105 来週の準備②

 僕達がやってきたのはライブハウスだ。

 ライブといえば何万人も収容できるドームのイメージがあったのだが、そこはまったくそれとは異なっていた。

 ちょっとした路地にある建物の地下に飲食店があり、その奥にカウンターが存在した。そこを潜り抜けると数十人しか収容できない小規模な場となっている。

 客が演者のすぐ近くで応援することができる一体感のある作り……テレビで見たことあるな。


「【Ice】が地下アイドル時代にお世話になったとこなのよね」


 僕がひーちゃんと出会ったのは彼女が転校してきた5月の話で、すでにメジャーデビューしある程度の地位を得ていたためそれまでの経緯を知らなかった。

 結構な下積み時代があったらしい。

 今回はその時代のご厚意もあり、練習場として無料で1日貸してくれるそうだ。


 僕達4人はステージへ上がった。


「おーすっご、ひーちゃん先輩はいつもここで歌って、踊ってるんだね」

「そーよ。箱でのライブはかなり減ったけどね。こうやってイチからやってきたんだから」


 長い金髪を手でといて、ひーちゃんはステージの一番前に出る。これが今人気急上昇中のアイドルグループのエースの姿。確かにオーラが見えるような気がする。


「さっ、練習するわよ」


 月夜のお誕生日会のイベントとして僕達4人は小規模ライブを行うのだ。練習時間がそんなに取れないし、クオリティを追求する場ではないのでそこそこの質で2,3曲を行う。

 現役アイドルのひーちゃんが月夜の好きな曲を歌って、踊って盛り上げる。そして北条さんと世良さんはコーラスとして後ろで歌う。

 じゃあ、僕は何をするというと……マイクを握る。


「へぇ~本当に先輩って歌うまいんだ。かなり意外」

「あたし達も初めて聞いた時はびっくりしたんだよ」


 あまり自慢できることじゃないが、僕はわりと歌がうまい方だ。腹式呼吸できて、音程がそこそこうまく取れる。

 といっても教育を受けているわけではないので素人の中では……ってレベルだろう。

 みんなでカラオケ行って女性陣に驚かれたのは一種の快感だね。


「もしかして僕もメジャーデビューできちゃう?」

「無理よ、顔が平凡だもん」

「ぐっ、自覚はしてるけど……」

「誰でも一つくらいとりえはあるもんよ」


 現役アイドルに鼻で笑われる始末である。

 カラオケでうまいって言われるぐらいでちょうどいいんだよ。


「ひーちゃんは逆に歌の才能だけ恵まれなかったんだね」

「フン、今の私は……これまでの私と違うわ。度重なるボイスレッスンで……才能が開花したんだから!」


 ひーちゃんはあんまり歌がうまくない。出演するたびにズコーと呼ばれるレベルだ。しかし、持ち前の明るさと演出、ダンスでカバーしており、愛される下手さと言ってもいいだろう。

 本人のたゆまぬ向上心でかなりよくなったようだ。


「そんで4曲目はつーちゃんへ愛の告白をするんでしょ」

「しねぇよ」


 そんな堂々と愛の告白をできるんならとっくの昔にしています。

 今の距離感で十分。月夜の誕生日を祝うために僕だって歌うんだから。

 ひーちゃんの指導の下、僕達は3曲ほど練習し汗を流した。

 あとは現地で音響の調整とかうまくいけばそれなりのものに仕上がるだろう。

 ひーちゃんも北条さんも世良さんも忙しい中、楽しんでやってくれている。月夜も喜ぶ誕生日会となるだろう。


 2月7日かぁ……。


「それで山田はプレゼントを用意したの?」

「どういうこと?」


 北条さんの質問に疑問で返す。

 そこにひーちゃんが声を出した。


「あなた自身、つーちゃんへプレゼントを用意しないといけないでしょ」

「みんなで共同でプレゼントを渡すって話だったから考えてなかったよ」


 3人からため息をつかれた。

 選択を間違えたようだ。でもクリスマスでも個別で渡してるしなぁ……でも。


「何を用意したらいいのやら……」

「大丈夫だよ。月夜はせんぱいからのプレゼントなら何でも喜ぶって。結婚届とか渡したら?」

「何て重いプレゼントだ」

「あたしはせーちゃんからもらったら泣いて喜んでサインしちゃうけどね」


 もはやプロポーズじゃないか。

 僕達付き合ってるわけでもないし、高校生なんだが……。


「結婚届は冗談として、何か用意してあげたらきっと喜ぶよ。高価なものである必要はないしね」


 北条さんは腕を組み、温和な言葉を口にした。

 さすがみんなの姉御。よいアドバイスだ。


「北条さんや世良さんだったら何が欲しいの。参考意見として聞きたい」

「私が欲しいもの……そうだなぁ、今だったら某社のプロテインかな。しなやかな筋肉をつけたい」

「分かる! あたしも欲しい。いいプロテインって高いんだよね!」

「わかんねーよ! アスリートの意見は参考にならないな。 ひーちゃんは?」

「ファンレター」

「ファンに頼めよ」


 このあたり冗談として、あと一週間……ちゃんと用意しないといけないな。

 だいたい何を送ろうか目星はつけていたりする。


「じゃあ……3人ともこの後、プレゼント買いにいくので手伝ってください」

「しゃーないわね。ひーちゃんがつーちゃんが泣いて喜ぶ最高のプレゼントを選んであげるわ!」


 イベントの練習はほどほどに退場。

 女3人に口々に言われながらも何とか及第点のプレゼントを買うことができた。


 2月7日、8日の土日の旅行。いい日になるといいなぁ。

 そして当日があっという間にやってきた。

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