1-2 夏旅行のハジマリ

 

「神凪、悪いね。こんな時間から」

「別に構わん。空いている時間は今しかないからな」


 部活の機材の片付けが終わって休憩していたら眠ってしまったようで20時になってしまった。

 他の1年の同級生はみんな帰っていた、薄情なやつらだ。

 慌てて帰ろうとしたが今日は両親がいないことを思い出し、晩ご飯どうしようと帰り道に考えていたらたまたまバイト帰りの神凪星矢かみなぎせいやと出会う。


 神凪は全てにおいて完璧な人間。容姿端麗、文武両道、近寄りがたいけど、憧れる。

 性格も口調もきつめだから入学の時から苦手意識があったんだけど喋ってみるといいヤツだった。

 そんな神凪とちょっとした学校の行事を行うことになり、何回かやりとりをしている内に仲良くなる。

 明日の学校で時間を作って話し合う予定だったが、ちょうどいい機会なので神凪の家でメシを食いながら話そうってことで招待された。


「神凪は妹と2人暮らしだっけ」

「ああ、妹に連絡しておいたから、晩飯をおまえの分も用意させた」

「妹さんにもお礼を言わないといけないな」


 神凪はちらりと僕の方を見た。同時に僕と目が合う。

 栗色の髪で端正な顔立ち……。神凪はどんな表情でも様になる。


 こんなイケメンに生まれてみたかったな。まぁ本人の立場だと結構大変らしいけど。


「一つだけ忠告しておく。妹についてだが……」

「僕は女の子が苦手だしそんなベタベタ話かけないよ。一つ下ってことは中学3年だから変わらないでしょ」

「そうじゃない。言うことは一つだけだ」


 神凪の住んでいるアパートに到着した。

 思ったよりボロアパートだ。ここに住んでいるのか。

 扉を開ける前にもう1度神凪は僕の方を向く。


「惚れるなよ」


 扉を開けて、神凪は一足先に中へ入る。

 ただいまという抑揚のない声に反応して、奥からトタトタと足音が聞こえる。

 妹さんが来たようだ。僕も続けて、神凪家の玄関へ足を踏み入れた。


「おかえりなさいお兄ちゃん。あ、話は聞いています。山田さんですよね? こんばんは!」


 神凪と同じ栗色の髪をした少女がそこにはいた。

 ばっちりとした二重の瞳が印象的で、兄と同じように目鼻整った顔立ちをしていた。

 輝くような白い肌に背中まで伸びたさらさらの髪。

 そんな潤いの帯びた唇から澄んだ川のように耳心地のいい声が流れる。


「私は妹の神凪月夜といいます。ようこそ、我が家へ」


 今まで見たことがないほど美しい女の子だった。

 僕はこの時、月夜に恋をした。紛れもない一目惚れだった。



 ◇◇◇


「うっ」


 目を覚ます。それと同時に腰と肩が痛む。

 休憩を挟んでの4時間のバス移動。やはり乗りっぱなしは疲れる。


「起きました?」


 隣の席に座る月夜は読んでいた小説をパタンと閉じてこちらを見た。

 夢の中で見た月夜よりも少し大人びているような感じもする。

 美しさはより増したんじゃないだろうか。


「夢を見ていたよ」

「夢?」

「うん、僕が1年生の時、星矢と仲良くなってすぐに星矢んちに行った時だね」


 惚れるなよって言われて、本当に惚れちゃうんだもんな。

 今まであんな風に月夜に惚れてしまう人はたくさんいたんだろう。


「太陽さんが私に一目惚れした時のことですよね~」


 月夜はからかうように声を高くして口を出す。

 紛れもなくその通りなので言い返せやしない。


「今の私とその時の私、どっちがかわいいですか?」


 ひょこと体を乗り出し、僕に顔を近づけくる。

 月夜がこういう比較をするとき、求めている言葉はただ1つだ。


「若い方がいいかな~」

「え~」

「でもこうやってキスするのは今の月夜が1番だ」

「ん」


 さすがにバスの中なので緩めのキスにとどめる。人の目を惹いてしまうのはよくないことだ。

 もっとして欲しそうな月夜を何とかなだめて、到着までしばらく待ち続けた。


 ◇◇◇


 目的地へ到着した。


 バスから降りた僕達は固まった体をほぐすように伸びをする。

 夏の日差しが強くて、げんなりする暑さだ。


 1泊2日の小旅行。受験前だからこの旅行ですら行くか行かないか悩み所だった。

 でも元々夏に旅行へ行きたい意思はあったし、宿までの交通費、宿代がタダになったのは非常に大きい。

 今回を逃す手はないのだ。


 さてと今は昼の13時。宿のチェックインは16時以降だから時間を潰す必要がある。

 そうなると……。


「うわぁ~~。すご~~い」


 月夜は眼前に広がる光景に期待に満ちた声を上げた。


 温泉旅館から徒歩10分。今いるバス亭から徒歩5分。目の前に広がるのが大海原だ。

 海水浴場が近くにあり、すでにかなりの人達が海に入っている。


 ついにこの日が来た。

 最高の恋人、神凪月夜の水着姿を合法的に楽しめる時が来たのだ。

 月夜と交際を始めたのは2月の中旬。この時までが長かった。カメラも持ってきたし、準備万端だ。


「太陽さん、目がえっちになってる」

「え!? そう見える?」

「太陽さんに見てもらうためにちゃんと水着も選んで来たんですからね」


 なんだと! いつの間に……、やばい、楽しみすぎて熱中症で倒れそう。

 またちょっと成長したような気がするんだよなぁ。


 月夜が近づく。


「今回の旅行すんごく楽しみだったんですよ」

「う、うん」


 月夜は僕の腕に手を絡ませる。


「いっぱい、いっぱ~い、楽しませてくださいね。私、我慢が効かないかも!」

「やれやれ、月夜の目もえっちになってるぞ」

「へへへ……」

「ずっと一緒だ。片時も君を離さないから」


「いや~暑いですね。大変ですね」


「……」「……」


 僕と月夜の間で盛り上がってきた熱が一気に冷めてしまった。


 さっきから僕と月夜の側にずっといるこの女性。

 夏にそぐわない、ビシっとしたスーツ姿できりっとしためがねをしたこの人の名は片山さん。


 片山さんは僕達の旅行の引率で来たのであった。

 何でこの人がここにいるのか。何で引率する必要があるのか。全ては1週間前に遡る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます