第55話 彼女の意見を尊重しましょう・・・
俺たち3人は誰も喋ることなく1階に降りたけど、不意に藍が『はーーーー』と長ーいため息をついた。
「・・・拓真君、ありがとう」
「あ、ああ」
あれ?唯が礼を言うのなら分かるけど、どうして藍が言うんだ?
俺は歩きながら藍の方をチラッと見たけど、藍は俺の顔を見ている訳ではなく、真っ直ぐ前を向いていた。でも、焦点が合ってないように感じるのは俺だけだろうか・・・
「・・・正直に言うけど、私、2年D組へ行ったのは中野さんに軽音楽同好会へ入るように言うつもりだった」
「「・・・・・」」
「・・・だけど、中野さんの鬼気迫るというか、彼女の眼を見たら何も言い出せくなっちゃってね、それで演奏を聞いてる事しか出来なくなっちゃった・・・」
「「・・・・・」」
「D組に入るまでは『文句を言うようなら首に縄をつけてでも第二音楽室へ連れて行くんだ!』みたいな感じで意気込んでたけど、完全に雰囲気に飲まれちゃって全然ダメだった・・・」
「「・・・・・」」
「ユイも明らかに気合負けというか中野さんを誘えるような雰囲気じゃあなかったのは私にも分かった。正直、もう諦めようかなあって思った時に拓真君が乗り出してくれて、ホントに助かった。『桜校の女王様』とか呼ばれてても、所詮は女王様気取りでしかなかったと思い知らされたような気がした。結果がどうであれ、拓真君を責める気はないわよ。むしろ自分で自分が情けなくて・・・」
「・・・唯も正直言って匙を投げた格好だったけど、たっくんには感謝してるよ。アイの言ってた事は唯の言いたい事そのものだからね」
「い、いや、俺は別に・・・」
別に俺は藍や唯の為に中野さんを同好会に加入させようとした訳ではない。軽音楽同好会は男子禁制という伝統(?)があるから、それを守ろうとしただけだ。それに、高坂さんから中野さんの件を聞いたのはホントの偶然だし、うなパイファクトリーで中野さんを見付けたのもホントのホントの偶然だ。2つの偶然から「もしかしたら・・・」という、殆ど咄嗟の思い付きに等しいけど中野さんを誘えるかもしれないという可能性を見出しただけであり、中野さん以外の女の子が「わたしを『放課後お喋り隊』のメンバーに入れて下さい」と言ってくれれば万事解決したんだろうけど、さすがにそれは無理だったという事だ。
ただ、中野さんの傷口を広げただけかもしれない、という後悔の念があるのは否めない。
今は中野さんの返事を待つことしか出来ないけど、まさか担任である新田先生の前で「明日の放課後に必ず返事をする事をお約束します」と言ったからには、イエスかノーかは別として返事をしてくれるはずだ。イエスが最良だけど、ノーだったとしても中野さんを責める事は出来ないし、藍や唯も中野さんを責めるような事はしないはずだ。
「・・・ま、二人とも元気だせよ」
そう言って俺は右手で藍の、左手で唯の肩を『ポン』と軽く叩いたけど、藍も唯も全然反応してくれなかった・・・
俺と藍、唯はその後は無言で第二音楽室へ戻った。
先輩には唯が話した。でも、俺が助け舟を出したというような事は一切言わず、ただ「明日まで返事を待つことにしたけど、ノーと言われても中野さんを責めないでね」とだけ言った。先輩も琴木さんも「仕方ないよね、それでいいよ」としか言わなかったし、南城先生も「駄目なら駄目で彼女の意見を尊重しましょう」とだけ言って立ち上がり、そのまま第二音楽室を後にした。
結局、その後は誰一人として楽器を手に取る事もなく、いや、正しくは恒例の(?)の女子トークを展開する気にもなれなかったのか、示し合わせた訳ではないけどコーヒーカップを片付けて早々に解散となった・・・
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