第17話 失踪13(修正済)
マコトとエミは行方がわからない。確
エミは俺と約束があった。確
エミは2日間着た服や下着を着替えずにどこかへ行って、まだ戻らない。確
エミの部屋に男の髪の毛。確
エミの部屋の窓は鍵が開いてた。確
マコトはエミが好きだった。確定
エミとマコトはかつて付き合っていた。確定
マコトはバイトを無断欠勤。確
マコトはサラ金に借金三百万円~五百万。確
マコトは大学に通っていなかった。確(2重線)
三百万円はヒロコに?
ヒロコのバックにチーマー?
金はヒロコから亀井へ。
俺はベッドの上で自分の書いたメモを眺めていた。両腕に点滴が入り思うように動かせないが、物を持つくらいのことはできる。エミとマコトがいなくなって一週間になる。先週の金曜日の昼過ぎからエミとは連絡が取れておらず、マコトは金曜日の夜勤には出ていなかった。あれから一週間が経った金曜日、今日は櫻田基寛が俺を襲った犯人を連れてくる約束になっている日だ。
病室の窓の外では、並木道の銀杏の木が緑の葉をつけている。その向こう側には、道路を挟んで実家が建っている。こんな形でここに戻るなんて思わなかった。
そういえば、エミの部屋にあった髪は結局誰のものだったのだろうか。俺は気になったのでナースコールで中原さんを呼び出した。
「中原さん、エミの部屋の頭髪、結局誰のものだったかわかりましたか?」
「警察の話ですと、マコトさんのものではないようです。申し訳ございません坊っちゃん、すぐにお教えすべきでした」
「いや、わかりました。それと、お願いがあるんですけど」
俺はそう言って、現金を用意してもらった。五百万円ほどだ。
そのあと、俺はエミのお父さん、木島さんに電話を入れた。簡単に状況を説明すると、さすがに俺を気遣ってくれた。エミはまだ部屋には戻らないが、仕事もあるので日曜には仙台に戻るとのことだ。エミの前のバイト先など、木島さんも色々と回っているそうだ。木島さんにはユウナが付いてくれているとも教えてくれて、俺は安心した。
午前九時、約束の時間まであと三時間、俺は再びメモに目を落とした。
エミの部屋のテレビはついていたが、鍵はかかっていた。このことから、近くのコンビニかどこかに出かけて、そのまま家を出たのではないかと思われる。窓の鍵が開いていたことも同じ理由が考えられるが、それ以上の意味があるかもしれない。誰かが窓から出たのではないかということだ。もっとも、警察もそれは把握しているし、これ以上俺が考えても何も出てはこない。
俺はもっと根本的なことを考えていた。マコトは本当に大学に在籍していなかったのだろうか。例えば、入学式には出たと言っていたが、入学式の案内などはどこで手に入れたのか。また、一年もの間、周りの人間を騙すことなどできるのだろうか。いや、意外と他人に無関心だったりすることもあるか。それは十分にあり得る。しかし一年間も自分を偽れるものなのだろうか。現にマコトはエミではなくヒロコと交際をした。そうなったら大学にこだわっている意味はないような気がする。俺はモンブランのボールペンでこめかみを軽く掻いた。そして、再び中原さんに電話をした。
「中原さん、マコトは大学に在籍していないというのは無理があるんじゃないかと思うんです。他の学部や違う学年とかの名簿に、どこかにマコトがいると思うんです。学生の名簿を閲覧できませんか?」
中原さんは快諾した。そして、三千人を優に越えるので紙よりもデータが良いでしょう、と言った。それで、午後から早速病室にパソコンが運び込まれることになった。
午後、中原さんは警察官二名と、見慣れない男二名を連れて病室に入ってきた。
「坊っちゃん、まずは紹介します。彼らは民間の警備会社からきたガードマンです。退院するまでの間、病室前の詰所に待機させますのでお見知り置きくださいませ。」
二人の男は頭を下げた。中原さんはすぐに合図をし、そのまま二人は出ていった。次に警察の一名が名簿を俺に手渡した。
「櫻田先生はすでにこちらに向かっているそうです。警察の者が付き添っています」
「ありがとうございます」
俺はチーマーの名簿を開きながら話を聞いた。
「坊っちゃん、襲撃犯はこちらで確保するということでよろしいでしょうか」
「はい」
「ご協力、感謝します」
「ただ、一言話したいんです。いいですか?」
「構いません」
警察官は中原さんが頷いたのを見てそう言った。警察官が部屋から出ていくと、俺は中原さんから現金を受け取り、それをシーツの下に置いた。
櫻田はその後すぐに顔を出した。警察官と警備員に囲まれながら、若い男を五人ほど連れて。ヒロコは彼らの最後に現れた。
「坊っちゃん、お待たせいたしまして申し訳ございませんでした!」
櫻田はまず俺に向かって深々と頭を下げた。五人は呆然としながら俺を見ている。
「櫻田さん、本当にそいつらなのか確認してください」
「君たちがやったんだな?間違いはないのか?」
櫻田は男たちを一瞥した。反応はない。
「どうなんだ!襲撃したのは君たちなのか!」
櫻田は大声を出した。大きいだけで凄みのない声だ。男たちは躊躇し、互いに顔を見合わせることなく下を向いていたが、
「ええ、はい」
と、一人がぶっきらぼうに答えた。それに呼応して、他の四人も頷いた。意外と素直なんだなと思ったが、もしかしたら誰かの身代わりで来ているとも言い切れない。
俺は、誰に頼まれたのかを聞いたが、男たちは答えなかった。下を向いたり、俺を睨み付ける奴までいた。警備員は無表情で俺の側に立っているが、警察官は険しい顔をしている。そこで俺は言った。
「わかった。今から正直に答えたやつに金を出す。一つでも嘘があったら金はなしだ。よく考えて答えろ」
一瞬、真ん中の男の顔が色めき立ったが、それ以外の男たちは訝しげに俺を見た。
俺はシーツの下から百万円の束を一つ出した。そしてそれを脇のサイドテーブルに放り投げた。男たちは何が起こったのかわからないような顔をしている。
「この質問に答える奴は?いないのか?」
「はい」
誰もが躊躇する中、一人が勢いよく前に出た。途端に警備員に行く手を塞がれた。俺は警備員に合図をし、男に発言を促した。
「ヒロコです」
ヒロコは立っていたが、櫻田さんに頭を掴まれ土下座をした。隣で櫻田さんも土下座をして謝罪した。
「おまえ、名前は?」
「斉藤です」
「わかった」
俺は名簿にチェックをつけた。
「おまえらこれから刑務所に行くんだぞ。出てきたときに一円でも多くあったほうがいいんじゃないのか?こんなときに遠慮してどうすんだよ」
男たちの目の色が変わった。俺はまた百万円の束を一つ出して言った。
「ヒロコは報酬をつけたのか?なんて言われたのか全部話せ」
今度は全員が前に出た。俺は適当に一人を選んで指名した。
「報酬は身体です。やらせてくれるって。伊勢田くんとかがパクられたのは神谷さんのせいだから、ギリギリまで痛め付けて後悔させるって。あと、神谷さんの家に行ってドアに落書きしました」
俺はまた名前をチェックした。ヒロコは下を向いたままだが、櫻田は絶句した。中原さんは顔色一つ変えないで立っていた。
「ヒロコはなんか得があるのか?誰かが捕まったら逃げればいいのに。なんでチームに固執するんだ?」
二人がすぐに手を挙げた。俺は斉藤じゃない方に聞いた。
「理由は亀井くんです。亀井くんはDJとしても凄腕なんすけど、顔も広いし喧嘩も強いし、元ホストで顔もいいし、俺らのとこではカリスマなんす。ヒロコはホスト時代から亀井くんに言い寄ってたんすけど相手にされなくて、相当貢いでたみたいです。今回のことも亀井くんに近づくためにやったんだと思います」
「わかった。最後の質問だ。俺を襲撃したのは本当におまえらか?誰かに言わされてるんじゃないのか?」
全員が手を挙げた。俺はこの時点でこいつらは本物だと確信していた。なぜなら、あのとき、キャップをかぶって俺を案内した奴を見つけたからだ。この質問はそいつに答えさせた。選ばれなかった方は下を向いた。
「あの、俺、最初に神谷くんの肩を叩きました。あと、携帯と財布もあります」
警察官の一人が携帯を出しながら部屋を出た。俺は名前を聞いてチェックした。
「最後にもう一つだけ聞きたい。俺は確かにこのメンバーの任意同行のきっかけになったかもしれない。でもグレイのパーカーを着た奴が防犯カメラに映っていたんだ。いずれ警察に聞かれることはわかっていただろ?逆恨みじゃないのか?おまえらは俺をやるのに躊躇いはなかったのか?おまえはどうだ?」
当たっていない奴に聞いた。
「本当にすいませんでした。悪かったと思ってます。俺は正直怖かったです。でも、みんなやるって言ってるし俺だけやらないわけにはいかなかったんです。仲間なんで」
仲間、俺は最近この言葉を聞いた。エミからだ。俺を仲間だと言ってくれた。俺は仲間のためにこいつらと同じことをするか?いや、しない。絶対にしない。仲間と言ったら聞こえはいいが、こいつらは要は自分のためにやったのだ。同調圧力に負けた自分のために。
「おまえらは間違っているわ。仲間のためと言いながら、結局自分のためだ。そんな半端な覚悟で前科がついた。どれだけ愚かなことをしたかわかるか?人生を棒に振ったんだ」
男の一人、最初に答えた斉藤は涙を流しながら頷いた。
「止めてくれる仲間はいなかったのか?おまえたちの未来を案じてくれる仲間は。」
斉藤は俺より若い。他の男も皆、俺と同じくらいだ。俺の話を素直に聞いてくれた。
「そういう仲間を見つけられなかった時点でおまえらの負けなんだ。でも、人間は、似たような奴が寄ってくる。つまり、自分が仲間のために動けるんだったらそういう奴らが集まってくるんだ。服役が終わったらどう生きるか、おまえたち次第だ。俺は嘘はつかない。俺んとこに来れば、おまえらの金はちゃんと渡す。だから向こうで自分の生き方を考えてきてほしい。そんなにはかからないはずだ。せいぜい二、三日だそうだ。」
斉藤は、はい、と返事をした。それにつられて全員が返事をした。
「ヒロコ、おまえはこいつらの人生を終わらせたんだ。こいつらはもう公務員にはなれない。大企業にもおそらく就職できない。おまえはこの責任をどう取る?お父さんに取ってもらうのか?」
ヒロコは下を向いて泣いている。
「人に迷惑をかけるのもいい加減にしろ。責任を伴わない自由なんてただのガキの遊びだ。おまえは俺とか同年代の奴よりはるかにガキだ。自分で責任を取れるようになってみろよ!」
ヒロコは泣きながら頭を下げた。
「櫻田さんありがとうございます。この人たちはこのまま逮捕なんで、櫻田さんはもういいです。ヒロコなんですけど、とりあえず俺が退院するまでは奉仕活動をさせます。内容は聞かないでください。いいですか?」
「仰せのままに」
「中原さん、じゃああとはお願いします」
「かしこまりました」
「ヒロコ、おまえは残れ」
中原さんは警察官と打ち合わせて動いた。男たちは警察に連れられて部屋を出たが、俺は部屋を出る直前にもう一つだけ質問を投げ掛けた。
「車を盗んだのは誰なんだ?」
男たちは答えなかった。俺は「マコトか?」という台詞が喉まで出かかっていたが、辛うじて飲み込んだ。男たちは本当に知らないようだった。警察はタイミングを見て、彼らを連れ出した。櫻田は俺に頭を下げた。俺は櫻田にも考えてほしかった。娘が無責任な生き方をしている現実を。ヒロコも被害者だと十分いえるケースだ。
最後に病室にヒロコと二人きりになった。ヒロコは下を向きながら謝罪をした。
「一樹くん、ごめんなさい。私…、」
「ヒロコ、俺はおまえのどんな言葉も信用できない。おまえの謝罪もだ。全部が嘘に聴こえるからな。おまえが嘘をつかないためには口を閉じるしかない」
顔を上げたヒロコは、キッと目を見開き、腫れた目で俺を見た。
「おまえがやることは二つある。一つ目は、これから毎日料理研究会に行くこと。ナナやユウナと協力して一人でも多くの後輩を入れろ」
「はい」
「それから、エミとマコトのことだ」
ヒロコは無言で頷いた。
「最後に聞くけど、エミとマコトの行方は本当に知らないか?」
「信じてもらえないかもしれないけど、本当に知らない。心当たりもないの。ごめんなさい」
「マコトが仲良かったのはあいつらなのか?」
あいつら、と言っただけで、ヒロコには伝わった。もちろん『ダスト』のグレイのパーカーの奴らだ。
「うん」
「じゃああいつらからマコトの話が聞けるかもしれない」
「いえ、多分そこまでは知らないわ。あくまでクラブで会う程度だったと思うから」
嘘はなさそうだった。俺は最後にもう一度念押しをしてヒロコを返した。これで一山を越した。
この日の昼食のあと、病室にパソコンが運び込まれた。俺は早速奥村マコトを探した。検索をかけたが、どこにも見当たらなかった。本当は見つけていたかもしれない。そんなにすぐに気持ちを切り替えられるほど、俺は器用ではない。頭の中では、さっきの場面が繰り返し流れていた。斉藤のこと、ヒロコのこと、櫻田のこと。
俺は初めて人に説教をした。それなりにいい話ができたと思う。一番言いたいのは櫻田に対してだった。櫻田には、おそらく俺が何を話しても通じないだろう。絶対に頭を下げるが、心の中ではクソッタレと思うに違いない。俺も、自分の子どもと同じ年齢の奴に何を言われたって、多分聞く耳を持たない。
人間はきっとそういうものだ。自分から変わりたいと思わなければ変わることはできない。斉藤はきっと変わってくれる。俺はまたあいつと話してみたいと思った。けど、当面はヒロコと向き合わなければならない。思うに、失敗した今がきっとチャンスなのだ。
少年法の問題がある。罪を犯した少年を成人と同じように扱うべきだ、という議論だ。俺は絶対に反対だ。なぜなら彼らは未熟だからだ。だから大人が責任を持って育ててやらないといけない。
ヒロコたちが良い例だ。道を間違えても正してくれる人がいなければ、間違ったままだ。子どもは、特に最初の一歩を間違えたら、その先もずっと間違い続けることになる。それは彼らのせいじゃない。親や大人のせいだ。
何度も言うが、俺には中原さんがいる。それは俺にとってラッキーなことだった。ヒロコと俺の違いは、中原さんがいるかどうかだ。一歩間違えれば、俺がヒロコになっていたかもしれない。そういうものだからこそ、彼らには少年法による保護が必要なのだ。
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