第34話 その時にはわたしを助けてね

「ちょっと待て!オレは反対だぞ」

「おれも反対だあ!」

「ちょっとー、それじゃあ可哀そうよー」

「いくら何でも言い過ぎよー」

「わたしは当然反対よ!」

「あのー、わたしも出来れば遠慮して欲しいんだけど・・・」

 おいおい、どう見たって反対7割、中立1割、意思表示なし1割、賛成1割だぞ・・・

 えっ?何の事で賛成、反対を言ってるのか分からない?

 まあ、まだ何も言ってないのだから分からないのも当たり前だけど・・・


 事の発端は3日前の火曜日にまでさかのぼる・・・


 火曜日の授業は1、2時間目のホームルーム、それと生徒会主催のオリエンテーションで2年生は下校となった。勿論、この後に部・同好会合同説明会があるし、普通に部活動や同好会活動をやっていく人は午後も残るが、そうでない人は下校となる。

 体育館で行われたオリエンテーションが終わり、俺たちは一度2年A組に戻ってショートホームルームとなった。

「・・・それじゃあ、最後に業務連絡ですけどー、クラス委員と風紀委員、それと正副の桜高祭ブロッサム・フェスティバル実行委員に立候補したい人はいますかあ?」

 南城なんじょう先生はニコニコしながらクラス全員に呼び掛けたけど、当たり前と言っては失礼だけど誰も手を上げなかった。

「まあ、いきなり言って『はい、やります!』と積極的に名乗り出る方が逆に珍しいでしょうから全然構いませんよー。風紀委員は来週の金曜日放課後の会議前まで、正副の実行委員は再来週の第1回実行委員会の前までに決めればいいから急いでませんけど、クラス委員だけは今週中に決める必要があるから、立候補したい人は明後日の木曜の放課後までに先生のところへ直接言ってきて下さいねー」

 南城先生のこの言葉を最後にショートホームルームは終わりとなり、俺と藍、唯は食堂でお昼ご飯を食べた後に合同説明会の準備を始める事となった・・・


 そのまま時間は進み、今は金曜日の朝のショートホームルーム。

 南城先生が予鈴と共に教室に入ってきて、全員が登校をしている事を確認した後に、こう発言した。

「えーと、クラス委員の事ですけどー、1人だけ立候補してくれましたので、紹介しまーす」

 そう言って南城先生の口から語られた人物の名前は・・・高坂こうさか野乃羽ののはさんだったのだ。


 だが、この名前を南城先生が口に出した途端、男子のほぼ全員と半分位の女子から反対意見が沸き起こり、賛成・反対・どちらでも良いという3つの意見が入り乱れて収拾がつかない状態となり、南城先生が「落ち着いてくださーい」と呼び掛けても制御不能になってしまった。

 肝心の高坂さんなのだが・・・クラスのほぼ4分の3から集中砲撃を受けているから泣き出す寸前だ。

 反対派の最大の理由は「1年間、クラス委員の仕事をやってくれるとは思えない」だ。たしかに去年の高坂さんの行動には俺も疑問がある・・・問題児と呼ばれたのも仕方ないのかもしれない。

 高坂さんが最初に所属したのはソフトボール部。信じられないくらいの剛速球を投げて周囲を唖然とさせたけど、たった1か月でやめた。その次が書道部で、いきなり金賞を受賞したけど直後にやめてしまった。その次に剣道部に入部して、インターハイ予選でアッサリ優勝して県代表になったけど、その翌日に代表を辞退すると同時に剣道部もやめてしまった。その次は女子テニス部に入り、シングルでは誰一人として高坂さんに勝てる人はおらず男子相手でも互角に勝負する程だったけど1か月でやめた。その次に将棋部に入り、昨年の高校選手権の県代表でアマ四段の免状を持つ男子部員を相手に3勝3敗の五分、他の連中には負けなかった程の腕前だったが1か月でやめた。

 俺は後から知ったけど、将棋部をやめた後、ダンス部に入ったのが去年の12月になった直後だ。逆に言えば今までで一番長く所属しているのがダンス部になるのだが、どうしてダンス部だけは4か月以上も続けているのかまでは分からない。

 ただ、俺は南城先生が言ったとおり高坂さんを明確に反対する理由が見当たらないから、クラスの中で一番最初に高坂さんに賛成の意思表示をしたけど、他の連中は次々と反対意見を述べ、賛成、反対が入り乱れて凄まじい状況になって、南城先生だけでなく唯までもが「みんなー、落ち着いてー」と呼び掛けてるけど、誰も南城先生や唯の言葉に耳を傾ける人はいない状況だ。

「あーいー、何とかならないかあ?」

 俺は最後の頼みの綱とばかりに藍に相談したが、当の藍は実に素っ気ない。

「別にー。言いたい人に言わせておけばいいわよ」

「そんな事を言ったってさあ、これじゃあ高坂さんが可哀そうだよー」

「私には関係ない事よ」

「そんな事はない筈だ。これはクラスの問題だから藍だけ問題外という言い方はおかしい!」

「はーーー・・・ホントに拓真君はお人好しね」

「俺はここぞとばかりに高坂さんを集中砲撃するような連中が許せないだけだ!」

「弁護士一家の血が騒ぐの?」

「それとこれとは別!」

「はーーー・・・ま、いいわ。ここは『貸し』という事にしてあげる」

「はあ?『貸し』とは何だ?」

 藍は相変わらず素っ気ない顔だけど、俺の質問に答える事なく静かに立ち上がった。


「静かにしなさい!」


 さっきまで無表情だった藍がいきなり『女王様モード』全開で大声を出したから、賛成・反対を言い合っていた連中も含めて全員が一斉に黙ってしまった。もちろん、騒ぎを収拾出来ず右往左往していた南城先生も足を止めて藍をポカーンとした表情で見てる。

「だいたい、あなた方は期限までに誰も立候補しなかったのに、期限を守って自分から立候補した人に対して『反対だ』などと言う資格はありません!私の意見が間違っていると思う人はこの場で手を上げて堂々と反論しなさい!」

 さすが『桜高の女王様』だ。さっきまで反対の急先鋒だった山下と別所べっしょの二人は完全にビビってるし、唯もホッとしたような顔をして藍に「サンキュー」とばかりに右手を軽く上げている。

「誰も手を上げないというのなら、クラス委員は高坂さんに決定という事でいいですね!賛成の方は拍手をお願いします!!」

 藍はそう言うと自分から拍手をしたから、俺も慌てて藍にならって拍手した。唯も拍手してるし、他の連中も次々と拍手して全員が拍手を始めた。

「・・・南城先生、全員が賛成の拍手をしていますので、満場一致と見做みなしてクラス委員は高坂さんに決定でいいですか?」

「そっ、そうですね、藍さんの言う通り、クラス委員は高坂さんにお願いしたいと思います。高坂さん、1年間よろしくお願いします」

 南城先生は藍に軽く頭を下げてから高坂さんにも頭を下げたから、藍も高坂さんも軽く頭を下げてから席に座った。

「・・・藍さん、ありがとう」

 高坂さんは藍に深々と頭を下げて感謝の意を表したけど、藍は素っ気ない表情を変えなかった。

「お礼は拓真君に言いなさい。私は拓真君に依頼されて助け船を出しただけよ」

 それだけ言うと藍は「南城先生」と言って右手を上げた。

 南城先生は「どうかしましたか?」と藍に尋ねたけど、藍はクールな笑みのまま再び立ち上がった。今度は一体、何をする気だ?俺は藍の考えてる事が全然読めない。

「ところで南城先生、風紀委員に名乗り出た人はいますか?」

「まだ誰もいませんよ」

「それじゃあ、風紀委員は私がやります」

 藍がクールな笑みのまま言ったから、逆にクラス中がシーンとなってしまった。南城先生も「えっ、いいの?」と言わんばかりの顔をして藍を見ているほどだ。

「・・・ま、このクラスのメンバーでは、私以外が風紀委員をやったところで、この私を止められそうな人はいませんね。それに誰が風紀委員になっても結局は私が風紀委員をやってるのと同じでしょうから、それなら私が最初から風紀委員で全然問題ないと思いますが、いいですよね」

 もちろん、誰も反対意見を出す人はいない。藍の言葉ではないけど誰も『桜高の女王様』に逆らえる人など、このクラスにいるとは思えない。あえて言うなら唯くらいか?

「・・・高坂さん」

「はい!」

 高坂さんはいきなり藍から名指しで呼ばれたから「はい!」と言った時の声は完全に裏返っていたほどだ。

「この際だから桜高祭ブロッサム・フェスティバルの実行委員も決めようと私個人は思ってますけど、クラス委員としてどう思われますか?」

 おいおい、藍の奴、ほとんど脅迫だぞ。その証拠に高坂さんは完全にビビってるし、他の連中も及び腰だ。

「わ、わたしはそれでいいと思ってますが、南城先生が問題ないと仰るなら、この場で決めようかと思います」

「だ、そうですけど、南城先生は如何でしょうか?」

 藍は相変わらずクールな視線で高坂さんに代わって南城先生に聞いたけど、南城先生は「構いませんよ」と言ったので、この場で実行委員を決める事になった。

「・・・それじゃあ高坂さん、クラス委員として仕切って下さい」

 それだけ言うと藍は座ってしまったから、藍に急かされる形で高坂さんは立ち上がった。

「え、えーと、それでは桜高祭ブロッサム・フェスティバルの実行委員を決めたいと思いまーす。規則に従って、男女1名ずつの実行委員を選出する必要がありますが、風紀委員の平山藍さんとクラス委員のわたしは実行委員になれません。ですので、他の38人の中で立候補される方は挙手をお願いしまーす」

 高坂さんはクラスの中を見渡したけど、当たり前かもしれないが窓際最後方の席で睨みを利かせている藍の視線が恐ろしくて誰も手を上げなかった。

「・・・あのー、藍さん・・・誰も手を上げないので指名した方がいいのでしょうか?」

 高坂さんは藍に確認を求めるかのように質問したけど、藍はクールな視線を高坂さんに向けたままだから高坂さんもマジで及び腰だ。

「・・・そこはクラス委員が決める事です。この場はクラス委員が仕切るべきであり、風紀委員が口を挟む場所ではありません」

「はい、分かりました!」

「高坂さん、クラス委員ならもっと堂々としなさい!」

「はい、気をつけます!」

 やれやれ、藍ももっと優しく言ってあげればいいと思うけど、さすがに藍にそれを求めるのは酷なのかなあ。でも、高坂さんも逆に言えば実行委員を指名する事に対して『桜高の女王様』のお墨付きを得たも同然なのだ。一体、誰を指名する気なんだ?

「・・・あのー、去年の1年F組でのクラス行事の立案から計画・実行に至るまでの作業は、わたしのクラスの1年A組だけでなく他のクラスでも称賛されていました。その手腕を今年は2年A組に活かして欲しいと個人的には考えてますので、是非今年も実行委員をやって欲しいと思いますが、どうでしょうか?」

 おい、ちょっと待ってくれ・・・去年の1年F組で実行委員だったのは俺と藍だけど・・・藍は風紀委員だから実行委員になれない・・・という事は俺にやれっていう事かよ!?しかも高坂さんの視線がそれを言ってる。マジかよ!?

 クラスの他の連中も「賛成!」「わたしも平山君イチオシよ」「オレも拓真なら文句言わねー」「わたしも賛成よー」などと言って誰も反対しようとしない。俺は南城先生をチラッと見たけど、南城先生も「是非やってください」と目で訴えてるから、仕方なく俺は「じゃあ、やります」と言って右手を上げたから一斉に拍手が上がった。

「えーと、男子は平山君、よろしくお願いします。女子はちょっと思いつきませんが平山君、誰か適任と思える人がいたら教えてください」

「あー、それじゃあ唯がやりまーす」

 俺はあかねさんを推すつもりだったけど、言い出す前に唯が左手を上げたから、他の連中も「いいよー」「唯さんなら全然問題ないわよー」「賛成」などと言って反対意見が全然起きないからアッサリ唯に決まった。

「・・・南城せんせー、実行委員は平山拓真君と平山唯さんという事に決まりましたー」

 高坂さんはニコッとして南城先生に言ったけど、南城先生は「ありがとう」と言って高坂さんに着席するよう促したので、高坂さんは席に座った。

「それじゃあ、2年A組のクラス委員は高坂野乃羽さん、風紀委員は平山藍さん、桜高祭ブロッサム・フェスティバルの実行委員は平山拓真君と平山唯さんという事で、みんなも協力してあげて下さいねー」

 南城先生がにこやかに言うとクラス全員から拍手が上がり、一時はどうなるかと思われた朝のショートホームルームは無事終了となった。


 そのまま1時間目の現国に突入して授業は平穏(?)に終わった。

「・・・平山君!」

 俺はいきなり呼び止められたから声がした方向を向いたけど、声の主は高坂さんだ。

「ん?」

「さっきはありがとう・・・」

 そう言ったかと思ったら高坂さんは立ち上がって俺に深々と頭を下げた。正直、俺は深々と頭を下げられるような事をしたとは思ってないけどなあ。

「・・・いや、俺は別に実行委員をやる事に不満がある訳じゃあないから気にするな」

「その事じゃあなくて、わたしがクラス委員に立候補した事に誰よりも早く賛成してくれた事にお礼を言いたいの」

「別に。俺は自分の考えを率直に言ったまでだ」

「それに、藍さんを説得してくれたのも平山君よね」

「あー、あれは・・・」

 たしかに俺は高坂さんがクラス委員に立候補した事に関して、反対意見を述べた連中よりも早く賛成の意思表示をしたけど、藍がクラスの連中を黙らせたのは勝手に藍がやった事であり、俺はもっと穏便に済ませるべきだったと今でも思ってるけどね。

「・・・わたしね、自分では普通の女の子だと思ってるし、自分を認めてくれる場所が欲しかったの」

「へ?」

 おいおい、学年随一の問題児が何を言い出すかと思ったら『普通の女の子?』『自分を認めてくれる場所?』なんだそりゃあ?

「・・・わたしね、知っての通り去年は部活を5つもやめてるし、体育祭の時もみんなから色々言われたのは知ってる。でも、わたしは普通の事をしただけなのに、みんな、わたしの事を『凄すぎる子』としか見てくれなかったから、それが耐えられなかっただけ。ダンス部に入って、わたしは初めて普通の女子高生だなあって思えるようになったし、わたし以上に出来る子は沢山いて、ううん、わたしが一番下だと言っても過言ではないと思えるくらいの環境だから、初めて居場所が出来たような気がする。クラス委員だって最初はやる気は全然なかったけど、南城先生が昨日「誰も立候補してない」って言ってたから、誰かがやらないといけないと思ったから立候補しただけで、決して目立ちたいとか、そういう事は全然考えてなかった。ただ『みんなの役に立てればいいなあ』って思っただけ。それだけ」

「・・・・・」

 そうか、そういう事か・・・たしかに俺も高坂さんがだけを見てたけど、考えてみれば、どの部でも高坂さんは凄まじいほどの結果を出している。体育祭でも女子1500メートルで陸上部の特待生相手に同タイムの2位で女子ソフトボール投げは圧倒的大差で1位だ。それは高坂さんの非凡すぎる能力のせいだとは思うけど、その事で逆に特別扱いされるのが本人には耐えられなかったんだ。そう考えれば次々と部活に入っては退部するを繰り返した事に納得がいく。ようするに、自分を『普通の女子高生』として見てくれる場所、自分の居場所を探してたんだ・・・

「・・・平山君は一番最初に賛成してくれて、とても感謝してる。クラス委員はわたしにとって重すぎるかもしれないけど、その時には平山君が助けてね」

「おいおい、俺を買い被るなよ。俺は極々普通の男子高校生だぞ」

「そんな事はないよ。あの平山弁護士夫婦の息子さんでしょ?頼りにしてるよ」

「へいへい、それを言われたら俺は何も言えなくなりますから、高坂さんが依頼してきたら弁護人を引き受けますよ」

「その時にはわたしを助けてね。期待してるわよ」

 それだけ言うと高坂さんはニコッとして教室を出て行ったけど、その顔は俺の目から見ても清々すがすがしかった。

 はーーー・・・俺は本当は弁護士には向いてないと自分では思ってるけど、周りはそう思ってないという事だよな。それに今回、騒動を鎮めたのは藍だし、俺は何もやってないに等しいと自分では思ってるけど、高坂さんがそれでいいと思ってるなら敢えて訂正するのはやめておこう。折角本人がやる気になっているのだから・・・

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