123 あの夏の思い出⑥
「……ここは」
「起きたか」
病院のベッドで包帯まみれの太陽が目を覚ました。
俺はずっといじっていたスマホを置いて、立ち上がって太陽に声をかける。
「分かるか? ここは島に一番近い病院だ。おまえ……死にかけてたんだぞ」
「そうか、悪いな。迷惑かけたみたいだ」
「あのなぁ……、何でおまえはそう自分が悪いみたいに持っていくんだ。おまえは一番の功労者だろう! 誰も反応できなかったあの土砂崩れで、月夜を庇って、崖下に落ちて……」
「そうだったかな」
「おまえが脱いだ上着で月夜を守ったんだろう!? おかげであいつは完全に無傷だ。なのにおまえは胸と背中がばっさり開いてたんだぞ」
「治るんならどうでもいいよ」
ったく……声を荒くしていた俺は椅子に座る。
太陽はまだぼんやりしている。体力が戻っていないんだろう。
「胸部、背部の大きな裂傷に、全身切り傷、擦り傷だらけ。足は打撲で内出血していて、38度の高熱に、脱水症状でおまけに胃はカラッポ。医者が信じられない顔していたんだぞ」
「治るんならどうでもいいよ」
俺は大きく息を吐いた。こいつは本当に自分のことは二の次だ。
出会った時からそうだった。1人で行動している俺を気遣って声をかけてくれたことがきっかけだったか。
根っからのお人好し、性格の悪い俺と相性のいい人間が現れるとは思わなかった。
「みんなは?」
「全員いても仕方ないから帰らせた。ある程度したら街の病院に転院だ。見舞いはその時でいいだろう。あとおまえの両親にも連絡はついている。もう少しで来るとは思うが……」
「助かるよ」
「助けてもらったのは俺の方だ。月夜を助けてくれて……ありがとう。おまえには感謝してもしきれない」
太陽はゆっくりと首を振った。
「礼なんていい。星矢……君は僕の憧れだ。もっと先に進んですごい所を見せてくれ。何でもできて、堂々として誰にも媚びない……僕のヒーローでい続けてくれ」
「何言ってんだ……」
俺はそんな高尚な存在じゃない。妹を助けられず、親友に大けがを負わせちまった、愚か者だよ。
何でもできるなんて言われても大事な時に動けないんじゃ意味ないんだよ。
「妹ちゃんは?」
「月夜ならそ……、いや、熱も下がって、おまえの移動のタイミングで退院できるだろう」
「よかった……。僕さ……不安だったんだよ」
「不安?」
太陽は表情を緩ませた。
「2人で取り残されて……無事に戻れるか不安だったんだ。でも月の光を浴びたあの子がとっても綺麗で……頑張りましょうって微笑んでくれたんだ」
何を言っているかよく分からない。太陽は穏やかな口調でさらに続ける。
「その時さ、不安が全部吹っ飛んで楽な気持ちになったんだ。今でも覚えてる。だから妹ちゃんは絶対助けなきゃと思ったんだ」
それが太陽の行動原理だったというのか。
そこまでボロボロになってでも守りたいものなのだろうか。
「僕はさ…‥君達兄妹が大好きなんだよ」
「はっ?」
「だから君達の側にい続けたい……」
そんなことをもらして太陽は再び眠りついてしまった。
言うだけ言って寝やがって……。今あったことも覚えてないかもしれないな。
俺は椅子から立ち上がり、窓際の方へ歩く。
隣のベッドのカーテンを開ける。そこには……さっきから涙をボロボロ流して……声を押し殺している月夜の姿があった。
「もう泣き止め」
「だって……ひっく……私のせいで……太陽さんが」
俺が見やすいということもあって、2人を同じ病室にしてもらっていた。
太陽が目が覚めた時、駆け寄ろうとしたがそれは俺が止めた。太陽は女の子に地を見せたがらないからな……。
「庇ってくれたって……知らなくて……ひっく」
「あいつらしいな」
それを言ったところで多分とぼけるんだろうな。絶対あいつは庇ったと言わず、一緒に巻き込まれたと言い張るんだろう。
月夜への恋慕があるはずなんだが……どうしてこいつは自分を良くみせようとしないのか。
自信がない。それもあるだろうけど、誰にも理解しづらい変なこだわりがあるんだろう。
今はいいけど、太陽を好きになる女はこの性格に苦労するに違いない。
月夜は俺の服の裾を引っ張る。
「私……どうしたら」
「見舞いにいってあげよう。あいつは嫌がるかもしれないけど……、心の中ではきっと喜んでるはずだから」
◇◇◇
それから2週間が過ぎ、8月も上旬が終わろうとしていた。
月夜は退院し、太陽は地元の病院へ転院した
月夜はほぼ毎日見舞いに行き、俺も可能な限りを足を運んだ。俺が行くと喜んでくれるが月夜がいくと一瞬嫌な顔をするらしい。
あいつ……実は男好きなんじゃないか。
単純に女の対応で取り繕うのが大変で悩んでるんだろうな。
今日はバイトも夕方で終わったため、太陽の所へ見舞いに行くために病院へ足を運ぶ。
確か来週退院だったな。バイトで立ち会えないが……仕方ないか。
病院の中へ入ろうとした時……入口の近くで……息を切らした妹の姿があった。
「月夜、どうした?」
「……! あ、お兄ちゃん」
月夜は今日も見舞いに行ったのだろう。しかし、いつもと違って顔が相当に紅くなっており、涙目になっている。
そして手で胸を押さえている。
「太陽さんが……」
「何か言われたのか?」
あいつが月夜を邪険に扱うことはまずない。そんな度胸はない。
「私ずっと……見舞いに行って……あの人が私を優しいって言うから……腹が立って、私は自分の本当の性格を話したの」
「ああ、いつも隠してるけど、性格だいぶ悪いもんな、おまえ」
「お兄ちゃん譲りだけどね!」
キっ!とにらまれる。そんな似ているからこそ家族として愛しい。妹を大事に想っている気持ちは伝わらないものだ。
「私は子供の時からずっと人を利用する生き方をしてきた。自分を守るために人の関係を精査して立ち回ってたって」
俺はそのような生き方が面倒だが、月夜はあえてその生き方を選択した。
興味のない男子からアプローチを避けるために女子を上手く使って盾にする。海香や木乃莉も今では大親友だが、出会い自体はそう良いものではなかったらしい。
月夜は本音を隠して生きている。俺と同じで欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れる。強欲な女だ。
そのあたりも全部太陽に話したのだろうか。
「でもあの人……それでも優しいって、性格が悪くても君は優しいって……私が今まで隠れてどんなことをしたか話してもニコニコして優しいと言ってくれるの!」
月夜はまた胸をぐっと押さえた。
性格が悪くても優しい……。俺に対してもたまに言ってくるな。相手の内面を十分に理解した言葉だと思う。月夜に対しては初めて言うのかもしれない。
太陽は人の行動を好意的に解釈する傾向がある。最近話すようになった月夜はそれを知らないのだろうな
「ねぇ……お兄ちゃん」
「ん?」
「さっきからずっと胸が痛いの。今日、太陽さんに優しくて綺麗だ。って言ってくれてからずっと胸が痛くて……顔が見れなくて……逃げ出しちゃった」
月夜は頬を紅くさせ、片手を顔にあてて隠す仕草をする。
「これ……何なの!?」
そうか……ついにおまえもそれを知る時が来てしまったんだな。
俺には経験がある。小学5年生の時に1学年上の九土原先輩を好きになったことがあった。今でも思い出として心に残っている。
あくまで過去の物だけどな。5月に受けた先輩の告白も断ってしまったし…‥‥。
俺は月夜のサラサラの髪に触れて……優しく撫でた。
「それはな、初恋なんだよ」
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