第75話 俺の家はゲーセンでもなければカラオケハウスでもないんだぞ
丁度その時、テーブル席で食べていた4人組が立ち上がった。どうやら食べ終わったようで会計を済ませて出て行った。
奥さんは素早くテーブルの上を片付けたけど、他のテーブルやカウンターはまだ誰も立ち上がらない。
「あのー、相席で構わないのならご案内しますけど、どうしますか?」
奥さんは俺たちに聞いてきたけど、相席といっても普段から学校の食堂では同じテーブルを囲んでいる仲なのだから、俺は小野寺たちがOKなら相席で全然問題ない。むしろ、早く食べ終わって小野寺たちと離れたい気分だ。
「俺は別にいいと思うけど、唯は?」
「唯もいいよー」
「わたしもよー」
「オレもだー」
どうやら全員が同じ考えのようで『ホッ』としたのも事実だけど、とりあえず奥さんが用意してくれたテーブル席に四人で座った。座り方は学校の食堂と同じで俺と小野寺が隣り合わせ、俺の向かいの席が唯、茜さんは唯の隣だ。
こういう忙しい時間に何を食べるのか決められずダラダラとメニューを見ているのは、色々な意味で回りに迷惑をかけるから、早めに決める必要がある。お喋りするのは注文してからで十分だ・・・と個人的には思ってるけど、間違ってないよなあ。
「・・・たっくーん、この店のイチオシはやっぱり
唯は茜さんと一緒にメニューを見ながら俺に聞いてきたけど、小野寺もメニューを逆側から覗き込んでいる。三人とも初めて来る店のイチオシメニューを知らないのは当たり前だ。もっとも、俺もこの店は初めてだけど兄貴からリサーチ済だ。
「そうだよー。ラーメンや
「ふーん。要するに餃子にラーメン、餃子に
「そういう事。中には餃子だけを三人前、四人前と注文する強者もいるみたいだけどね」
「ナルホド・・・」
唯はそう呟くと茜さんと小野寺の三人であーだこーだ言って、どれにするかを言い合ってるみたいだけど、小野寺と茜さんは何を頼むつもりだあ?俺の場合、今日の予定では餃子とお好み焼きの両方を時間差で食べるから、この店では餃子とライスとスープのセットで軽く済ませるつもりでいる。唯も後からお好み焼きの店に行くことを知ってるけど、それを唯が言うと、俺と唯が事前に示し合わせているというのがバレるから小野寺たちに話を合わせているだけの筈だ。
「・・・オレは決めたけど」
「唯も決めたよー。茜ちゃんは?」
「えー!もうちょっと待ってよー」
「あかねー、拓真が『まだか?まだか?』と言わんばかりの顔をしてるぞー」
「ちょっと待ってよー。智樹、ラーメンと炒飯のどっちが餃子に合うのかなあ」
「そんなのオレに聞くなよー。茜の好きにしろ」
「そんなあ」
おいおい、茜さんはそんなアホみたいな事をブツブツ言ってたのかよー。俺だったら炒飯で決まりなのに、こんな二択で迷ってどうする!?
「・・・智樹、あんたは何にする?」
「ん?オレは炒飯大盛りと餃子にするけど・・・」
「あー、それじゃあさあ、わたしはラーメンと餃子にするからー、お互いにシェアしようよー」
「別にオレはいいけどー」
「じゃあ決まり!すみませーん、注文してもいいですかあ?」
おーい、さんざん奥さんを待たせておいて呑気に「注文してもいいですかあ?」は無いだろー。でもさあ、お前らが堂々と「シェアしようよ」とか言えるのが俺には正直羨ましい限りだ・・・
小野寺と茜さんは言ったとおりのメニューを注文したけど、俺と唯は示し合わせた訳ではないけど餃子とライスとスープのセット。奥さんが戻った後、茜ちゃんが唯を軽く肘打ちしながら「ヒューヒュー、なーんか怪しいぞー」とか言って揶揄ってるのには俺も正直冷や汗をかいたぞ。
「・・・ところでさあ、小野寺も茜さんも本当なら今日は朝から塾なんだろ?」
「ん?そりゃあそうだけどー」
「午前中はどこへ行ってたんだ?」
俺は素朴な疑問を口にしただけだけど、小野寺も茜さんも互いの顔を見合わせたかと思ったら「はあああーーー」といきなりため息をついたのには正直びっくりしたぞ。一体、何があったんだあ?
「・・・まあ、浜砂の駅のコインロッカーに荷物を入れたのは予定通りなんだけどー、どこへ行っても人、人、人でさあ」
「ゲーセンだって遊ぶというより人を見に行くのと変わらないから、途中で諦めて出てきたのよねえ」
「そういう事。表向きは塾に行くことになってるからさあ、朝早くから出掛けるとサボるのがバレバレだったから、開店から行くというのが出来なかったんだよなあ、はーーー」
「そうなのよねー。昨日みたいな天気だったら屋内より外の方が断然いいんだけどさあ、今日みたいな日に好き好んで外で遊ぶのは幼稚園児とか小学生くらいじゃあないの?」
「動物園とかフルーツ園とかはオレは行きたくないぞー」
「カラオケだってさあ、どこも予約で埋まってるし、ボウリング場だって6時間待ちとか言われたからホントに勘弁して欲しいわよ!」
「だからと言ってさあ、科学館とかは行った事があるし、そこも小学生とかで溢れてるのが見え見えだぞー」
「「そ・こ・で・だ」」
おいおい、ちょっと待て!こいつら、いきなり俺の顔を見てニヤニヤするとは何事だあ?唯だって頭の上に『?』がついてるような顔をしてるんだぞ。
「たくまー、お前さあ、今日は1日中ゴロゴロしてるとか言ってたよなあ」
小野寺が俺の顔を見ながらこう言った時、俺は小野寺と茜さんの言いたい事が分かった!こいつら、俺の部屋をゲーセン代わりに使うつもりだあ!!
「ちょ、ちょっと待て!まさかとは思うけど、俺のうちに来るつもりかあ!?」
「おー、よくぞ言ってくれた。オレはその言葉を待っていたぞ!」
そう言ったかと思ったら小野寺は俺の肩をバシッと叩いた。マジで勘弁して欲しいぞ、ったくー。
「だいたいさあ、お前ら、俺の都合は無視かよ!?」
「そんな事はないぞー。それにさあ、元々拓真は今日は暇だったんだろ?だから昼飯を食べたらお前のところへ電話するつもりでいた所へ、お前の方からオレたちのところへ来た」
「だからといって、唯の都合も無視かよ!?」
「まさかとは思うけど、荷物持ちという名目で夜まで唯さんと二人で出掛けるつもりだったのかあ?」
そう言うと小野寺はケラケラと笑ったけど、そのツッコミは本当は当たってます!でも、それに反論できないのも事実です!!
「・・・まあ、それは冗談として、本当はお前さえOKしてくれるなら、お前の家の秘密兵器を使わせて欲しいと思ったのさ」
「秘密兵器?」
「そう、秘密兵器」
小野寺と茜さんはそう言うとニヤニヤしながら俺と唯を交互に見てるけど、こいつらが言ってる『秘密兵器』が何を意味するのか、唯はピンと来なかったようだけど、俺は『秘密兵器』が何を意味するのか分かった!
「・・・あのさあ、まさかとは思うけど、うちの事務所のLIVEDOMで歌いまくるつもりじゃあないだろうなあ」
「「ピンポーン、その通り」」
「勘弁してくれよお」
そう、俺の家、正しくは平山弁護士事務所の面談室には、一般の人からの相談を受ける際の秘密保持のため防音工事を施してある。ピアノを演奏しても大丈夫な程の防音が施されているのだが、それを悪用(?)して爺ちゃんがLIVEDOMの機械をリースして、釣りに行けない時の休日や深夜に歌いまくってる。あらゆる意味で健康過ぎて迷惑この上ないジジイの典型だあ!
ただし、この機械の最多利用者は本当は瞳さんで、暇さえあれば時間を惜しむかのように歌いまくっていて、しかも嘘か本当かは知らないけど歌手デビューしたくて動画をコンテストに応募しまくっているという話を雄介義兄さんから聞いた事がある。父さんや母さんも時々使ってるし、他にも姉貴や兄貴まで「カラオケ店に行くと金がかかるし遠いから」という理由で使っていて、綾香義姉さんに至っては「翼君をタダで預かってくれるから」とか訳の分からん事を言って婆ちゃんや母さんに乳児を預けて歌いまくっているから、殆ど取り合いに近い状態なのだ!!
「・・・だけどさあ、リモコンは爺ちゃんが持ってるから俺が勝手に使えないぞ」
「そこを何とか、な」
「そう言われてもなあ・・・」
おいおい、こいつら、周りの迷惑を考えてないのかあ!?俺の家はゲーセンでもなければカラオケハウスでもないんだぞ!唯だって本当は迷惑この上ないのだろうけど、それを言うと俺とデート中なのがバレるから苦笑いして誤魔化してるのがバレバレだあ!!!
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