第164話 グリッテル"中将"の憂鬱

「敵の圏内に入ります、リアクト機関正常!」

「うむ……」


 グリッテル中将……強引に三階級も特進させられた男は提督席でワインを傾けた。

 500隻の1万メートル級の軍船は順調な航行を続けていた。


 こういう恒星系が密集した銀河や星団の中では銀河間航行を可能とするヴォルテンハイム式時空間拡縮機関は使わない。


「活発な通信を検知しましたが、超弦通信などは見られません、どうも重力子通信に頼っているようですね」

 オペレーターが声をあげる。


「ふ……やはりこの銀河は技術が遅れている。"始祖"がニブルヘイム銀河に到達して以来、我々は戦争に次ぐ戦争だった。結果としてこちらのほうが大きく技術力をあげたということなのだろう」

 グリッテル中将は薄笑いを浮かべてグラスを傾けた。


 オペレーターや当直士官たちが追従の笑い声をあげた。

 彼らにとってはリアクト機関も重力子通信も"古い"技術であった。


「重力子増大、敵艦隊です」

「さっそく来たか」

「前方から……小型船の集団です」

「数は?」

「分析中ですが……」

「いつもよりは急いでくれ、こちらも戦闘準備! 大質量弾準備」

「はっ」


 砲術士官が目の前の電算機に何かを入力する。

 

「相手の数が概ね判明! 小規模な……全長200mから400mほどの艦艇が1万隻ほどです」

「射程に入り次第攻撃しろ」

 グリッテル中将はワインを飲み干すとグラスを当番兵に渡して座り直した。


「あれが敵か……でかいな」

 一方、ニヴルヘイム銀河の軍船団を迎え撃ったのはロストフ連邦のバルカル大将だった。一時的に元帥を名乗っていたが大将に降格。共和国の捕虜となっていたが、不平等条約締結により軍務に戻っていた。


 いまロストフ連邦が条約下で出来ることは自衛戦闘のみ。

 艦隊数も制限され、全部で30000隻となっていた。

 さらにバルカル大将の艦隊も質量弾は制限され、各艦3発までとなっていたのだった。


「一隻一隻がでかいな」

 彼はヒゲをしごきながらメインモニタを眺めるバルカル元帥。

「そろそろ射程に入りますが…… 」当直士官が言う。

「ヴォストーク元帥は警告しようとしてやられたようだ。こちらも無警告で撃ってしまおう」

「条約に違反することになりませんか」

「構わん、相手は明白に領土を侵略している。自衛戦闘だ。言い訳はどうとでもなる。構わないから射程に入ったら撃ってしまえ」

「はっ」


 ロストフ艦隊10000隻は密集して突き進んだ。

 攻撃的なロストフ艦隊らしく、円錐形の隊形だ。


 そしてそこに虚空を裂くようにしてグリッテル艦隊の放った大質量弾が殺到した。

 その大質量弾は前回と同じく容易に障壁を貫通し戦艦の装甲を貫いた。

 駆逐艦がちぎれ、巡洋艦が大破・破片を撒き散らしながら轟沈する。


「おぉっ!?」

「敵の第二波です!」オペレーターが絶叫する。

「いかん! 散れ!」


 バルカル元帥はあわてて指令を出した。

 しかしその刹那、猛烈な衝撃が彼を襲った。


 一方、壊れゆくロストフ連邦の艦隊を見つめながらグリッテル中将は恍惚の表情を浮かべていた。


「くくく……あの時に降伏し、"始祖"の教えを受け入れておけばよかったと後悔すれば良いのだ。さもなくば……」


 さもなくば。


 さもなくば?


 ふとグリッテルは背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 あの恐るべき君主リア・ファル・シャノンが自ら親征するというのだろうか?

 その時、自分はどうなっているのだろうか?


 グリッテル中将はぶるっと震えた。

 あの声。あの能力。

 顕現した"始祖"の力が恐ろしい。


「い、いかん、とかく止めを……」

 グリッテルはつぶやいた。

「また重力子の増大です」オペレーターが叫んだ。


「今度は何だ」

「今度は……さ、さっきの少なくとも10倍近い敵が接近中です」

「何だと」


「よーし敵の後方に食らいついたな」

 リシャールがにやりと笑った。


 涼井がかき集めた71000隻+17500隻、合計9万隻近い艦隊が追跡してきていたのだった。


「しかし相手の攻撃力は計り知れん。スズハルの言う通り散開しつつ全速前進!」

 リシャールの号令で共和国と開拓宙域の前衛艦隊は散開した。

 そしてその内の数万隻が幾重にも重なった隊形となっニヴルヘイム銀河の艦隊に迫った。


「くそう! 撃て!」

 ニヴルヘイム艦隊は反転した。巨艦がゆっくりと旋回する。

 そして照準をあわせた巨艦は無数の大質量弾を吐き出すのだった。

 



 


 




 

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