第93話 日米のクオーター

 今日は土曜日。

 つまり、絢瀬先輩と会う日だ。


 でも、俺と絢瀬先輩が会う場所は浜砂市内ではない!距離にして100キロ弱も離れた、230万都市の名古屋だ。


 とにかく、絢瀬先輩は目立ちすぎる!

 あのブロンドヘアーは絢瀬先輩の特徴でもあるが、モデル級の美貌と抜群のスタイルと併せて記憶に鮮烈に残る!しかも浜砂財界きっての名家、絢瀬家の娘だからのが逆に絢瀬先輩の悩みなのだ!!

 だから3日前に俺と電話した時も「浜砂は目立ちすぎる。わたしの存在が目立ちにくい場所で、なおかつ、お爺様の影響力が及ばない場所で会いましょう」という超難問を早々に俺は押しつけられたから頭がクラクラしたほどだ!

 となると、県内は無理だ。本当は都内の外国人観光客が多い場所が良かったのだが、それだと俺の財布が交通費だけで破産しかねない。それに絢瀬先輩は絢瀬家のクレジットカードを使える立場にあるが(本当は年齢的に使えないのだが・・・両親もお爺さんも使っても文句を言わないのが、ある意味羨ましいぞ、ったくー)使うと証拠が残ってしまい追及される恐れがあるから絢瀬先輩も現金払いしか出来ない。

 そう考えた時、ギリギリの距離が名古屋なのだ。ここなら外国観光客もいるから絢瀬先輩のブロンドヘアーも人混みに紛れて目立たない。しかも名古屋には絢瀬先輩のお爺さんの息が掛かっている(?)人は極々少数だから絢瀬先輩の行動を見ている人と接触する可能性は限りなくゼロに近い。ダンス部の子に会う可能性もほぼゼロだ。

 セントレアに行っても良かったのだが、結局は名古屋駅で待ち合わせてセントラルタワーズの軽食を取りながら話を聞く事になった。


 でも、俺は一介の高校生。名古屋へ行くのに新幹線を使う余裕などありませーん!経費削減のため東海道線で豊橋駅まで行って、そこから名鉄の特急に乗り換えて名鉄名古屋駅に行った。因みに名鉄は特急に乗っても特急料金は掛からないし、自由席ならば追加料金も掛かりません。


 俺は先に名古屋駅に着いたから、新幹線の改札口で絢瀬先輩を待っている。さすが絢瀬先輩、現金払いとは言っても元々持っている預金のケタが違い過ぎる!俺とは全然釣り合わないのはこれを見ただけでも一目瞭然だ・・・絢瀬先輩はメールで『ひかり』に乗ったと伝えてきた(『のぞみ』は新横浜から名古屋の間の駅には止まりません!)から、時刻表通りなら『ひかり』は先ほど到着しているから間もなく現れるはずだ。

 絢瀬先輩との約束で南口、つまり東京寄りの改札口から出て来る筈だから俺は南口から少し離れた場所で南口の階段から降りてくる人をチェックしている・・・事前の情報通りなら水色のワンピースに赤い眼鏡をしているはず・・・いた!さすがに絢瀬先輩のブロンドヘアーはこの位置からでも超がつく程目立つから見間違えるのはあり得ない!

 絢瀬先輩は階段を下りる時、キョロキョロしながら俺を探しているようだったが、俺が軽く右手を上げながら改札口に近付いていくのに気付いたのか『ニコッ』として右手を軽く上げた。

「ごめーん、待たせちゃった?」

「いんや、別に」

 そう言って俺と絢瀬先輩は向き合ったけど、普段の絢瀬先輩以上に大人びていて、とても高校3年生には見えない!しかも今日はハイヒールを履いてるから身長は俺と殆ど変わらない!この距離だと眼鏡は度が入ってないのが分かるから伊達眼鏡のようだ。

「・・・よく気付いたわねえ」

「いやー、さすがに眼鏡を掛けていても絢瀬先輩は目立ちますよ。このブロンドヘアーと特徴あるリボンはね」

 俺と絢瀬先輩は合流すると並んで歩き始めたが、その距離は殆どゼロ距離!というか絢瀬先輩の右肩と俺の左肩がくっついてるって、何を考えてるんですかあ!!

 俺は正直ドギマギしてるけど、そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、絢瀬先輩はニコニコしたままだ。でも、俺の方を見る訳でもなく正面を見て歩いている。

「・・・いやー、今日はグリーン車が目茶苦茶混んでてねー」

「グリーン車!」

「あれ?グリーン車のどこがおかしいの?」

「はーーー・・・俺はグリーン車に乗った事は一度もないですよー」

「マジ!?わたしはグリーン車以外に乗った事がないわよ!?」

「このあたりが一般ピーポーとセレブの違いないのかなあ、とほほ・・・」

「平山くーん、そんな事で落ち込まないでよお。わたしだって自動券売機で新幹線の切符を買うのは今日が初めてだったから結構大変だったんだよー」

 そう言って絢瀬先輩は「はーーー」とため息をついたかと思ったら両手を前にだらーっと下げてしまった。どうやら絢瀬先輩にとって、自動券売機で切符を買うというのは相当難問(?)のようだ。しかも、こんな絢瀬先輩を見た事がない。ある意味、絢瀬先輩のお茶目な一面を見たような気がした。

「・・・本当はね、今日はストレートヘアーにしようかと思ったんだけど、普段と違うヘアースタイルにすると家を出る時に逆に怪しまれると思って変えなかったのよねー」

「・・・ストレートだったら逆に俺は気付かなかったかもしれませんけど、絢瀬先輩のブロンドは絢瀬先輩だというのを端的に示してると思いますよ」

「ま、仕方ないわね。の宿命ですから」

 へっ?・・・ちょっと待て!今、絢瀬先輩は変な事を言わなかったかあ!?

 たしか絢瀬先輩のお婆さん、つまりお父さんのお母さんはロシア人の筈だ!それは父さんや母さんも言ってるし南城先生も言っていた!それと違う事を絢瀬先輩は言ってるって、どういう意味だあ!?

「・・・あのー、絢瀬先輩?」

「ん?どうしたの?」

「今・・・おかしな事を言いませんでしたか?」

「おかしな事?何それ?」

「たしか先輩のお婆さんは、ロシア人ですよね」

「あー、その事ね」

 そう絢瀬先輩は言ったかと思ったら俺の方を振り向いて『ニコッ』としたから、あまりの可愛さに俺は完全に撃沈だあ!

「・・・お婆さまの両親は帝政ロシアからアメリカに移民した人だから、形の上ではお婆様はロシア系アメリカ人の二世になるけど、両親のどちらも帝政ロシア生まれだからロシア人だと言っても間違いじゃあないと思うけどね」

「ふーん」

「元々、お婆様のお父様のお父様、つまりお婆様のお爺様は帝政ロシアの首都サンプトペテルブルクの豪商で、アメリカにも進出して結構大きな事業を展開していたし、ロマノフ王朝とも取引があったのよ。でも、ロシア革命が起きた時、ロシアに早々見切りをつけてアメリカに移民という形で政治亡命したから、以後はロシア系アメリカ人実業家として西海岸を中心にあちこちに手を広げて、バーシャフスキー財団の創業者として名を残したわよー」

「へえー」

「お婆様のお母様のお父様は帝政ロシアの公爵だったけど、ロシア革命後の内戦でロシアを追われるようにしてアメリカに亡命したのね。お婆様のお母様、つまりは公爵家がバーシャフスキー家にアメリカでの身元保証人になってもらう為にに嫁いだと本人も認めてたらしいから、偽装結婚とまではいかないけど自身と公爵家が生き残るためにバーシャフスキー家に嫁いだといってもいいかもね。でも、子供の数はお婆様を含めて4男3女の7人いたというから結構仲が良かったみたいよ」

「ふーん」

「お婆様は7人きょうだいの6番目、三女になるけど、お爺様がお婆様と出会ったのは、お爺様がアメリカ留学中の時ね。でも、いざ結婚すると言いだした時にお爺様周辺は相当反対したみたいよ」

「えっ?何でー?だってアメリカの実業家と手を組める絶好のチャンスでしょ?何で反対するの?」

「まあ、たしかに平山君が疑問に思うのも無理ないけど、お爺様とお婆様が結婚したのは米ソ冷戦の真っただ中よ。ただでさえ日本人は東側諸国の人に対して偏見を持っていたところへ、いくらアメリカ国籍とはいえ帝政ロシアの公爵家の孫よ。当時の風潮から言ったら大歓迎と言えないのは当然ね」

「あー、たしかに・・・」

「でも、お爺様のお父様が事業拡大のチャンスと見て結婚に積極的だったし、お爺様のお母様が周囲の反対者を粘り強く説得してくれたから結婚できたんだけど、結果的にバーシャフスキー財団との間に太いパイプが出来て、これがアメリカでの事業や南米での事業での成功につながってるわよ。しかも南米、特にブラジルはロシア移民の子孫が多いこともあって、浜砂にかなり大勢いるブラジル系の人が遠江信用金庫をブラジルとのお金のやり取りで使ってくれているし、ブラジルの企業が浜砂やその周辺で事業をやる時に遠江信用金庫をメーンバンクにしてくれている所が結構あって、結果的にお爺様とお婆様の結婚が絢瀬家の繁栄につながってるのは疑いようの無い事実なのよねー」

 絢瀬先輩は終始ニコニコしながら話をしていたけど、俺はそんな絢瀬先輩を黙って見ている事しか出来なかった。というか、バーシャフスキー財団の名前くらいは俺も知ってる!そことも太いパイプを持っている絢瀬先輩がこうやって俺と肩が触れ合う距離で話をしながら歩いているという事は、とんでもなく場違いのような気がして、足が地面についてないとしか言いようがないのだ・・・。

 そんな俺が、絢瀬先輩のサルヴァトーレ救世主になって欲しいとか言われても・・・俺、急に自信なくしちゃいました、ハイ。


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