▲▲つ36っ! そうだ!ていこくにいこう!

 「ええと……。俺、何かまずいことを言ったか……?」

 自分が、間違えたことを言ったんじゃないかと感じてしまう。

 「……や、大和……あなた、疲れているんじゃない?それとも、頭でも打ったの?」

 唖然とした空気をまず抜けたのは、マフィンで。

 頭を抱えながら、不安そうに寄って来ては言う。

 手を差し出して、頬に触れて確かめるも、その手は震えていた。 

 「……ま、マフィン?いや、まあ、体は打ったけど。大丈夫だと思う。」

 いきなり聞かれたので、やや頓珍漢な答えになってしまった。 

 「……だとしたら、大和、あなたとんでもないことを言ったわ。」

 「……?」

 体は大丈夫だと言ったなら、どうやらとんでもないことのようで。

 俺は首を傾げてしまう。

 「……あなた、自分の言ったこと思い出しなさいな。」

 「?」

 重ね重ね聞かれて、頭を巡らせると。

 「……自分自身でウィザードと言ったこと?」

 出てきた答えをそのまま口にして。

 「……それも驚きよ。でも、それ以上に、その後よ。後。」

 「……連れて帰ってくる?」

 「そう。」

 「……。」

 ウィザードと言ったことではなく。

 その後、俺が口にした、『連れて帰ってくる』という言葉であり。

 マフィンはやや真剣な様子で頷いた。

 俺はここで気付いたが、だが、驚きはせず、むしろ、唾を飲み込んで。 

 沈黙だけの俺に、マフィンはまだ続けるみたいで。

 「それ。あなた、帝国に喧嘩を売るつもり?だって、その娘のお母さん、帝国内にいるんでしょ?考えてみなさいな、連れて帰るってことは、帝国に入って、戦って、勝って、そうやって、連れて帰ってくる、ってことでしょ?」

 諭すような言いようだ。けれど俺はまだ、黙したままで。

 「無理よ!今まで、そうやって、戦ってきた人たちを知っているわ。けれど、誰も帰ってきていない!もしあなた、このまま進んだら、死んじゃうかもしれないのよ!分かって言ったの?」

 そう、無理だということだ。

 相手は、帝国で、そして、今までどれほどの人間が挑んでも、勝てなかった。

 冗談でも、言ってはいけないと、咎めるかのようだ。

 何せ彼女は、村の代表で俺は一応その住人。

 代表が言うならまだしも、一村人の俺が、勝手にそう振舞ったなら、顰蹙ものだ。

 本気なら、余計不安になる、と。

 俺は、静かに聞くだけであり。だが、頭を縦に振りはしない。

 その立場も、気持ちも何となく分かるけれど。

 何だか、このままじゃダメな気がして。

 「……でもさ。」

 反論の始まりの言葉呟いて。 

 「このままだと、何も変わらないような気がしてさ。」

 このまま、ただ手をこまねいているだけじゃ、願いは叶わない。

 このまま、誰かが行動するのを待っているだけじゃ。

 帝国との戦争が終わるのを待っているだけじゃ、遅くなりそうだ。

 ならば……。

 「俺、戦うよ。」

 俺から先頭に立って、戦うよ。言って、そっと、立ち上がり、皆を見据える。

 正直、どこからくる自信か分からない。いや、何となく分かる。

 根拠と言えるか分からないけれど、俺が来て、帝国の奇襲を食い止め。

 加えて、反撃し、基地を奪ったんだ。

 そう、何だか俺が登場したことによって、事態が変わったなら。

 好転したのなら、俺が先頭に立って、行けばいずれ。

 その幼子の母親も、助け出せる!!

 「だめよっ!」

 「……。」 

 反論は、覚悟していた。マフィンは、立ち上がって否定して。

 「このまま行かせたら、私は、大和、あなたを殺したことになってしまう、そうしたら、私は村の誰にも、顔向けできない!もしそうなったら、何て言えばいいの!エルザさんにも、クーンにも、村の皆にも!!」

 「……。」

 マフィンの表情は曇り、声も荒げ。

 「!」

 勢い余って、滴が、彼女からふと零れた。

 「誰も、見捨てたく……ないっ!」 

 涙交じりに、言い切った。

 「……。」

 彼女に言葉を返すことができないが、疑問はある。

 村の代表、それだけでここまで言うその理由は?

 「マフィン……。」

 問うような気持ちと重なってしまうが、言ったのはレオおじさん。

 こちらも、諭すような雰囲気だが、俺にではない。

 「……レオ……おじさま……?!」

 「……マフィン、分かっちゃいるぜ、その気持ち。うちらの村から、何人も戦いに行って、帰って来なかった。そいつらの、背中を、お前はずっと見続けていたもんな。」

 「……っ!……っ!!」

 優しく、マフィンの頭を撫でてやり、レオおじさんは言ってくる。

 嗚咽が漏れ聞こえてくる。

 レオおじさんの言葉で、予想だが、見当はついた。

 村の代表として、今まで沢山の人たちを見送って。

 ……そして帰ってこないことを悲しみ続けた。だから……。

 「だがな、あれは、決心した顔だ。」

 傍ら、レオおじさんは言って、顔を俺に向けたなら、そっと微笑む。

 「なあ、そうだろう?」

 そう言って。

 俺は、そっと頷いた。

 「……本当は、俺もマフィンと一緒さ。〝バカ野郎!〟なんて、言いたいほどだぜ……。俺だって、帝国のことはよく知っていらぁ。だからよ、重ねるようだが、俺だって止める。だがな、お前は、気付いたんだ。」

 「……。」

 続く言葉、レオおじさんも、マフィンさんと同じようで。

 気になる言葉残して区切ったならまた、マフィンに向き直った。

 「大和はな、気付いたんだ。己の使命に、な。」

 涙流すマフィンをそっと撫でてやり。マフィンは、頭を寄せ、涙を流して。

 そんなマフィンを、まるで自分の子供のように、愛おしく撫でてやり。

 「……。」

 それを俺は、黙って見ているしかない。レオおじさんはまた俺に向き直ったなら。

 「帝国ってやつぁ、バケモンだ。とんでもなく欲深くて、容赦がない。まして俺たちみたいなビストにはな。やるんだろ?いや、やるしかないんだろ?」

 覚悟を問うてきた。

 「……ああ。」 

 その覚悟に俺は、はっきりと頷いた。

 マフィンを撫でている手を放し、無言で俺に腕を突き出してきた。

 「!」

 気付いた俺は、同じく腕を突き出して。そうしたら、拳と拳が軽くぶつかり合う。

 そうしたら、にやりと笑った。

 「がははは。でっかいこと言った割には、震えてるじゃねぇか!」

 「!!」

 言うことには、俺はそうした割には、との指摘で。

 気付いた俺は、恥ずかしく思い、顔を赤くして。

 事実、手は震えていた。

 ……それは、やはり不安で。さらに、見抜かれたか。

 マフィンの思っている通りなのかもしれない。

 あるいは、知らない何かに、覚悟を決めるとは、こういうことなのかもしれない。

 俺は、震え押さえるためにも、腕に付けた盾に手を添えて、握る。

 安心させるように、盾は微かに光った。

 「……行けよっ!行って、勝って、帰ってこい!」

 「!!」

 覚悟。

 それを知っていたレオおじさんは、背中を押してくれるような一言を告げて。

 俺は、はっとして目を見開いた。

 覚悟はもう、決めたのだろう。

 なら、と。俺も、レオおじさんのように、にやりと笑って。

 「ええ。ありがとうございます。」

 そう言って頭を下げた。

 下げたなら、また周りの人たちを見渡して。

 「……その、今までありがとうございます。俺は、その、どこの誰とも分からない人でして。でも、そんな俺さえ受け入れてくれて。皆の優しさに触れられて何だか、今までそういうことにあったことがないから、新鮮で。楽しかった。今まで、ありがとうございます!」

 皆に告げた、感謝の言葉。まるでそれは、別れの際に言う言葉のようで。

 最後頭を下げたものの、これじゃあ、まるで、さようならだね。

 「……。」

 結果として、別れの空気が場に集う。

 「!」

 その中、アビーが歩み寄って来た。

 気付いた俺は、そう言えばと、思い起こすことがあった。

 それは、他の誰よりも、アビーが俺と一緒にいたから。

 まるで、お姉さん?のような存在に。

 「……アビー。……その、……。」

 どんな言葉を掛けよう。

 特別な言葉、残念ながら、感謝と帰ってくるとの約束が交錯して。

 言葉がまとまらず、紡げない。

 アビーは、悟ったか、そっと微笑んで。

 「大和ちゃん……。」

 代わりに言葉を紡いでくれる。きっと、激励の言葉だ。

 その激励の言葉を想像して、俺は、胸に込み上げてくるものを感じてしまう。

 瞳まで、震えそうで。 

 その微笑みは、らしいアビーの言葉に違いない。

 「……あたしも行くっ!」

 そうして、言葉が紡がれた。

 「……。」

 瞬間、沈黙が。紡がれた言葉、反芻したなら。

 「……えっ?」

 俺は声を漏らした。予想外の言葉であったので。

 それも、見送る言葉じゃない一緒に行く、という発言だ。思考停止する。

 「……はっ?」

 他の人も、同じように。 

 「……ぁぁ……。」

 レオおじさんは、らしくない小さな声を漏らして。

 また、表情は唖然ともしていて。

 マフィンもまた、ぎょっとしていて。

 「ねぇねぇ皆!大和ちゃん一人だと不安なんでしょ?じゃあ、あたしも一緒に行くっ!それなら大丈夫だよっ!」

 アビーが続けることには、俺一人だと不安だからでしょ、という結論で。

 なら自分が行けばと自信満々なのだが。

 「……。」

 同じく反芻して、思考再開したマフィンは、みるみるその瞳を震えさせる。

 それは悲壮のじゃない、怒りだ。

 「……ちょ、ちょっとアビー!話聞いていたの?!今帝国に行くってことは、死にに行くようなものよ!!考えたのっ?!」

 俺とは打って変わっての、罵倒に近い怒号。

 その自信を、下手をすれば砕きかねない。いや、……アビーの場合は、無謀だと。

 変に自信満々なのが、怖いもの知らずに映る。

 「?」

 首を傾げるアビー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る