第56話 これって新商品?

 火曜日、とうとう体験入部期間最終日がやってきた。同時に軽音楽同好会が同好会として存続出来るかどうかの運命の日だ。

 藍も唯も中野さんの返事を早く聞きたくてウズウズしているのが見え見えだが、焦って中野さんの態度を硬化させたら逆効果なのは分かっているから、明らかにD組の前を通るのを意識して避けている。その証拠にA組に行くにも大回りをして向こう側の階段を使った程だし、トイレも1階に行ってる。

 俺は中野さんに2度、ホントに偶然ではあるが廊下ですれ違った。俺は中野さんを見付けた時に軽くニコッとしてたけど、中野さんは何かを言いたいような素振りを一瞬だけ見せたが、何も言わずに俺とすれ違った。いや、何かを言いたいのだけど言えなくて口籠ったように見えたのは俺の気のせいだろうか・・・


 そんなこんなで早くも帰りのショートホームルーム。


 普段通り、南城先生の呑気な(?)ショートホームルームは滞りなく進み、淡々とした流れで進んでいる。

「・・・えーと、連絡事項は以上でーす。明日は国語と数学、英語のミニテストがあるから予習をしっかりしてこないと後で泣きを見ることになるからねー。特に相当予習してこないと後で泣きを見ることになるかもねー」

 南城先生はそう呑気に言ってクラスのみんなの笑いを誘ったけど、俺は苦笑いをするしかなかった。そう、南城先生が言っていた『男子二人』というのは俺と小野寺の事を指しているからで、実際、小野寺も苦笑いしかしてない。でも藍も唯もノホホンとしているというか、この二人の実力なら何もしなくても満点か満点に近い点数を取るだろうからホントに羨ましい。

「それじゃあ、今日はこれでお終い!」

 南城先生はショートホームルームの終了を宣言したことで今日の授業は終わった。それとほぼ同時に藍と唯は立ち上がった。二人にとっても軽音楽同好会が存続できるかどうか、いや、正しくは男子禁制(?)を維持できるかどうかの最後の放課後となったから、気が気でないのは俺にも分かる。

「たっくーん、行くよー」

「拓真君、行くわよ」

 二人がほぼ同時に俺に声を掛けてきたけど、俺は二人に誘われるまでもなく第二音楽室へ行くつもりだった。いや、正しくは中野さんを同好会に誘った言い出しっぺであると同時に中野さんを説得した張本人というのが分かってたから。だから俺は特に返事をすることもなく立ち上がり、そのまま藍と唯のあとをついていく形でA組を出た。

 今回ばかりは藍も唯もD組の前を通って第二音楽室へ行ったけど、D組は既にショートホームルームは終わっていて大半の生徒は教室にいなかった。俺たちはD組の教室を少しだけ覗き込んでみたけど、新田先生はまだいてクラスの数人の女の子と話し込んでいたのは確認できたが中野さんはいなかった。

 俺は歩く速度を少し早めた。「もしかしたら第二音楽室へ行ったのかも」と思ったからで、それは藍も唯も同じようで俺たちは誰が言い出したわけでもないけど普段よりもかなりの速足で第二音楽室へ向かった。


「「「こんにちはー」」」

「おーい、遅いぞー」

「先輩たち、お待ちしておりましたー」


 俺たち3人が第二音楽室の扉を開けた時、先輩と琴木さんは先に来ていた。琴木さんはともかく先輩が先に来ているとは相当珍しい。という事は先輩も中野さんの事が気になっているのだろう。

 その先輩と琴木さんは机を向かい合わせの形でくっつけて座っていたけど、机の上には相変わらずだけどコーヒーカップとお菓子が・・・


 あれっ?


 これって・・・何?


「・・・あのー・・・琴木さん」

「あー、はい。平山先輩、何でしょうか?」

「このサブレー・・・もしかして春花堂の新商品?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る