第165話 Re:グリッテル"中将"の憂鬱

「うおぉぉぉ!?」

 リシャールは思わずうめいた。

 猛烈な数の大質量弾が飛来し前進しはじめた共和国の艦隊の前衛を砕いたのだ。


「こりゃあ……なかなかだな」

 彼はじっとりと額に汗をにじませた。


 戦術、戦略が異なる相手というよりはそもそも兵装が全く違う。

 相手の能力もまだ解明しきれていない。


 数百隻とはいえ1万メートルに達する巨艦から吐き出される大質量弾の破壊力は圧倒的だった。

「ただし」

 リシャールは白に近い金髪をふぁさっとなぜた。


「ここまではスズハルの予定通り……だな」

 リシャールはちらりと艦橋のメインモニタを見た。


「しかし思ったよりも厄介な敵だぞ、スズハル」

 メインモニタには指示を飛ばすスズハル……涼井が映し出されていた。


「幕僚長! 艦隊が……艦隊が……」

 すべての情報が集約される涼井の旗艦では悲鳴と怒号が交錯していた。


 涼井は無意識のうちに眼鏡の位置を直していた。


「幕僚長! いかがいたしましょう」

 オペレーターや当直士官、戦術士官などのスタッフたちが全員涼井を見つめている。


 涼井はゆっくりと口を開いた。


「……こういう時はまず事実関係の確認が優先だ。まず……」


 涼井は、

 a. 敵の前面にいた(今は背後にいる)ロストフ連邦の現状をわかる範囲で確認

 b. 敵の最初の攻撃での味方の艦艇の被害状況の確認

c. 味方の反撃の状況はどうなっているか


 これらの指示をスタッフに与えて情報収集をさせた。

 理解の限界を超えた時、やはりこの世界の人々はパニックで思考停止してしまうようだった。


 ただ指示を与えると素直に実行する。


「ロストフ連邦の状況は不明! 偵察艇を飛ばしてみます」

「前衛は予定通り崩壊・・・・・・!」

「味方は崩壊した前衛を盾に相対位置を敵と合わせています!」


 涼井はニヤリと笑った。

「うわ幕僚長、悪い笑顔ですね」

 と副官のリリヤ大尉。


 そう。今のところ予定通りには進行している。

 メインモニタには数百隻のニヴルヘイム艦隊が映し出されている。


 ニヴルヘイム艦隊から吐き出された大質量弾は数分前に大量の共和国艦隊をくだき、爆発四散する様子がグリッテル中将の眼前のモニタにも映し出されていた。


 グリッテル中将は笑顔を隠せないでいた。

 可視化された状態でモニタに映し出される破壊の閃光が彼の顔を照らし出した。


 数万隻もやってきたのには驚いたが、これでこちらの銀河の主力部隊を崩壊させた。銀河ごと征服すれば面目も立つ。


「今日は旨い酒が飲めそうだな」

 彼はそうつぶやくと提督席に座り直した。


「敵の反撃です! 質量弾!」

 オペレーターが叫んだ。

「何!? 反撃だと!?」

 グリッテル中将は思わず立ち上がった。

 

 その瞬間、モニタに映し出された可視化情報が乱れた。

 処理が追いつかなくなったのだろう。


 銀河内航行に利用するリアクト機関から生成される障壁に、共和国軍の質量弾が突き刺さった。そして浅い角度で衝突したものは弾かれていったが、何割かはニブルヘイム銀河の軍船団の装甲につきささった。そして質量弾は装甲を突き破った。


 突き破られた装甲から液体が噴出する。そしてそれらはすぐに凍りつき、穴を塞いだ。

「相手の前衛は破砕したはずだ!」

「し、しかし相手の艦艇は不思議なことに……大質量弾が直撃しても半壊にとどまり、宇宙空間を浮遊しているようです」

「何ぃ?」

「さらにその半壊した艦艇の影から相手が撃ってきます!」


「奴ら崩れた味方を盾に攻撃してきているのか?」 

 グリッテル中将は驚きを隠せなかった。


「もう一度撃て! 大質量弾だ! 今度こそ完全に破砕してやれ!」

「はっ!」


 大質量弾が再度、砲に装填されようとしていた。

 砲弾庫から取り出された砲弾は加速装置に載せられた。

 その間に共和国軍の第二撃が殺到した。


 今度は質量弾に加えて光線も混じっていた。

 全力射撃だ。


 光線は分厚いニヴルヘイム銀河の軍船の衝撃で弾かれる。

 しかし衝撃自体が許容限界を迎えたところで質量弾が突き抜けていった。


 また質量弾が軍船に突き刺さる。


「うぉぉ!」

 グリッテル中将がうめく。


「おぉ? こちらのほうが射撃回数は多いな?」

 リシャールがメインモニタを見ながら言った。


「よし、じゃんじゃん撃て。兵站だけはしっかりしているからなこっちは」

 共和国の艦艇は光線と質量弾は同じ艦砲で撃つことができる。

 質量弾は数がある限りは装填速度も比較的早い。

 質量弾が尽きてもすぐに光線に切り替えることができる。


「ただ……破壊力は相手のほうがでかいな、まともに食らったらと思ったらぞっとする」

 リシャールは唇を噛んだ。


「幕僚長! 報告です」

 オペレーターが叫んだ。


「いずれかの状況がわかったのか?」

 涼井はサブモニタの前で端末をたたき続ける、声を発したオペレーターを見た。


「はい……味方の前衛を航行させていた旧式の囮艦艇・・・・・・の被害状況、ほぼ壊滅状態です。しかし、居住空間を最低限にして詰め込んでいた重流体金属のおかげで装甲が破壊されても、隔壁の中に滞留しまだ盾として機能しているようです」

「囮艦隊の人員の脱出状況は?」

「……まだ全体像は不明ですが……敵攻撃前に7〜8割は脱出できたかと」

「そうか……わかった」


 涼井は提督席に深く沈み込んだ。

 犠牲は出てしまった。

 しかし前衛として前進させていた最低限の人数で運用していた囮艦隊はその役目を果たした。果たしたのだった。



 

 




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