第77話 あの時のこと

 さすが小野寺もこの状況であーだこーだ言ってくるような奴ではないと分かってたから、会計を済ませてアッサリと店を出れたけど・・・さあ、問題はここからだ。小野寺たちの追求を逃れつつ、穏便に済ませる方法を考えないと・・・

「・・・おーい、拓真」

「ん?小野寺、どうした?」

「さっき言ってた、お前のうちに行きたいとか言ってた件だけど・・・」

 やっぱり来たか・・・普通に考えれば「唯の頼み事がまだ終わってない」とか言って断ることだけど、爺ちゃんにこの場で電話して適当な理由をつけて強引にLIVEDOMが空いてない事にして諦めさせるか・・・対応を誤ると地雷を踏みかねないけど、とにかく小野寺たちと別行動が取れるように仕向けないと駄目だ。

「あー、その事だけど・・・」

 俺はちょっとだけ沈黙してたけど考えがまとまったから話し始めたけど、それを遮るかのように、小野寺はニヤリとして俺の背中を『バシーン!』と派手に叩きながら

「本音はお前のうちに押し掛けたいのは山々だけど、折角のデートの邪魔をするのも悪いかなあ、とか思ったりしてさあ」

「あのさあ、俺がいつ、デートの最中だと言ったんだ?」

「たくまー、怖い顔をするなよー。冗談に決まってるだろ?」

「あのなあ・・・」

「お前が家に籠っていてくれれば押しかけ易かったけど、ここまで来てUターンさせるのも悪いから、オレたちは適当に夕方までこの辺りにいるぜー」

 そう言ったかと思ったら、小野寺は右手を軽く上げて茜さんの隣に並んだ。茜さんも「じゃあねー」とか言って小野寺と並んだから、俺も唯も想定外の展開になって、思わず『ぽかーん』と口を開けたまま硬直してしまった。

「それじゃあ、オレたちは行くぞー」

「そういう事だからお二人さん、せいぜいお仕事頑張ってねー」

 それだけ言うと小野寺と茜さんは歩き始めた。俺も唯も呆気に取られたような顔をしながら手を振る事しか出来なかった。

 ただ・・・小野寺も茜さんも歩きながら首だけ後ろに振り向いて

「なんなら、このまま初めてのデートをしてきてもいいんだぜー。オレたちはここにいない存在なんだからさ」

「そうだよー。記念すべき第1回目のデートを楽しんできなさいねー」

 そう言ってニヤニヤしながら笑っていたから、俺は「あのなあ」と文句を言ってやったけど、そのまま二人は人混みの中へ消えていった。

 二人の姿が完全に人混みに紛れて見えなくなった後、俺も唯も思わず「はああああーーーー」と超長ーいため息をついた。

「・・・あいつら、何を考えてたんだ?」

「ホント、何を考えてるのか唯にも全然分かりませーん」

「ま、まあ、とにかく小野寺たちに付きまとわれる事が無くなっただけでも良しとするしかないよなあ」

「だよねー」

「でもさあ、今のあいつらの発言を見る限り、あいつらも俺と唯の関係に気付いてないのがハッキリしたなあ」

「そうだね。明らかに唯たちを揶揄っていたからね」

「じゃあ、そろそろ俺たちも行くか?」

「そうしましょう!」

 唯はそう言ってニコッとしたかと思ったら小野寺たちが歩いていった方向とは逆方向へ向かって歩き始めたから、俺もそのまま唯の右に並んだ。もちろん、俺と唯の距離は小野寺と茜さんのようにベターッとくっ付いた距離ではなく、誰が見ても友達以上恋人未満、いや、普通の友達同士の距離だ。

「・・・たっくーん」

「へっ?」

 唯が歩きながら不意に俺に話しかけてきたから、俺も思わず声が上ずってしまったけど、そんな俺の顔を見て唯は笑ってる。

「・・・さっきの智樹君と茜ちゃんの会話を見てたらさあ、『あの時のこと』を思い出しちゃったけど、覚えてる?」

「『あの時のこと』?何だそりゃあ!?」

「半年前、たっくんと唯の記念すべき第一回目のデートの事」

「あー、たしかに言われてみれば・・・」

 そう、俺と唯が付き合い始めるキッカケになった出来事、それは今から半年前にあった些細な事ではあったのだが、小野寺と茜さんが最後に言った言葉とソックリの言葉を別の人物から掛けられたのがキッカケだったからだ・・・

「・・・あの時はさあ、本当はりっちゃんが買いに行く筈だった『けいおんぶ』の曲の楽譜をたっくんが買いに行く事になったのが全ての始まりだったよねえ」

「たしかに。先輩が行く筈だったけど、例の如く忘れててダブルブッキングをやらかしたから、朝早くから俺に電話をかけてきて「今日中にハヤマの本店へ行って買ってこい!」とか押し付けてきたんだよなあ」

「たっくんは相当渋ったけど、結局りっちゃんに押し切られちゃって、でもたっくんはため息をつくばかりで全然行く気が無いから、仕方なく唯が『一緒に行ってあげるよー』って言って一緒に行く事にしたんだよねー」

 たしかに唯が言ってる事は正しいけど、1つだけ事実と違う事がある。それは俺がのではなく、藍にフラれた(と当時は思い込んでいた)半月ほど後の事だったから、その間、俺は学校から帰ってきても部屋に閉じこもっていたし休日もベッドの中で1日中寝て過ごしているような状況だったから、いかな先輩の頼み(押しつけと言った方が正しい?)とはいえ、俺は家から出る気力が全然湧かなかったのだ。

「・・・でさあ、ハヤマで買い物した後に『折角だから何か食べて行こうよ』という話になって、高校生なら普通は行かないようなイタリアンの店でランチを食べよう、っていう話になって店に入ったら・・・」

「俺たちが案内された隣のテーブルで、寺島先生と佐藤先生が仲良くピザを二人で食べていたんだろ?」

「そうそう!特に佐藤先生は焦りまくりだったのに逆に寺島先生は『オレたちはここにいなかった!お前たちもここに来なかった、以上!!』とか凄みを効かせてかと思ったら平然とパスタに手を付けたから、唯も唖然としちゃったよねー」

「さすが演劇部顧問!と感心させれらた寺島先生の名演技だったね。本気で役者を目指してただけのことはあるね」

「まあ、唯たちも寺島先生から『お前たちもデート中か?』とか揶揄われたけど、唯もたっくんもあの時は『全然違います!』と真っ向から否定したよね。まあ、事実だったけど」

「それでさあ、寺島先生たちの方が当然先に食べ終わったけど、その寺島先生が最後に言ったセリフが『なんなら、このまま初めてのデートをしてきてもいいんだぜー。オレたちはここにいないのだから、お前たちが何をしていたのかは全然知らない』だったよね。明らかに唯たちを揶揄ってるのが丸分かりでニヤニヤしてたし、佐藤先生も調子に乗ったのか『折角だから記念すべき第1回目のデートを楽しんできなさいねー』とか言って手を振って出て行ったんだよねー」

「あー、そう言えばそんな事を言ってたなあ」

「それでー、唯たちも食べ終わってお店を出た後に、唯の方からたっくんにを言ったんだよね。覚えてる?」

「覚えてるさ。『今日は記念すべき第1回目のデートだね』だろ?」

「そこから始まったんだよね」

「そうだな。あれから始まったな」

 そう、あの時の唯の言葉、正しくは佐藤先生の言葉を唯がリピートしただけなのに、それが俺の空虚だった心に相当響いた。唯が下宿人から、再従妹はとこから、幼馴染から彼女に変わった瞬間でもあった。あれから半年、その進みは亀のようにノロノロではあるけれど、少しずつ進んでる。

 いや、何も焦る必要はない。今は互いの気持ちが離れてないのを確認できるだけで十分だ。彼女であると同時に義妹なのだから、唯の心をつなぎとめておけば、いずれ事態が進展する。ジックリ構えていればいい・・・

「・・・佐藤先生は3月で寿退職しちゃったけど、寺島先生は完全に尻に敷かれてるね」

「だねー」

「ムギちゃんが時々ボヤいてるよ。『ホームルームが新婚さんのノロケ話の時間になって困る』ってね」

「あー、そう言えばそういう話を琴木さんがしてたなあ」

 俺も唯も歩きながらだけど半年前の事を思い出しながら時々笑っている。いや、互いに自然な笑みで笑っているのだから、ホントにデートしてるなあ、と実感させられる。

 そんな俺だったけど・・・行列が出来ている店を「あー、あの人たち、一体どれだけ並んでるんだろうなあ」とか呑気に考えながら歩いてたけど、結構人気があるラーメン店の前には長い行列ができてたのだが、そのラーメン店の扉が開き、中から二人の女の子が並ぶようにして出てきたのに気づいた。

 でも・・・店から出てきた二人の女の子のうち、左にいた女の子と目線が合ってしまい、俺もその女子も「あっ!」と小声で叫んでしまった。それに、右側にいた女の子とも目線が合ってしまい、今度は「えっ?」と言ってしまった。

 俺は思わず立ち止まってしまったから唯も歩くのをやめたけど、俺も二人の女の子も、互いに右手の人差し指を相手に向かって伸ばしながら思わず叫んだ!


「こ、高坂さん!それに中野さん!!」

「ひ、平山君?それに唯さん?」




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