117 運命のバレンタインデー③

 近所の公園のベンチで僕と星矢は横並びに座る。

 ほんの十数分前までは世界で一番幸せなんじゃないかと思ってたのに……いや、全部僕が引き起こしたことか。


「飲むか」

「星矢が僕に缶コーヒーを奢るなんて……やっぱりおかしかったんだな」

「奢らないぞ、あとで150円返せよ」

「割増しで要求するとこは星矢らしいな」


 缶コーヒーのタップを開けて、熱々のコーヒーが口内に入る。

 まだチョコレートの味が残っていて……ちょうどいい安牌だ。月夜からもらった紙袋を横に置く。


「あ、月夜を探さないと……」

「問題ない。水里が追っている。女同士で会話させりゃいい」

「ってことは星矢も水里さんも近くにいたのか?」

「夜遅かったからな」

「ごめん」


 日は変わり、すでに2月15日の日曜日となってる。こんな時間まで付き合わせてしまい本当に申し訳なく感じる。

 星矢に声をかける。


「やっぱりこうなったって言ってよな。星矢はこうなるって分かってたのか?」

「ああ、確証はなかったけどな。でもよく耐えた方だ」

「え……」

「おまえ、月夜が我慢強くて好きな男の言うこと何でも聞いてくれる清い女と思っていたのか?」

「それは……」

「俺そっくりでどんな手を使ってでも自分の要求を押し通す性格悪い女が良くあんなに我慢できたもんだ」

「……」

「あんな感じでブチ切れるとは思ってなかったがな」


 星矢は話を続ける。


「ああなってしまった以上これまで通りというわけにはいかない。太陽、いい加減に覚悟を決めろ」

「僕は……」

「おまえはなぜ頑なに月夜と付き合いたがらない。おまえが折れれば晴れて恋人関係になれるんだぞ」

「……僕は月夜に相応しくない。今でもずっとそう思ってる。単に僕のわがままだよ」


「ウソだな」


 星矢はまっすぐ……月夜と同じような瞳で僕を問い詰める。


「俺の知っている山田太陽は絶対にそんなわがままを言わない。もっとあるはずだ。心の奥深くに……おまえが月夜と一定の距離を取ろうとする本当の理由があるはずだ」


 分からないんだよ……。心の中にわだかまりはあるんだ。でもそれが何なのかはっきりと言葉に出せないんだ。それだから月夜を悲しませてしまうのか。


「じゃあ聞くが」


 星矢は空を見上げた。


「おまえはいつから月夜のことを好きになった? 月夜がおまえに好意を抱いたのは間違いなくあの【7月下旬の事件】の後だ」

「……それはこの数か月だよ。それまでは僕は月夜を星矢の妹としか見ていなかった」


 星矢の表情が険しくなる。


「俺の前で取り繕うのは止めろ! 俺はおまえが気を遣うような存在か。なぁ!」

「っ……」


 僕はいつから親友にまで気持ちを隠すことになってしまったんだ。それを知らされて愕然とする。


「もう一回聞くぞ。おまえはいつ月夜を好きになった」


 僕は目を瞑り、息を吐く。


「1年生の夏だよ。初めて月夜と出会ったあの暑い夏の日だ」


僕は1年の夏休み前にひょんなことで星矢と友人になり、たまたま家に行くことになった。

 そこで当時中学3年生だった月夜と出会って、そのあまりの可愛さに胸を鷲づかみにされたような衝撃を受けた。


「だからここ数ヶ月じゃないよ。もう1年半になるのかな。僕はずっとずっと前から月夜が好きだった」


 つまり一目惚れしてしまったんだ。


「月夜を見て一目惚れする人間を山ほど見てきた。あいつは気づいていなかったかもしれんが」

「やっぱり見破られていたんだね」

「だが、おまえは月夜に近づきたがらなかった。朝の登校で一緒に行くようになるまでまったく話そうとしなかったもんな」


 何を話していいか分からなかったし……。こんな恋をしたところで成就するなんて思ってなかったから。

 あんなかわいい子は星矢のようなイケメンの彼氏がいると思い込んでいたしな。

 でも月夜に嫌われたくはなかったのでなるべく僕は気のないフリをし続けた。そして、星矢の朝を起こしに行くことになっても決して月夜に深入りしようと思わなかった。


 当初月夜を呼ぶために使っていた妹ちゃんという言葉も恥ずかしいから使っていたわけじゃない。明確な線引きの意味で使用していた。

 僕は月夜を好きではない。ただの親友の妹としか見ていない。僕はそうアピールし続けた。心の奥底に秘めた感情があることを隠して。


「【7月下旬の事件】でおまえを取り巻く環境は一変した。おまえはあの事件を覚えてるか」

「ああ、月夜が高熱に侵されて……大変な目にあった事件だろ。忘れるわけない」

「それだ!」


 星矢は強い口調に変わる。


「なぜ最初におまえがあの事件で死にかけて入院していたと言わない!」

「っ……」

「おまえは自分のことに興味がない。人はおまえに興味がないとおまえ自身が思い込んでいる。そして自己の評価の低さを当然のように思ってる。この前の誕生日だってそうだ。俺は……おまえと月夜の誕生日が一緒であることを知っていた。でもおまえは最後まで言わなかったな」


 月夜から聞いたのか……いや、多分違う。何かの話のきっかけで誕生日を言い合って……覚えていたんだろう。

 星矢はさらに続ける。


「なぁ……太陽。思い出してみろ。【7月下旬の事件】のことを。そうすればなぜおまえが頑なに月夜と距離を置こうとするか分かるだろう」


 星矢は腕を組んで目を瞑った。

 待つということだろうか。僕は……過去の記憶を呼び覚ます。

 そう、あれは夏休み入って少しした頃、暑い……夏の日のことだった。

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