第62話

 途端に歓声が上がった。

 カインはボルボルに全神経を集中させていたので気付かなかったが、すでに周りは国中の人で覆い尽くされていた。


 項垂れるボルボルに近付き、早く誤解を解こうとした所、一際大きな声が響いた。


「おい! 揃いも揃ってなんの騒ぎだ?!」


 ドムドムがその娘のニィニィを連れて、近付いてくる。

 その顔には怒りとも困惑とも取れる複雑な感情が表れていた。


「あなた! どういうこと?! カインさんと決闘なんて!」

「ニィニィ。観てたのか・・・。ざまぁねぇな。せめて次期長の実力さえ見せれば、お前を引き留められると思ったんだがな・・・」


「え? どういうこと?」

「いいんだ。全部知っている。お前から妊娠したって聞いた時は、そりゃあ極上の鉱石が見つかったってくらい嬉しかったさ。でもしょうがねぇ。全部幻想だったんだ」


「ちょっと待ってよ。何の話をしているの?」

「まだとぼけるのか? お前のお腹の子、そこの男とのなんだろ?」


「「ええええ?!!!」」


 ニィニィだけでなく、傍らで話を聞いていたカインまで大声を上げる。

 どこでそんなとんでもない話が広がったのか。


 ふと意識を周りの人々に向けると、遠巻きにこちらの様子を窺っている、娘とその友人の姿に気付いた。

 そういえばさっき、どこか様子がおかしかった。


「サラ、ちょっとこっち来なさい」


 その声は普段よりも低く小さかったが、よく通り、有無を言わせない凄みがあった。

 サラ達はびくびくしながら、カインの元へ近付いてくる。


「お前達、何か知っているね? 正直に話しなさい」


 普段温厚な人間が静かに怒ると、えも言われぬ恐ろしさがある。

 百戦錬磨のSランク冒険者の2人にとってもそれは同じらしく、2人とも目に涙を浮かべていた。


「黙っていても何も分からないよ」


 その様子に気付いているのかいないのか、カインは2人に話すよう促す。

 サラが小さな声で、ニィニィとカインのことで自分達が知っていること、それをボルボルに話してしまったことを伝えた。


「えええ?!!」


 カインは怒りを忘れ、驚きのあまり声を上げてしまった。

 どこでそんなデマが出たのか。


「どこからそんな話を聞いたんだい?」

「お父さんからよ。ニィニィさんにだってちゃんと確認したんだから。お父さんのこと人生を変えてくれた人だって。大切なものを貰ったって」


 カインは額に手を当て、深く息を吐いた。

 どうやら、自分の娘はとんでもなく思い込みの激しい子だったらしい。


「前にも言ったけど、ニィニィさんは悪い男に騙されていたんだ。俺はその事を気付かせてあげただけだよ」

「じゃあ、大切なものを貰ったっては?」


「それは分からないな。ニィニィさんに直接聞いてみるといい」


 見ると向こうでは既に誤解が解けたのか、厳つい顔をしたボルボルが周りをはばからずに、泣きながらニィニィに抱きついていた。

 ニィニィは笑いながら、頭を優しく撫でている。


「あの・・・ニィニィさん。すいません。大きな勘違いをしてたみたいで」

「ううん。いいのよ。この件でボルボルがどれだけ私のことが好きか、もう一度知ることが出来たから」


「ボルボルさんもすいません。それで、一つだけ聞きたいんですけど、お父さんから貰った大切なものって、なんですか?」

「え? ああ。うふふ。これよ」


 そう言うとニィニィ頭に差している髪飾りを手に取った。

 ニィニィがカインにお礼に渡そうとして、断られた髪飾りだ。


「カインさんって不思議な魔法を使うのね。私ね、実は腕に力が入らないの。このままじゃ、工具もろくに扱えない。でもね、この髪飾りを着けていると、力が湧いてくるのよ。このおかげで今は昔みたいに髪飾りが作れるわ」

「あ・・・」


 カインはニィニィに返した髪飾りに付与魔法をかけたことを、すっかり忘れていた。

 しかし、あの時はそれが正解だと強く信じている。


「それで、何がどうなったんだ?」


 すっかり蚊帳の外にいた、ドムドムが痺れを切らし問いかけてきた。

 娘の恩人が同胞に決闘を申し込まれた怒りと、国一番の戦士をカインが打ち負かした驚きとが、ない混ぜになった顔をしている。


「いえ。大したことじゃないんです。ボルボルさんと親善試合をさせてもらったんですよ。いやぁ、お強い。最後はわざと華を持たせてもらいました」

「なんだと? カインさん。恩人だからって誤魔化しは良くねぇぞ?」


「本当ですよ。次期長の実力、堪能させてもらいました。それで、提案なんですが、鉱山の魔物の件、私達に任せて貰えませんか? 私にいい案があるんです」

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