第51話 何を考えてるんですかあ!!

 俺のセリフを妨害するかのように第二音楽室の扉がノックされたから、俺や先輩は「はーい、どなたですかあ?」と言ったけど、その「どなたですかあ?」の言葉が終わらないうちに扉が勝手に開いた。

「・・・おー、やってるねえ」

 その人物はそう言ったかと思ったら、これまた勝手に入ってきて扉を後ろ手に閉めるとズカズカと窓際へ行って自分でコーヒーを作り始めた。そのコーヒーを蒸らしてる間に後ろを振り返り、「あー、そうそう、悪いんだけど先生の机と椅子を出して欲しいんだけど、誰かやってくれないかな」とか言ってニコッと微笑んだ。そう、ここまで言えば誰でもわかるだろう、俺たち2年A組の担任にして名目上ではあるが軽音楽同好会の顧問である南城先生だ。

 俺は内心「いやー、まさか本当に南城先生が来るとは思わなかったなあ」と冷や汗をかいてたけど、今の南城先生の言動は、まさに『けいおんぶ』に出てくる顧問の先生そのものであり、さすがに名前は全然違うけど、同好会メンバーのクラスの担任をしているところといい、吹奏楽部と顧問を兼ねているところといい、独身のところといい、俺は本気で「南城先生は『けいおんぶ』の顧問ソックリですねえ」とツッコミを入れたくなったくらいだ。

 当然だけど先輩も唯も口に出しては言わないけど『俺がやれ』と言わんばかりの視線を投げつけてるから、俺は黙って机と椅子を用意したけど、南城先生は「ありがとう」と言ってコーヒーカップ片手にドーンと腰を下ろしてしまった。おいおい、こういうところも、あのアニメに出てくる顧問と同じだぞ!一体、南城先生は何を考えてるんですかあ!!

「南城せんせー、ここに来てノンビリしてる暇があるんですかあ?吹奏楽部はどうなってるんですかあ?」

 俺は結構皮肉を込めていったつもりだけど、南城先生は実にあっけらかんとしている。

「大丈夫大丈夫、まだ先生が行く時間じゃあないし、それに職員室にはお茶しかないけど、先生はお茶より紅茶、コーヒーの方が好みだからねー」

「だからと言ってさあ、これじゃあ担任として、顧問として生徒に示しがつかないと思うけどー」

「もちろん、タダで飲ませろとは言わないわよー」

 そう南城先生は言ったかと思ったら、第二音楽室を入る時から左手の肘に掛けている白い無地の紙袋を机の上に『ドサッ』と置いた。

 俺は何事かと思って袋を開けてみたけど、その中には『うなパイ』と『うなパイVSOP』のお徳用が1つずつ入ってるじゃあありませんかあ!?

「・・・南城先生!これってたしか春花堂の本店にしか置いてないですよねえ?」

「そうよー」

「わざわざ買いに行ったんですかあ?」

「わざわざ買いに行ったのは事実だけど、歩いて5分もあれば行けるからねー」

「マジ!?そんな場所に住んでるんですかあ?」

「そうよー。ま、今回の場合、詰め合わせを勝手に食べちゃった詫びも兼ねてね」

 そう南城先生は言うと自分で2つの袋を開け、自分は早速うなパイを1つ摘まんで口に運んだ。

 南城先生が持って来た『お徳用』とは、簡単に言えば割れた『うなパイ』『うなパイVSOP』を集めた物であり、味は同じだけどお手頃価格で買えるという物だ。でも、『うなパイファクトリー』や支店、デパートの販売所なども含めて本店以外では販売してない、まさに超地元民でしか知らない逸品だ。俺たちも次々と手を伸ばして口に入れてるけど、南城先生は「吹奏楽部の子たちには内緒よ」と釘を刺すのを忘れてなかった。


「・・・ところで、これは顧問としての質問だけど、もう1人、明日の放課後までに集めないと同好会として認められなくなるけど、どうするつもりなの?」


 南城先生はノホホンとしながらだけども全員を見渡しながら質問したが、俺も南城先生と同じ考えだ。だいたい、先輩を始めとして誰一人、俺を本気で5人目の同好会員にする気がないのは明白なのだ。明日の放課後までに誰も加入者がいなくて最後の最後の手段でない限りは俺を加入させないだろう、いや、本当に加入させる気があるなら先週の段階で加入させている筈だ。今でも先輩たちは女の子だけのバンドを作りたいと考えているはずなのだが、恐らく具体案が無いだけだ。

 予想通りではあったが、俺を除く4人は『うなパイ』に伸ばそうとしていた手を止めて互いの顔を見合わせ始めた。

「ムギ!誰か同級生で脈がありそうな子がいる?」

「田中せんぱーい、わたしにその話を振らないでくださいよお」

「そこを何とか、な」

「無理を言わないで下さいよお。そんな子がいるのを知ってたら、わたしが最初から一緒に連れてきますからあ」

「ムギの中学の同級生は?」

「女子バレー部の特待生の子を含めて、全員が加入済みですから無理ですよー。まさかとは思いますが、どこかの部か同好会から1年生を引き抜きするつもりですかあ!?」

「あったり前だあ!『桜校の姫様』が行けば数学研究会か日本史研究会あたりなら間違いなく引き抜ける!唯ちゃん、ムギ、今から行くわよ!!」

 そう言って先輩は本当に立ち上がって唯と琴木さんを無理矢理連れ出そうとしたけど、さすがに南城先生が「田中さん!それは先生が許しません!」とピシャリと言ったから先輩もシュンとなってしまった。

 まあ、たしかに校則に『引き抜きをしてはならない』とは書いてないから仮に数学研究会か日本史研究会に先輩が行って引き抜きに成功したとしても、本来、引き抜きは非紳士的行為(非淑女的行為?)だから、折角理事長に好印象を持ってもらう事に成功したのに理事長の耳に入って『元の木阿弥』状態になってしまったのでは元も子もない。風紀委員長である真壁先輩がそれを黙認するとも思えないし、南城先生の言ってることは色々な意味で正論だ。

 結局のところ、先輩がどう足掻こうとも引き抜きは無理なのだ。


「・・・りっちゃーん、やっぱりたっくんを5人目のメンバーとして部員にするしか無いと思うけどー」

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