第129話

 日は落ち、ルークとミューが暖をとるための焚き火の周りで番をしている。

 周りから聞こえてくるのは風に揺れ擦れ合う木々の葉の音だけだ。


「おい。ミュー。分かってると思うが、この仕事、さっさと確実に終わらせるぞ」

「はいはい。ルークちゃんは変わらないわね。仲間の、特にカインちゃんのことになると見境なくなるんだから」


「うるせぇ。それはお前もララも一緒だろうが。特にカインはな……」

「そうね。きちんと恩返ししないと。返しても返しきれない恩貰っちゃってるから」


 パチパチと燃える炎に薪を汲みながら、ルークは耳にはめたピアスを触る。


「あいつはよぉ。目が見えなくなってもありえねぇくらいの努力で、とんでもねぇ実力を身につけたんだよな」

「そうね」


「想像できるか? もし今、手が脚が使い物にならなくなったとして。俺はまだ冒険者を続けられるのか?」

「状況が違うじゃない。カインちゃんだって、一度は諦めたんだし。それに私たちはもうそんなに若くないわ」


 ガサ……。


 突如発生した音に二人は一瞬で臨戦態勢に入る。

 目線の先に現れたのは、見張りの交代時刻になったため起き出してきたサラとソフィだった。


 武器の柄から手を離すと、ルークはため息混じりに頬を書きながら言った。


「お前らか。気を付けろよ。もし居たのがララだったら問答無用で魔法を放たれてたぞ」

「すいません。交代なんで後は私たちがやりますよ。二人は寝てください」


 サラが返事を返した瞬間、四人は一斉に同じ方向を向く。

 既に全員が抜き身の武器を構えている。


 ズルズルと何かを引きずるような音。

 その音と共に一匹の魔物が近付いてきているのが、月明かりに照らされた闇夜に見えた。


「まさかあちらさんから来てくれるとはな。これで探す手間が省けたってもんだ。おい。ララ! さっさと起きろ!」

「もう起きてるよ! やばい雰囲気ばしばし感じたからね!」


 寝癖頭のララが駆け寄ってくる。

 口元にはヨダレのあとが残っていた。


 対峙する魔物の姿は領主代行に教えられたそのままだった。

 頭が重たいのか、地面に擦り付けながらゆっくりとした速度でサラたちへ更に近付く。


 迎え撃つために各自行動を取ろうとした瞬間、カトブレパスの背後から複数の影が飛びかかってきた。

 慌ててそれぞれが放たれた攻撃を受け止める。


「おい! どういう事だ!? こいつら兵士だろ」

「多分カトブレパスの瞳の力で正気を失っているんでしょ!」


 絶え間なく放たれる攻撃を受け止めながらルークの質問にミューが答える。

 驚くことにカインの付与魔法で身体能力を高められているのにも関わらず、兵士たちの攻撃は重く速く鋭く感じた。


「おいおい。こいつらやべぇぞ? 殺さないで倒すのが難しいくらいの強さだ」

「この人達の周りに何かモヤみたいなのが見えるよ! 操られてるだけじゃなく、カンちゃんみたいなことできるのかも!」


 ララは人を殺さない程度の強さの魔法を先ほどから放っている。

 しかしそのことごとくは弾かれてしまった。


「ちょっとー! 魔法を叩き切るってどういうこと!?」


 彼らの動きは明らかに兵士とはいえ、人間の平均を遥かに超えていた。

 持っている武器も怪しげな性能を発揮している。


 まるで全てが宝具のようだ。

 カインのせいでここにいる者たちの感覚は世間的な常識から大きく離れてしまっているが、それは本来ありえない事だった。


 彼らは地方の領主の兵隊たちだ。

 宝具は一つでも手にしていれば、尊敬の念を受けられるほどの性能と、それに見合った値段がする。


 そもそも過去の遺跡から発掘される物のうち、宝具である割合はかなり低い。

 つまりいくら金で解決しようにも絶対数が少ないため、この人数分の宝具を用意するなどとは無理だった。


「おいおい。もしかして。てめぇもカインと同じくちか?」


 ルークは襲いかかる兵士の攻撃を受け止めながら悪態をつく。

 カトブレパスはルークたちとは少し離れた場所まで近付いた後は、近寄ることなくその場に佇んだままだ。


「ねぇ。カンちゃんと同じってどういう事!?」

「もしかしたらこの魔物もカインちゃんと同じく、自分の力で宝具を作れちゃうかもしれないってこと」


 ララの声にミューが答える。

 その声に被せるようにソフィの雷魔法が兵士たちとカトブレパスを打ち据えた。


 広範囲に放たれた雷から逃れるすべはそう多くない。

 ほとんどの兵士たちはその場に倒れ込み動けなくなった。


「おいおい。雷効かねぇなんて聞いてねぇぞ。ったく、あの領主代行は役に立たねぇな」

「きっと誰も知らなかったのよ。それを責めてもしょうがないでしょ」


 しかしカトブレパスはその身体の大きさから最も盛大に雷を受けたはずなのに、一向に効いている気配はなかった。

 更に数人は、避けたもしくはカトブレパスのように受けたはずだが効かずにこちらへの攻撃を繰り出そうとしている。


「あ! あの人たち!!」


 その襲いかかってくる兵士を見て、突然サラが声をあげた。


「どうしたの!? サラ!」

「ほら! ソフィは覚えていない? あの人たち、前にオークキングの時の」


 だらしなくヨダレを撒き散らしながら襲いかかってくる兵士たちを指さす。

 その中に以前オークキング討伐の際に少しの間だけだが共に時を過ごした騎士たちがいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

辺境暮らしの付与術士 黄舞@9/5新作発売 @koubu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ