ランディスの悪夢
「くそぉ!」
騎士の1人が槍を振るおうとした。
無理もない。抑えようとしていたのはそれが可能だと考えていたからだ。
しかし、この暴徒達を非暴力的に、抑え込めるとは思えなくなってきてしまったのだ。
「止めろ!」
『
鎮静化の魔法を唱えた。
唱えてしまった。
鎮静化の魔法は錯乱している人間に対して有効である。
実際、槍を民に向けようとしていた男は落ち着いたようになり、槍を納めた。
しかし、その一方で闘争の最中に有る人間のポテンシャルを下げるというネガティブな効果が存在する。
要は闘争状態の肉体の生理的強化状態を解除してしまうのだ。
全体に掛けた鎮静化の魔法は騎士だけを弱らせ、暴徒達は相変わらず強いままである。
この民たち…一体どのような激しい怒りに有るのだ⁉
指揮を執っていた筋骨隆々は恐ろしい寒気に襲われた。
自分達はベストを尽くしている。民を守るべく、日々鍛錬に努めていた。
ロードは若いにも関わらず、前領主に勝るとも劣らぬ手腕でこの区を盛り上げて行っていた。
そして、ロードは蔵を開けて迄彼らを思っていた。
それは、民には伝わらなかったのか?
民は不満だったのか?
自分達のやり方は伝わっていなかったのか?
自分達は間違っていたのか?
その迷いは一瞬であれど、顔に出ずとも、士気に関わる事となってしまった。
戦況に、関わる事となったのだ。
「退けェぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
盾に空いた僅かな隙間に棍棒を捻じ込み、梃子の要領で密集陣形を抉じ開ける。
「駄目です!突破されます!」
「攻撃許可を!」
部下たちが負け始めていた。
肉体的にではなく、心が。
止むお得まい。
「5分持たせろ!
ロ―ドを逃す時間を稼ぐのだ!」
そう言って指揮官が飛び降りていった。
指揮官の不在は戦略的にも精神的にも致命的な大打撃となる。
それは筋骨隆々も承知。しかし、このままでは破られるのは時間の問題。
目指すは領主邸。領主の部屋である。
最早鎮圧は不可。なれば我々が出来る事はたった一つ。
ロードを何としてでも逃がすことだ!
領主邸の階段を駆け上がり、領主の部屋へと急ぐ。
「ロード!申し訳ありません!ここは危険です。どうかお逃げ下さい!!!!」
ノックもせず、乱暴にドアを開け、部屋に向かって叫ぶ。
しかし、そこには金髪隻眼の自身の主は居なかった。
代わりに居たのは床に伏せっていた筈の先代の領主。
その手には青い光を放つ指輪が有った。
「おぉ…………デルロの…………悪いな。儂が勝手に逃がしてしまったわ。」
その眼は茶色く濁り、髪は真っ白。
全盛期の彼を知っている筋骨には到底信じられなかった。
見ていて、痛々しかった。
苦しかった。
しかし、今の彼は現領主の部下。訊かねばならない。
「逃がした……というのは、どういうことか御説明願えますか?先代殿?」
「あぁ、儂も外が騒がしかったものじゃから、覗いたらどうも具合が悪そうじゃ。
そう、思ったものじゃから、勝手にこの指輪で倅を逃がした。」
その手にはさっき迄光っていた指輪が有った。
「………先代殿。それは……………一体?」
見たことの無いアイテムだった。
「これは…………『導きの指輪』。
使用したものに最も相応しい、行くべき場所に導く指輪じゃよ。
安心せい。倅は、直ぐもど………て」
そう言って先代が崩れ落ちる。
「先代殿!」
肩を掛けて卒倒を防ぐ。
「こっちだ!」
「見つけ次第殺せ!」
「金目の物も全部奪うんだ!」
部屋の外から棒との声が聞こえて来た。
ここも危ない。
ロ―ドは後で。
まずは先代を逃がさねば!
彼は先代の領主を担ぎ上げ、窓の外へと飛び去った。
この日から起こった一連の事件を、俗に『ランディスの悪夢』と後世の人間は呼ぶこととなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます