第52話 心当たりがある

 そう言って唯は落ち込んでる先輩の肩をポンと叩いたけど、たしかに唯の言うとおりかもしれない。先輩は半ばため息交じりで「伝統を破ることを決めたくないなあ」とボヤキ節を発したけど、今の今まで何もしてなかったのに何を言ってるんですかあ!?


 でも・・・俺には心当たりがある!


「・・・ちょっといいかなあ」

 俺は右手を上げながら唯たちに話し掛けたから全員が俺に注目した。

「・・・南城先生に確認したいんだけど、同好会や部に所属してない2年生、3年生をメンバーに加えても校則上は問題ないですよね」

 俺は南城先生に確認を取ったけど、南城先生は飲んでいたコーヒーカップを机の上に置いて「合法だけど、幽霊ゆうれい部員として加入させるなら、折角理事長の好感度を上げたのに元の木阿弥よー」と言ってため息をついた。でも、俺が言いたいのはそこではない!

「・・・一人だけ、声を掛ければ加入してくれそうな子がいるけど」

「それって誰だ!!」

 いきなり俺の話の腰を折るかのように先輩が立ち上がって俺のブレザーの襟を掴んだから、逆に俺の方が「ぐ、ぐるじい」と悲鳴を上げる形になった。せんぱーい、マジで慌てすぎです!先輩も俺が本気で苦しんでるのをみて「あー、スマンスマン」と言って俺を解放してくれたけど、まあ、先輩の気持ちが分からない訳ではない。

「・・・それで、加入してくれそうな子は誰なの?」

 唯は心配そうな顔で俺を覗き込んだけど、俺は一度咳払いしてから唯の方を向いた。

「中野さんだよ」

「「「「中野さん?」」」」

「そう、女子ジャズ研究会の中野さん。彼女、毎日放課後、一人で2年D組に残ってギターを弾いて加入者を待ってるけど、俺が知ってる限り昨日の段階で誰もいないから、女子ジャズ研究会は同好会に昇格できないのはほぼ確定的だ。女の子だけのバンドを作ろうとしていた点は軽音楽同好会と同じだし、アコースティックギターをあれだけ上手く扱えるならエレキギターもやれる筈だ」

 そう言って俺は先輩や唯に「中野さんをメンバーに加えてもいいよね」と確認を取ったけど、唯も先輩も「本気なの?」と言わんばかりの顔だ。つまり、二人とも懐疑的なのだ。

「・・・中野さんの件はたっくんは知らないかもしれないけどー、去年の4月に琴吹先輩や梓先輩が『わたしたちと一緒にやろう』って熱心に誘ったのに、それを蹴ってジャズ研究会に入ったんだよー」

「そうだよー。しかもさあ、その時に『言い方は悪いかもしれないけど、わたしは微温湯ぬるまゆに漬かりたくありません』とか結構辛辣な事を言われたんだよー。いくらジャズ研究会を飛び出したからと言っても無理だと思うよー」

「じゃあ二人に聞くけど、他に手段はある?」

「「そ、それは・・・」」

 それっきり唯も先輩も黙ってしまい、暫しの沈黙の後、先輩が「やっぱり後輩君の言う通り、彼女を誘ってみよう」と言い出し、唯も賛成してくれた。琴木さんは「先輩たちの意見に従います」としか言わなかったから異論はなさそうだ。

 問題は藍がどう出るかだけど、風紀委員として巡回中の藍に確認を取るような事をしたら、女王様モード全開で「仕事の邪魔をしないで下さい!」とか言われそうだったから事後報告の形で言うしかなさそうだ。それに先輩が「今は時間が惜しいから藍ちゃんには後で連絡しよう」と言ってくれたから、唯も「そうしましょう」と首を縦にふったことで、とりあえず中野さんを軽音楽同好会に誘うという事だけは決まった。

 南城先生もコーヒーを飲みながらではあったけど、「幽霊部員でなければ別に反対しませんよ」と言って俺の意見を追認してくれた。


 となると、後は誰が中野さんを説得するかだけど・・・

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