第46話 ムニュッ
先輩はさっきから控室としてあてがわれた小会議室から一歩も外に出てない。いや、俺が知ってる限り、準備を終えたら小会議室に一人だけ閉じこもってしまったという方が正しい。
一体、何があったんだ?
俺は唯たちが先輩の事なんか忘れたかのように盛り上がっているから、一人だけその場所を離れて小会議室に向かった。
“トントン”
俺は小会議室の扉をノックしたけど何の反応もなかった。
もしかして誰もいないかと思ってもう1回『トントン』とノックしたけど反応が無かったから、思い切って扉を開けたけど、先輩は小会議室の奥に一人でいた。しかも椅子に座ったまま俯いていて何かを考え込んでいるみたいだった。
俺は先輩が何故ノックしたのに返事しなかったのか不思議に思って先輩のところへ行ったけど、先輩は俯いたまま左手で右の手首を掴んで無言でいた。いや、右の手首を掴んだまま荒い息をしていたが正しい。
「・・・せんぱーい」
「うわっ!」
「せんぱーい、どうしたんですかあ?」
「それはこっちのセリフだぞ!ノックもしないで部屋に入ってくるなんて失礼極まりないぞー」
「せんぱいー、ノックしても返事が無いから扉を開けたら先輩が無言で座ってるから、こっちが気になって来ちゃいました」
「マジかよ!全然気付かなかった・・・」
そう言ったかと思ったら先輩は「はーーーー」と普段の先輩からは想像もつかないくらいのため息をついた。でも、そのため息をした事で俺は先輩が何故一人で座っていたのか、何故左手で右手首を掴んでいたのかが想像できた。
「・・・せんぱーい」
「ん?」
「まさかとは思うけど、震えが止まらないって事はないですよねえ」
「!!!!! (・・! 」
「その顔は図星ですね」
「・・・・・ (・_・;) 」
「はーーー・・・これはあくまで俺の想像ですけど、去年の
「・・・うん」
俺は自分の考えに自信があった訳ではないから先輩に確認を求めたが、先輩は苦笑いをしたかと思ったら首を縦に振って俺の考えが正しい事をアッサリ認めた。
「・・・まあ、たしかに藍も唯も中学校では生徒会長をやってましたし、唯に至っては開校以来初めて副会長と生徒会長を歴任した程ですから、ある意味『場慣れ』しているというか、物怖じしてるのを俺は見た事がないですね。琴木さんが春花堂の会長のお孫さんという事は、小さい頃からあちこちのパーティとか会合に行ってるだろうし、自分からここでライブをやろうなどと言い出した事から見て、こちらも場慣れしてるんじゃあないかなあ」
「・・・そうだと思うよ、うん。後輩君も知ってると思うけど、あたしは態度はデカイけど本当は小心者だ。こんな大勢の場所、いや、人数だけで言えば、恐らく去年の
「せんぱーい、折角の可愛い顔が台無しですよ」
「・・・ありがとう」
はーーー・・・ホントに重症だなあ。普段の先輩だったら「可愛い」などと言ったら「おう、とうとう後輩君もあたしの魅力を分かってくれてのかあ」とか「君もあたしの事を気に入ってくれて嬉しいぞ」などと言ってガハハハと豪快に笑い飛ばすのは日常茶飯事とでも言えるくらいなのに、明らかに今の先輩は変だ。緊張のあまり足が地面についてないという表現がピッタリの状況だろうな。
でも、もう開演まで時間がない。先輩を励ます程度で立ち直るかどうか分からない・・・
仕方ない、正直、荒療治だけどやるしかない!先輩、先に『ゴメンナサイ』と謝っておきますよ。
“ムニュッ”
「ひゃーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」
いきなり先輩は大声を上げて立ち上がったかと思ったら両手で自分の胸を隠すかのようにして後退りして壁際に後退した。しかも顔は真っ赤になっている。
「こ、この変態!ドスケベ!乙女の純情をなんだと思ってるんだあ!! (#^ω^) 」
先輩は俺に罵声を浴びせて『怒り心頭』といった様子だけど、俺の予想通りの反応だ。ま、当たり前だよね、いきなり触られたのなら。
「せんぱーい、手の震えが止まりましたよね」
「へ?・・・」
先輩は慌てて両手を開いて自分の目の前でブラブラを振ったり、右手と左手を交互に見たりしてるけど、その顔は「あれっ?」という表情をしている。俺の方は先輩を見ながらニヤニヤしているけど、決して嫌味な意味ではなく「良かったですねえ」という意味でのニヤニヤだ(と自分では思っている)。
「た、たしかに・・・さっきまでの緊張が嘘みたいだ・・・」
「ですよねえ。これならドラムを叩けますね」
「あ、ああ・・・それは間違いない。いや、普段以上にやれるかも」
「もう大丈夫ですね」
「あったり前だあ!ドラムを後輩君の顔だと思って叩きまくってやる!たしかにあたしは唯ちゃんより小さいけどさあ、女子高生の胸を鷲掴みしたことを先生に言いたいのはヤマヤマだけど黙っていてやるから有難いと思えー!!! (#^ω^) 」
「はいはい、それは助かります」
「このツケはいずれ払ってもらうから覚悟しておけよ!」
「はいはい、それでいいですよ。ちゃあんと払いますから」
「デカイ事を言うようになったなあ。幼稚園の頃はあたしに怒鳴られて大泣きしてた奴だったのに」
「うわっ、先輩、まだ覚えていたんですか!?」
「あったり前だあ!おしっこを我慢出来ずにお漏らしした事もあったよなあ」
「ちょ、ちょっと待ったあ!それ以上は本当に勘弁してください!」
「じゃあ、この話はお終い!」
そう先輩は言ったかと思ったら、先輩は普段通りの少しニヤッとした表情になって小会議室の扉に手を掛けた。どうやらライブをやるだけの覚悟が出来たようで俺としてもホッとした。
「・・・あー、そうそう」
先輩はドアノブを回したけど、ドアを開ける前に俺の方を向いた。その顔は普段の先輩から想像も出来ないくらいに真面目な顔だった・・・。
「ん?先輩、何かありましたか?」
「・・・また触ってもいいからな」
「へ?」
それだけ言うと先輩は顔を真っ赤にして扉を開けて出て行った。
俺は先輩が最後に言った言葉の意味が全く理解できず、頭の中が真っ白になって立ち尽くす事しか出来なかった・・・
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