第87話
カイン達が降り立った位置から、少し西に進むと大きめの魚港都市がある。
この街はカリラが入り江を創り上げたおかげで出来た街だった。
海に面した都市では、近海で取れる種類豊富な海の幸に加え、その海へ流れる清流の水を使用した蒸留酒造りが盛んだ。
黄金色に輝くその蒸留酒は、街の名産品として、海や川を経由して、様々な地域に運ばれていた。
ちなみにこの街は大陸の西の果てに存在し、広大な海の向こうには、まだ見ぬ大陸があるという一部の噂を信じた探検家達が集まる、始まりと終わりの街でもあった。
ちなみにカインも幼少の頃カリラにその話を聞いが事があり、信じている者の一人である。
何気なく、まるで昔話を語るように教えてくれたその話は、妙に現実的で、カインの心の底に深く刻まれた。
この大陸だけでも全て回るには人生がいくつあっても足りない、とカインは思いながらも、いつか自分やサラ、もしくはその子孫達が、新たな冒険に旅立つ姿を夢想していた。
「そういえば、ソフィちゃん。この世界には俺達が住む大陸だけじゃなく、大小様々な大陸や島と呼ばれる陸地があるって聞いたことがあるかい?」
「いえ。初めて聞きました。でもさっき、ゼロの上から見ても続くのは海ばかりで、陸地なんて何も見えなかったですよ?」
「海は想像以上に広いんだろうね。でも、今から向かう都市ルシェルシュから外の海へ出かけた多くの人の中には、別の大陸にたどり着いたっていう人もいるって話だよ」
「カインさんは別の大陸があるって信じているんですか?」
「うん。カリラ婆さんがそう言ってたってのもあるけれど、時折見つかる神話の類には、この大陸で起きたとは考えにくい描写などが沢山あるからね。それにもしかしたら、この瞬間も新たな陸地が生まれているのかもって思うよ」
「カインさんって意外とロマンチストなんですね。でも、そうだったら、その大陸にはどんな人達がいるんでしょうね。精霊もいるんでしょうか?」
「精霊も生き物も見たことも聞いた事もないきっとこことは全く違った文化が花開いているんだろうね。ルシェルシュから出た人達だけが、出た人だけが知ることが出来るんだろうね」
「ちょっと、お父さん。さっきから何訳の分からない話してるのよ」
サラに言われて、カインは現実に戻る。
今重要なのは未知の大陸ではなく、リヴァイアサンだ。
程なくして、三人はルシェルシュの入口へとたどり着いた。
ゼロの存在を隠すため、わざわざ離れた場所に降り立ち歩いてきたのだが、それなりの距離を早足で来たにも関わらず、三人にはさほど疲れた様子はない。
「それにしてもカインさんの補助魔法って便利ですよね。疲れにくくする魔法まであるなんて」
三人には降り立った後、カインが体力を向上させる補助魔法をかけていた。
普段の野良作業でも使っていた、使い勝手のいい魔法だ。
ルシェルシュはこの世界では珍しく、街を囲う防壁が無く、簡単に作られた入口から、誰でも簡単に中に入れるようになっていた。
カリラの魔法により、この辺りは数十年経った今も、魔物が近寄らない地域となっているからだ。
それ故にこんな大陸の果てでも、短期間に大きく発展したのだ。
少し北に行けば、質のいい鉄鉱石がふんだんに採れる鉱山があり、南には丈夫で粘りのある木材が取れる森が広がっているため、造船にも適した環境が揃っていた。
街の中は賑わっていて、冒険都市セレンディアやコルマールとは、また一風変わった様々な格好をした人々が歩いている。
建物も独創的なものが多く、店先に並ぶ看板は、どれも色鮮やかで目立つ工夫がなされていた。
「凄いですね。始めてきましたが、見たことないような格好をした人がいっぱいいます」
「ここは新しい街だが、とにかく人が集まる街で有名だと聞いたことがある。俺も来るのは初めてだけどね」
この街にもギルドがあるが、今回三人はギルドには極力近寄らないことにしている。
S級冒険者の三人は常に何処に居るのかギルドに報告する義務がある。
しかし、この街と遠く離れたドワーフの国に居ることになっている三人が、短期間でルシェルシュへとたどり着いた方法を説明するのが手間だったためだ。
ゼロがソフィに仕える際に、カインは昔存在したという魔物を使役する人々の話をしたが、それはもう過去の事で、今そんなことが出来る人物は少なくとも公には存在しない。
魔術師が使う、動物や小さな魔物を使役する使い魔と言うものがあるにはあるが、それも天性の才能が必要で、使役できる動物や魔物の種類も限られていた。
グリフォンなどという強力な魔物を使役出来た、などとなると、下手をすれば危険人物とみなされ、最悪の場合投獄される可能性もあるため、この事はあの場にいた者だけの秘密にした。
「まずは宿、それと造船所か船着場に行って、リヴァイアサンと戦うことの出来る船を探さないとな」
ルシェルシュの造船の技術はこの大陸一と言われていて、外海を目指す探検家達を乗せる船は、大きな波でも安定した旅が出来るように作り込まれているという。
カイン達が目指すのは、入り江や海峡付近の比較的陸地に近い海だが、リヴァイアサンとの戦闘が始まった際に、少しでも安定した足場を確保したいため、船探しは重要だった。
しかし、伝説にも出てくるような強大な魔物であるリヴァイアサンとの戦いに耐えられる船などこの世には存在しないだろう。
そのためカインは、一時的に船に強度を上げる付与魔法をかけることにした。
リヴァイアサンの破壊力に、カインの付与魔法が耐えられるかどうかは、実際に戦ってみないと分からないが、これですぐに海の藻屑になることはないだろう。
更に重要なのは船員で、船の扱いなど知るはずもない三人達を運び、リヴァイアサンとの戦い中も怯むことなく操船してくれる勇敢な海の漢達が必要だ。
探す物の難易度の高さと、それを達成してもなお、困難を極めるリヴァイアサンの討伐という無理難題。
カインは一つ一つやっていくしかないと自分に言い聞かせ、初めて訪れた街並みを歩いていった。
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