第5章
第86話
眼下には視界の先まで果てしなく続く海と、自分達が暮らす大陸の境界線が一直線に引かれている。
古の書物には空を飛んだとされる人々の逸話が描かれているが、現代で空を飛んだことがある人間は、カイン達だけだろう。
その境界線の一部分が、大きく虫食いのように内側に削れていた。
カインの養祖母、災厄のカリラが創り出したと言う、入り江とその端にある海峡だ。
水龍を屠るために放った魔法により削り取られた領域は、ゆうに大都市がすっぽりとはまるほどの大きさだった。
ちなみに龍の文字を持つ水龍は、ドラゴンと呼ばれる強力な魔物の中の、更に頂点に君臨する魔物だった。
地形を歪めたカリラは、賞賛とも非難とも取れる二つ名を付けられたが、養祖母の話では、放っておけばそれよりもひどい被害を受けただろうという事だった。
カリラの活躍により、元あったはずの地形は大きく変化し、一部の生態系にまで影響を及ぼしたものの、人的被害は皆無だったという。
「もう着いたのか。便利なもんだな」
「ですねー。それにこんなに早く飛んでるのに風を全然感じないし。上から見る風景は綺麗だし。後でゼロちゃんを褒めてあげないと!」
ソフィは楽しそうにゼロの身体から身を乗り出して移動中ずっと下を眺めていた。
隣ではゼロの頭部から生える長い毛を身体に入念に巻き付け、落ちないようにと両手でしっかりとした握ったまま微動だにしないサラがいる。
握り締められた拳は、余程力が入っているのか、色が変わっていた。
飛び立った瞬間は問題なかったのだが、ソフィに勧められ、下を覗いた途端にこの様である。
「サラ。大丈夫か? もうすぐ着くみたいだから、それまでの辛抱だ」
カインが声をかけると、サラは全く動かない身体から首の上だけを器用にカインの方に向ける
まるで何か機械仕掛けの人形のようだ。
「お父さん。高いのが怖くなくなる補助魔法無いの?」
サラは目に涙を溜めながら、絞り出すように声を出した。
カインは右手の指を顎下に当てしばしの間思案したが、いい案が思い浮かばなかったのか、首を横に振る。
「ダメだな。俺は知らない。昔読んだ神話では、補助魔法を作り上げた人が、旅の途中で精神を安定させる補助魔法を開発したらしいけれどね」
今の国々が出来るはるか昔、今ある文化とは全く違った文化が花開いていた、と神話にはある。
その神話には魔王と呼ばれる強大な魔物と、唯一の人間の国家との戦いの物語が描かれていた。
古い書物のため、最初の方しか現存していないが、その中に登場する一人の人物が、現在まで続く補助魔法の祖と言われている。
現在の通説では、原因は分からないが、一度文明が滅び、生き延びた人々が新たに一から国を起こしていったのだと言われていた。
「神話ってあの、獣人とかって言う不思議な生き物が出てくる話?」
「そう。それだ。そんな種族いるなんて聞いたことがないから、今ではいないんだろうけどな」
補助魔法の祖も、一人の、頭に獣の耳のようなものを生やした少女と旅をした、と神話には記されていた。
その旅の目的も彼らのその後も、現存する書物には残念ながら詳細は語られていない。
そもそも彼らの国が、この大陸で興った話なのかも分からない。
信じる者は少ないが、この世界にはカイン達が住む大陸だけでなく、他にもいくつかの大陸があるのだという。
そこに存在する遺跡を探索すれば、もしかしたら続きが見つかるかもしれない。
いや……とカインは考えを直した。
この大陸にある遺跡も掘り尽くされた訳じゃないから、待っていれば、その内見つかるかもしれない。
幼少期にカリラに読み聞かされ、続きをせがんで困らせた古の物語を思い出し、幼い自分の必死さに人知れずカインは苦笑した。
「降りるみたいですよ! カインさん、サラ……はもう大丈夫か。念の為掴まってください!」
カインは遠い昔のまるで異国の物語から現実へと意識を戻すと、これから始まるであろう、自分達の物語へと思いを巡らせた。
魔王ではないが、今のカイン達では到底敵わない強大な相手、更には国民の信頼を一身に集めた一国の元首に、これから立ち向かうのだ。
まずは、ルーク達が情報を集め、打開策を見つける間に、カイン達はジェスターの目的を挫くために、これから水龍とも双璧をなすような強力な魔物、リヴァイアサンを討たなければならないのだ。
カインは首から下げた小さな花飾りを握りしめた。
サラやソフィと一緒に、カインもニィニィから、オリハルコン製の花飾りを一つ譲り受けたのだ。
試してみて分かったのは、オリハルコンには付与魔法を強化する効果はあるが、ミスリルのように永続的にするのは出来ないらしい。
しかし、その効果は絶大で、それぞれが携えた花飾りを上手く使えば、リヴァイアサンですら、打ち勝つことが出来るような気がした。
カイン達が地上に降り立つと、ゼロはソフィに頭を撫でられた後、再び空へと舞い上がっていく。
今回は海上の戦いになるだろうから、空を飛ぶよりも、船が必要だった。
それも、少しの高波ではビクともしないような大型で堅牢な造りの船が必要だ。
この入り江の近くで調達できるかどうか分からないが、人里を訪れる際にグリフォンなど連れて入れる訳もなく、ゼロは空の上、目に入らぬ高さで待機してもらうことにしたのだ。
フーも連れていってもらおうと思ったが、フーは通常の精霊のように、一般人には姿を見せないようにすることが出来るらしい。
今フーはソフィの頭の上に乗っているものの、サラには見えないらしい。
ずっとカインの右肩に乗って、ほとんど寝てるのか起きてるのかも分からないマチにも、試しに出来るか聞いてみた。
出来ないのか、言葉がそもそも分からないのか、カインの言葉を聞いたマチは、首を横にこてっと倒し、嬉しそうにぴよっと鳴いた。
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