第34話
少しだけ残酷な描写(対人の戦い)があります。苦手な方は初めから場面転換(◇)までを飛ばして読んでください。いつものように文末にまとめを記載しておきます。
◇◇◇◇◇◇
早朝、霧が立ちこめる街道を2人の男女が歩いていた。
男は長身で小綺麗だが質素な服装をしていた。どこか異国を思わせる服装をした女は、男の胸ほどの高さもなく、並んで歩いている姿はまるで父子の様だ。
「ニィニィさん。離れないよう気を付けてください。どうやら盗賊に目をつけられたようです」
「え? カインさんこの霧で何か見えるんですか? 私には何も見えませんが・・・」
するとカインは持っていた荷物を顔の前に持ち上げた。バスッ、何か硬い物が荷物に当たった音がする。
霧の向こうに複数の人影が現れる。手にはそれぞれ獲物が持たれていた。
今荷物に当たったのは、スリングと呼ばれる投擲武器から放たれた小石のようだ。中近距離や風が強い日などは、弓よりも有効な攻撃手段となる武器だ。
シミターと呼ばれる反り返った刃を持つ武器を右手に持った男が声を出す。
「こんな道を護衛も付けずに徒歩で向かうたぁ随分と命知らずだな? 見た目はみすぼらしいが、あの街に向かってるんだ。金持ちじゃねぇなら金になる物を売りに行く途中だろうが。命が惜しかったらさっさとそれをこっちへよこしな」
「いきなり、人の顔目がけて石を投げつけておいて、命が惜しかったらもないだろう。念のため聞いておくが、初めから殺す気だったな?」
「ぎゃはははは! 当り前じゃねぇか! 生かしておいて何の得になるっていうんだよ?! まぁそっちのガキは使い道があるから殺さねぇけどな。ここらじゃあ金と力がある奴が正義なんだよ。恨むんなら金を惜しんで馬車も護衛も用意しなかった自分を恨みな」
「あん? 頭、こいつちっこい成りはしてやすが、どうやらただのちっこいばばぁみたいですぜ!」
「なんだと? なんだ、ありゃあドワーフじゃねぇか。こんなところにいるなんて珍しいな。ドワーフの女なんかもの好きしか相手にしねぇ。こいつも生かしておく必要はねぇ。両方やっちまいな!」
「そうか。お前らの考えはよく分かった。それじゃあこっちも遠慮はいらないな」
カインは普段の温厚そうな顔立ちを険しい表情に変えていた。隣ではニィニィが恐ろしいのか小さく震えていた。
大丈夫と諭すようにニィニィの肩に手を乗せ、カインはぶつぶつと呪文を唱えると、腰に差していた短剣を引き抜いた。
カインはニィニィを守るように少し前に身を乗り出すと、襲い掛かってくる男の剣を難なく交わし、すれ違い様に男の首元を短剣でないだ。
大量の血しぶきを上げ、男が力なく倒れる。
続いて襲い掛かろうとしていた男が、その様子を目の当たりにして一瞬動きを止めた。その隙を狙うかのように、短剣で男の心臓を一突きし、引き抜く。
返り血を浴びぬよう、すでに体は次の標的へと移っていた。急所を刺された男は声も上げずにこと切れた。
やっと事態を把握できたのか、残りの男達が顔色を変えた。別々に攻めては不利と気付いたのか、お互いの距離を広げ、挟み撃ちのようにカインに同時に襲い掛かった。
カインは右から襲い掛かってくる男に少し近寄ると、前へ踏み出した足目がけ強烈な足払いを放つ。
振りかぶった勢いも相まって、男は剣を握った腕を前に突き出す格好で前のめりに倒れ込む。
カインはその首元を掴むと倒れる勢いを殺さぬまま、左から襲い掛かってきていた男に向かって押しやった。
前に突き出されていた刃先が、向かってきた男の腹に突き刺さる。慌てて、男は握っていた剣を手放した瞬間、今度は勢いよく起こされた。
風を切る音の後に、硬いもの同士がぶつかる鈍い音が聞こえた。男は頭蓋骨を陥没させ、動かなくなる。
「て、てめぇ。いったい何もんだ?!」
頭と呼ばれた男は思いもよらぬ状況に狼狽していた。
カインは短剣を携えたまま、ゆっくりと男に向かって歩を進めた。
「ち、ちくしょう! バケモンめ! 来るんじゃねぇ!!」
男はめちゃくちゃに剣を振り回した後、くるりと踵を返し、走りだした。その姿を見たもう一人の男も慌てて逃げ出す。
霧の中に姿をくらませしばらく経つと、カインはふぅっと息を一度吐き出すと、短剣に付いた血を拭い、腰に差しなおした。
ニィニィはあまりの出来事に、また、自分と同行した男の行動に驚き、青い顔をしながら声を忘れ佇んでいた。
◇
「あの・・・、さきほどは助かりました。ありがとうございました。こんなこと言うのもなんですが、お強いんですね。とてもそうは見えませんでしたが」
「え? ああ。いえ、恐ろしい体験をさせてしまって申し訳ありません。私の腕は大したことはないですよ。ただ、幸いにも襲ってきた盗賊がそこまで強くなかっただけで」
「はぁ・・・。あの、こんなこと聞いていいのか分かりませんが、殺す必要はあったのでしょうか?」
「ははは。手厳しいですね。私を育ててくれた養祖母の教えで、こちらから殺す戦いは挑んではならない、しかし、相手が殺す気で来たのなら、情けをかけずに殺しなさいというのがありまして」
「おばあさんの教えですか?」
「ええ。こう見えても私冒険者でして。今は少し複雑な立場ですが・・・。冒険者というのは危険な仕事です。一瞬の気の緩みが生死に関わる。相手が殺しに来ているのにこちらが生かしたまま対処しようなどというのは傲慢ですし、下手をすれば自分だけでなく守るべき者も命の危険に晒すことになります。あの盗賊達は初めから私達を殺す気だった。そうする覚悟を持った者は、自分がそうなることもまた、覚悟しなければなりません」
「その割には逃げる男は放っておいたみたいですね」
「戦意を失った者をいたずらに傷つけるのは過剰です。彼らは戦意を完全に失っていた。再び誰かを襲うかもしれないし、今回のことにこりて足を洗うかもしれない。そこまでは分かりませんが、あの時は逃がしてあげて問題なかったと思っています」
「ところで、私も聞きたいことがあるのですが、コルマールはどんな街になっているのですか? あまりいい噂を聞かないのですが」
ニィニィはカインに現在のコルマールの様子を知っている限り話した。
話によると、カインが居た頃はコリカ公国の一地方都市に過ぎなかったのだが、5年ほど前からある男が街を独立都市へと変貌させたらしい。
形式上はコリカ公国の属国として、コリカ公国内に位置する別の国という扱いだという。
その街は全ての欲望を叶えてくれると有名らしい。しかし、そのためには膨大な権力と金が必要で、そのどちらもない者には絶望を与えるという。
カインはその説明に驚き、また、何故の昔の戦友がそのような場所を今も拠点としているのかと不思議に思った。
◇
街は混沌に満ちていた。他の国では違法とされるようなことがこの国では全て許容されているかのようだった。
通りには何の店かも分からないような様々な建物が立ち並び、道行く人は豪奢で高そうな服装をしているのに、その道端には薄汚れた、服と呼ぶのもおこがましく感じる布を身に纏った、うつろな目をした人が横たわっている。
「ひどい有様ですね。私が知っている街とはまったく違います。それで、ニィニィさん。旦那さんの居場所の心当たりはあるのですか?」
「すいません。実は見当も付かなくて。ただ、夫はギャンブルが好きでした。もしかしたら、そういう場所にいるのかもしれません」
街はこのような様相だ。ギャンブルを行う場所など数多く存在するだろう。
カインはギルドに情報を取りに行った方が早いだろうと、昔の記憶を頼りにこの街のギルドへ向かった。
「こういう男を探しているんだが、情報を持っていそうな者を知りたい」
カインはニィニィから聞いた夫の特徴を受付嬢に話すと、そういう情報を扱う、いわゆる情報屋に関する情報を聞き出した。
情報料として受付嬢に金銭を渡すと、ある男の情報を渡された。
Sランクの冒険者カードを見せれば情報料など渡す必要がなかったかもしれないが、少なくともこのギルドの人間はSランクのカインのことを知っているはずだ。
状況が分からない今はこちらから話すことは得策ではないだろうと、一般人の振りをした。
教えられた男がいるという場所に出向き、夫の居場所を聞く。こちらもそれなりの情報料を支払うことになったが、どうやら夫は最近では有名な男らしく、正確に居場所を知ることが出来た。
時刻はまだ昼過ぎだったが、街の南側に位置する賭博場へと足を運んだ。
その建物はすぐに分かった。入口に屈強そうな男が2人経っており、閉じた扉の中から、すでに喧騒が聞こえてくる。
入口に近づくと、2人の姿に気付いた男達が進行を阻んだ。服装から判断したのか、この場に相応しくないと無言の圧力をかけてくる。
カインはなんともないという風に、荷物の中から大きめの袋を取り出し、その口を開け中身を男達に見せた。
険しかった男達の顔が途端に作り笑顔に変わり、仰々しく扉を開け、中へと招き入れた。
中には大小さまざまなテーブルが置かれ、多種多様なギャンブルが行われているようだ。
奥の方に置かれたひときわ豪華なテーブルの前に、先ほど説明を聞いた特徴を持つ男が、多くの女性を侍らせ座っていた。
ニィニィに合図を送り、大きな頷きを得る。彼女は今、正体がばれないようにと、カインの雨具用のフード付きのコートを身に纏っていた。
カインにとっての上着だったが、短身の彼女が羽織ると、まるでローブのようだ。袖は何度も折りたたんでいた。
カインはまっすぐとその机に向かい、先客が顔を青ざめ、その場を後にするのを待った。
たった今空いたばかりの席に座ると、向かいの男にまっすぐと顔を向け言い放つ。
「どうだい? 俺と勝負をしないか?」
◇◇◇◇◇◇
カインさん街道で襲われるも、一網打尽。
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