬先輩は、藍を彷彿させる、いや、藍以上に冷たい目をしていた。

 俺はそんな絢瀬先輩の激変ぶりに『ゴクリ』と唾を飲み込むことしか出来なかった・・・


「・・・平山君、以前にも言ったけど、もう引き返せないけど覚悟はいい?」


 俺は何も言わなかった。いや、何も言い返せなかったに等しかった。絢瀬先輩のその言葉、その目は『拒否するのは認めません!』と言わんばかりの威圧感があったからだ。

 絢瀬先輩は黙ってスマホにイヤホンを差し込むと、それを俺の前にスーッと差し出した。


「高校3年生の女の子、絢瀬絵里華はここでおしまい。ここから先は私立桜岡高校ダンス部員41人から全権を委任された者として、君にダンス部が抱えている大問題と、それを持ち込んだ『全ての元凶』とも言うべき、徳川とくがわ家安いえやす理事長の計画を全て話すわよ」

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