第20話
夕刻。3人は町にある少し高めの居酒屋で食事をしていた。先ほどの店で、カインとロロはその場でシャルルに村から出る羊毛品の一切の買い取りをお願いし、商談は円満に終了した。
シャルルにとっても今回のもともとの目的だった酒の取引も無事終了し、その上うまくいけばそれ以上の儲けになるかもしれない商談が結ばれ、お祝いという形で、2人を誘って夕食を開催した。もちろんシャルルの奢りだ。
「いやー。シャルルさん本当にありがとうございます。あそこで話しかけていただけなかったら、恐らく今年も同じ価格で取引をしている所でした」
「こちらこそ、いい取引が出来たわ。ところで、もし良かったらあなたたちの村まで同行させてもらいたいんだけどいいかしら? 全部買取となると手付金を払わないといけないでしょうし、それに大体どのくらいあるのか確認もしたいし。本心を言うと、あれだけ良い質の羊毛を育てられる村だもの、他にも何か商売になりそうなものがないか見たいのよ」
「ええ。構いませんよ。私達は目的を果たしたから明日にでも村に戻るつもりですが、シャルルさんは他の用事はありますか? 数日ならこちらの滞在を伸ばして、一緒に行くのも可能です。そっちの方がお互い楽でしょうから。しかし、それよりかかるとなると私達はいったん村へ戻らせてもらって、シャルルさんには直接村に来てもらいたいのですが」
「この町の用事は既に済んでるから明日の出発で問題ないわ。そういえば村の名前はオティスと言ったかしら? どこかで聞いたことがある気がするのよね。それも最近・・・」
「そうなんですか。これと言って有名になるようなことがある村でもないですし、この地方の人間ですら知らない者も多い辺鄙な村です。シャルルさんみたいな方が耳にするようなことは思いつきませんね」
「ああ! そうよ! そうだわ。その村にセレンディアで活躍している冒険者がいない? ちょっとした私の知り合いで、最近まで一緒に旅をしていたのよ。なんでもずいぶん帰ってなかった故郷の村に帰るとか言って。その村の名前が確かオティスだったわ」
「なんですって?! その冒険者の名前はなんて言うんです?」
「えーと、サラ、よ。長い黒髪が特徴的な美人さん」
「なんと・・・。シャルルさん。その子は私の娘ですよ。そうですか。サラは帰ってくるんですね。それで今はどこに?」
「え?! そうなの? 偶然は怖いわね・・・。この辺りまで一緒だったんだけどね。途中で厄介事が起きて・・・」
シャルルは道中起こった惨状を2人に話した。2人は話に聞き入り、その惨状に顔をしかめた。だが、サラ達がその問題の解決のために善意で残ったことを聞くと、カインはどこか誇らしげな表情を浮かべた。
「そうですか。そんなことが。しかし、娘は、サラはAランクになっても優しさを忘れていないようだ。その点が聞けて安心しました。もともと3年も会っていなかったのだから、会うのがまた少し遅くなったとしても問題じゃない」
「Aランク? 2人はSランクのはずよ」
「え? そうなんですか? つい最近届いた手紙にはAランクなったと書かれていたからてっきり。書いた日付は数か月以上前でしたが、いくらなんでもそう簡単にランクが、しかもSランクになんか上がるものですかね?」
「Sランクになったのは村に向かう直前だから知らないのも無理はないわね。それにしてもAランクになったのも数か月前だなんて、あの2人とんでもないわね。なんでもコリカ公国に突如現れたタイラントドラゴンを討伐したとかで昇級したらしいわよ。緊急の集団討伐が発行されたんだけど、討伐の一番の功労者が2人だったって。その討伐中にSランクの冒険者が亡くなったらしいわ。相当な相手だったんでしょうね」
「なんと・・・」
カインは絶句した。まさか自分の娘がSランクになっていたとは。しかも2人はまだ若い。恐らく歴代のSランクになった冒険者の中でも有数の若さだろう。
そしてまた、覚悟はしていたが、Sランクがやられるような危険なクエストに娘が参加していることを聞いて、同じ冒険者として誇らしい気持ちと、親として心配する気持ちと、複雑な心境になった。
「驚いてばかりですいません・・・。どうでしょう。もしよければ、娘の最近の話をもっと聞かせてもらえませんか?」
「ええ。喜んで」
3人はその日、夜遅くまで良く食べ、良く飲み、良く話した。明くる日、3人は支度をして、カイン達の住む村オティスへ向かって出発した。
◇
時は少し遡って、カイン達が夕食のために居酒屋にちょうど着いた頃。嫌味のある調度品が趣味悪く飾られた、大きな部屋でジョセフは1人憤っていた。
どうやらあのバカな村人はカラクリに気付いたらしい。そのことはジョセフにとって非常に許せないことだった。
何も考えず黙ってあの金の卵をわしに安く売っていればいいものを! 自分勝手な論理だが、自分が儲けるのを邪魔した時点で、それは全て自分にとって敵対したのと一緒だった。
人が不幸になろうが自分が儲けられれば一向に構わないという人間だ。目の前から金の卵を盗み去ろうとしているシャルルは親の仇のように思えた。
その原因となったロロももう一人も村の人間だろうが一緒だった。いや、ジョセフにとって親の仇というのは適切ではない。
何故なら自分の親に何があろうが、自分の儲けに関係ないのであれば、それはジョセフにとって全く関係のない事象だからだ。実際、ジョセフは自分の親を殺している。殺しているというと正確ではないが、殺したようなものだ。
ジョセフの父はこの商会の、と言っても元は小さな卸問屋だったのだが、主だった。
ある日父は病に伏せた。薬を飲めば必ず治るような病で、幸い仕事に成功していた父はその薬を買うだけの蓄えもあった。
しかし、父は病のせいで動けない。そこでジョセフに金の在処を教え、薬の買い付けなど全てを任せた。父は当然のことだが、一人息子のジョセフが薬を手に入れ、自分に飲ませてくれることを信じて疑わなかった。
その時既にジョセフの母は他界していた。
しかし、ジョセフの考えは違った。ここで父に薬を与え、回復した父が成し遂げられることは、全て、いやむしろ自分の方が上手くやれるとジョセフは思った。
ならば父に薬を買うのは無駄ではないか。薬を買わずに、その資金を商売に回した方が稼げる。ジョセフはそう判断した。
実際ジョセフは父のあとを継ぎ、商売を成功させた。薬を待っていた父は、しばらくして帰らぬ人となった。
「そうだぁ。あいつらを村に返さなきゃいいんだ」
我真理を得たりといった表情で、左手の平を右の拳でぽんっと叩く。そうだ。簡単なことだ。
今頃あのむかつく生意気な女はバカな村人を相手に酷い条件の商談を成立させ、大儲けできるとほくそ笑んでいるに違いない。
全くひどい商人もいたものだ。
だが、幸いまだその事はロロともう1人居た男、おそらくあいつも村の人間だろう、あの2人しか知らないことだ。
町の商人達も見ていただろうが、この町の商人達はわしには逆らえない。逆らえばどうなるか知っているからだ。
あの女とあの2人を村に着くことなく始末すれば、他にこのことを誰も知る者はいなくなる。そうすれば金の卵は再びジョセフの手のもとに戻ってくることになるだろう。
「おい! だれか!」
ジョセフは囲っているならず者に命じて、3人の行方を探させた。出来れば町の外がいい。幸いなことに最近町の近くには魔物が出没するという噂だ。
ジョセフは自身の出っ張り弛んだ腹を両手で擦りながら、ぐふふと醜い声で笑った。
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