終章 やっと言えました!

124 親友

 僕、山田太陽はあの夏の記憶を思い返していた。

 正直月夜を助けたくて……詳細は覚えていなかったりする。

 覚えているのは……月の光の中で踊る月夜の姿があまりに綺麗で……助けてもらったこと。

 そして……助けにきてくれた星矢の顔がホントにヒーローみたいだったことだけだった。


 寒空の下、僕と星矢は公園ベンチで佇む。

 お互いに過去を話して……記憶を補完していく。


「そろそろ見えてきたか?」


 星矢は問いかける。

 僕が月夜と付き合いえない理由。釣り合わない、劣等感を抱いているというわがまま……その原点は見えた。


「僕は神凪兄妹を……自分の道しるべにしてるんだね」


 何の才能のない僕と違って星矢と月夜はあらゆる才能に恵まれている。

 だからこそ上を向いてほしいし、2人が辿る道を僕は近くで見続けたい。だから月夜は下で佇む僕じゃなくて、ふさわしい人と出会って付き合ってほしい。


 ただ、それも建前だ。

 本当の気持ちはいたってシンプル。単純すぎて口から吐くことも躊躇してしまう。でも……。


「結局僕は月夜に嫌われるのが怖かった。失望されるのが怖かった。ただそれだけだったんだ」


 月夜は今、僕が良く見える魔法がかかっている。

 付き合って、幾月が過ぎ……僕に何の魅力がないことが気付かれ……月夜に捨てられる。そうなったら気まずくなり、神凪兄妹の側で2人の先を見続けることができなくなる。

 それが怖かったんだ。そしてそんな想いを月夜にさせてしまう。そんな無能な自分が許せず、月夜に対しての申し訳なさがいつだって頭から離れない。

 自分が傷つくのは構わないが、人が傷つくこと見るのは耐えられない。だから離れようとした。付き合わなければそのようなことも起こらない。

 だけど、それも失敗だ。僕は無知だった。


 人に本気で好かれたことがなかったから、結果的に月夜を傷つけてしまった。


「思った以上にバカだな、おまえ」

「はぁ!?」


 呆れかえった星矢にいら立ちを募らせる。バカなのは自覚しているけど……何でもできる星矢には決してこの気持ちは理解できやしない。


「月夜はおまえを嫌ったりしない、失望もしない」


 僕の怒りは頂点に達した。


「そんな軽々しくなぜ言える!?」

「じゃあ、おまえは月夜と付き合って、あいつに魅力がないって分かったら捨てるのか?」

「そんなことするわけないだろ!?」


「それなら……大丈夫だ」


 星矢は片手を僕の肩に触れた。柔和で優しく……まるで月夜が側にいるかのように……本当に優しい笑みを浮かべた。

 その笑顔に僕の怒りは虚空へ消え去ることになる。


「俺の大好きな親友と妹はお互いにそんなことはしない」

「っ!?」

「ずっと2人の側にいた俺を信じろ」


 その確信に満ちた二重の瞳に見つめられ、僕は星矢の言葉を頭の中で反復する。

 その言葉を理解した時、僕は抗えず目から涙を出してしまう。

 ああ、全てのこだわりが融解した……。


 そうだ、僕が好きになったあの子はきっとそんなことはしない。


 どうして僕は月夜を信じてあげられなかったんだろう。

 星矢に言われて初めて僕はその事実に気づいてしまった。

 月夜と付き合って、いつか何かがきっかけ別れることになったとしてもきっと恐れた事態にはならない。ならないように動けばいいい。神凪兄妹とずっと一緒にいられる可能性の方が高いんだ。


 こんな簡単なことのために僕は何ヶ月も悩んでしまっていた。


 人を頼ればよかった。1人で思い悩まなければよかった。

 誰かの悩み、苦しみを分かってあげたいと思っていたのに自分の悩み、苦しみは誰にも打ち明けたことはなかった。


「ああ……」


 僕は高校生にもなってボロボロと涙を流してしまった。久しく、声をあげて泣いてしまった。


「月夜と向き合え太陽。あいつにはおまえじゃなきゃ駄目なんだ。そしておまえもあいつじゃなきゃ駄目なんだ……」

「星矢ぁぁ……」


 泣き止むまでずっと……星矢は待ってくれた。数ヶ月も悩んでいたことがたった一言で融解してしまうなんて思いもしなった、

 バカなことしてしまった。ずっとずっと好きだった女の子の好意を無碍にしてしまった。

 いろんな感情が溢れてくる。そして時間だけが過ぎていった。

 

 ようやく僕も落ち着いてきた。


「まったく大の男を泣かせやがって……、僕が女だったら絶対今ので惚れてるな。またハーレムが増えるぜ」

「おまえみたいな性格の女はいらん。さっさと失せてくれないか」

「辛辣!!? そこまで言っちゃう!?」


 僕と星矢は笑いあった。

 何か……すっきりしたな。


「正直、わだかまりもあったんだけど……でも僕さ……だいぶ心が動いてたんだよね」

「どういうことだ?」

「あの月夜のさ……大胆な告白が思った以上に嬉しかったんだ」

「あんな馬鹿みたいな告白初めて見たけどな」


 どことなく……遊佐天ゆさあまつが瓜原さんに行った全力全開の告白に似てた気がしたな……。僕がいいなって言ったことを覚えてたのかな。

 さすがにそれはないか。


「俺も……」


 星矢は立ち上がって軽くを伸びをする。


「3年の3月までには決着をつけようと思う。あいつらの想いに報いて……俺は受け止める」


 そうか、星矢もついに決めるんだな。星矢に想いを寄せるあの女の子達から1人選ぶ。

 星矢も先のステップへ進もうとしている。


「でも次の3月じゃないんだな」

「おまえと違って俺は複数なんだ。仕方ないだろ」


 どちらにしろ星矢が誰を選ぼうと僕は祝福することは決めている。

 親友の幸せを誰よりも望みたい。

 僕はベンチから立ち上がった。

 星矢が先に進むなら僕だって止まるわけにはいかない。


「星矢」

「なんだ」


「頼みがある……。月曜の放課後に校舎裏の奥に月夜を呼び出してほしい」


 これが本当のラストだ。もう僕は逃げない。

 たった1つ残っていたわだかまりは全て消え失せた。

 最後の時だ。


「ところで……何で僕の誕生日知ってたのに放置してたんだよ」

「ケーキ作りが楽しすぎて、完全に忘れてた、スマン!!」

「君のそういうとこだけは褒められないよ……」

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