第11話 女子高生シェフの五つ星料理

「たっくーん、遅いよー」

「そうよー、何を道草食ってたの?」

「わりー、わりー」

 俺は藍と唯に謝ったけど別に二人とも怒ってる訳ではない。その証拠に目は笑ってる。

 お昼はお好み焼きだったけど夕飯はパスタだから爺ちゃんの所へタマネギとニンジンを取りに行ってたのだが、婆ちゃんが「ついでに持っていけ」とか言って、あれやこれやを俺に持たせたから、すぐに帰るつもりが結構かかった。

 お昼ごはんの時もそうだが、今日はシェフ唯にお任せだから俺も藍もキッチンは唯に任せて見てるだけだ。俺はハッキリ言うが、焼き肉を焼くとかレンジグルメならやるけど、そうでなければカップ麺とかレトルトばかりだからキッチンに立つことはない。藍はといえば俺が知ってる限りキッチンで料理を作った事が無いから、唯の手伝いで盛り付けや皿を並べる事はあっても料理はしないはずだ。今までがそうだったから急に変わるとは思えない。父さんや母さんも『唯ちゃん、お願いね』と言って任せることもあるくらいだから、今日は唯にキッチンを任せておいた方が平和(?)だ。

 唯が切ってるタマネギもニンジンも30分くらい前までは畑に、正しくは爺ちゃんの庭の菜園にあったものだ。それを水で丁寧に洗って皮を剥いてる。それに、ピーラーを使わず包丁で器用にニンジンの皮を剥く姿は、とても女子高生には見えない。我が家のキッチンが一般的な家庭よりも広いという事情があるにせよ、所狭しと並べられた食材を切り分け、それを鍋やフライパンで調理する様は、まさに女子高生シェフそのものだ。

「はーい、お待ちどうさまでしたー」

 エプロンをつけた唯がテーブルの上に2皿の唯特製ミートソースパスタを置き、その右にはこれまた唯特製ポトフーを並べた。このポトフーも冷蔵庫の余り物や爺ちゃんの家の畑で取れた、いわゆるクズ物を使ったポトフーだけど、これがさっきまで冷蔵庫でしなびていた野菜から作られた物だとは思えないほどだ。

「冷めちゃうから早く食べてねー」

 唯はニコッとしながら俺と藍に言ってからキッチンに戻っていたけど、唯に言われるまでもなく俺は唯特製ミートソースに手を伸ばした。

「いっただきまーす」

 うーん、やっぱり唯の料理は最高だあ!今の我が家のテーブルには、まさに五つ星レストランのミートソースパスタとポトフーが並んでるとしか思えない!藍も唯の料理に口を出す事はしない。何事にも辛口評価の姉貴でさえも唯には五つ星評価を与えるほどなのだから、下手なレストランで食事するよりも百倍ものお得の唯のパスタを食べられるなんて、まさに至福の時間だあ!

 唯は自分のパスタとポトフーをテーブルに並べると俺の正面に座ったけど、普段は俺の右だから何か思う事でもあるのかなあ。まあ、そこはあまり詮索しないでおこう。

「・・・パスタの茹で加減が絶妙ね。ユイには敵わないなあ」

「そんな事ないよー。唯はまだまだ素人の域を出ないから、そんな事を言われても困ります」

「どんな食材を使っても魔法をかけたように一流の料理に変えるのは並みのシェフでは無理よ。それをアッサリやる唯はマイスタークラスね」

「アイ、マイスターはドイツ語だからね」

「うっ・・・ま、まあ、そこは言葉のアヤという事で」

「そういうところは相変わらずねー」

 そう言うと唯は傍らにあったコーヒーカップに手を伸ばしたけど、そのコーヒーカップに入ってるエスプレッソもコーヒーカップ自体も相当高級品の部類だ。

 もっとも、これは買った物ではない。が当てた本場イタリアの高級エスプレッソ用コーヒー豆と、同じく母さんが当てた本場イタリアのエスプレッソのマキネッタ(作者注釈:イタリア語でマシンのこと)、同じく母さんが当てたデンマーク王室御用達の超高級コーヒーカップなのだ。〇フオクに出したら数万~十数万円で取引されるような物を毎年、いや、毎月のように当てまくる母さんは、まさに『懸賞の鬼』というべきか、『ウルトラ懸賞マニア』というべきか、とにかく今日は本場イタリア五つ星レストランも真っ青になるくらいの我が家の夕飯なのだ。

「・・・それにしてもパスタなのに箸で食べるのは1億2千万人の日本人の中でも拓真君くらいよ!少しは空気を読みなさいよー」

「そうそう!折角のパスタを焼うどんか焼きそばの感覚で食べるなんてさあ、唯がお店の支配人だったら来店拒否したいくらいだよ」

「そういえば拓真君はサンドイッチも箸で食べるわよねー」

「うっそー、それ、唯は知らなかったよー」

「ホントだよー。以前、スナバでサンドイッチを食べた時に拓真君は『箸は無いのかよ』とかブーブー言ってたし、去年の桜高祭ブロッサム・フェスティバルで本当にサンドイッチを箸で食べた時には正直唖然としたわよー」

「それってマジ?」

「そうよー。拓真君も素直に認めなさい」

 おいおい、二人揃って俺に怖い顔をするのは勘弁して欲しいぞ。藍はともかく唯も今回に限っては藍に話を合わせているのではない事くらい俺にも分かっているから、余計に怖いぞ。ここは素直に謝っておいた方が得なのか、それとも無視を決め込むべきか・・・いや、やはり今は素直に謝っておいた方がいい筈だ。

「・・・はいはい、すみませんでした!」

「まあ、たっくんがうちの中で箸を使うのは自由だし、この事をあーだこーだ言っても仕方ないけど、外で箸は超がつく程恥ずかしいから勘弁してよー」

「はいはい、俺も気をつけますよ」

「ていうか、唯は全然知らなかったよー。スナバでアイとお昼を食べた事あるのー?」

「「!!!!! (・・! 」」

 唯は何気なく言ったみたいだけど、俺にとっては爆弾発言以外の何物でもない。俺は思わず藍の方をチラッと見てしまったし、藍も思わず『しまった』という表情を一瞬して目が合ってしまったけど、そこはすぐにクールな笑みで誤魔化すのは『桜高の女王様』の貫禄だ。まあ、俺がサンドイッチやパスタを箸で食うのは事実だけど、本物の五つ星レストランで食べるのならともかく、自分の家でパスタを食べる時に箸を使ってはならないという法律がある訳じゃあないから別にいいと思うんだけど・・・藍はそれが分かってるのかあ?そのせいで墓穴を掘るなよー。

「・・・ま、まあ、去年は桜高祭ブロッサム・フェスティバルの同じ実行委員として私も拓真君とはあれやこれや奮闘したけど、拓真君の仕事ぶりはともかくデリカシーの無さは藤崎ふじさきさんが相当ボヤいてたわよー」

「あー、ナルホド、あのあかねちゃんがボヤく位じゃあねえ」

「「・・・・・」」

 はーー・・・藍、お前さあ、俺が黙ってるから言いたい放題だけど、たしかに正副の実行員として藍と一緒にクラスイベントをやってたのは認めるけどさあ。まあ、表向きイベントを仕切ってたのは藍なのは間違いないけど、俺が裏でどれだけ苦労してたのか分かるかあ?のは事実だけど・・・

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