055 音楽室

 人使いが荒い!

 今日は月夜が陸上部のマネージャーとして参加する日だったが、放課後ある程度時間が過ぎてもやってこないため、部活メンバーから呼んでこいと言われてしまった。

 自分で呼んでこいと言ったら月夜が一番気を許してるのは僕だということで結局行かされてしまった。

 悪い気がしないのがお人よしと呼ばれてしまう所以なのかな。


 10月が過ぎ、日中の気温も少しずつ下がっていく。夏服の生徒も少しずつ減っていき、夏服冬服の併用期間も今週で終わるので、来週から冬の制服で登校しなけれはならない。

 部活をしている手前まだ冬服じゃ暑いんだよなぁ。


 クラスの教室、図書室にもいなかった。同じ文芸部の瓜原さんにも聞いたが来ていないという。電話も出ないし、どうしたんだろう。

 でもどこかでピアノが流れる気がする。今日、吹奏楽部は事情で休みって聞いてたけどな。

 気になって近くにある、音楽室の扉を恐る恐る開けてみた。そこには日が差し込む中でゆっくりと鍵盤を弾く月夜の姿があった。

 ゆっくりと確実に音を出している。


「あれ、太陽さん」

「ああ、ごめんよ」


 音楽室の扉とピアノは対面にあるためすぐ気づかれてしまった。


「明日幼稚園に行くんですけど、新しい曲を弾こうかなと思って練習してたんですよ」

「そうなんだ。じゃあ今までも?」

「ええ。吹奏楽部が使わない時とか……たまに勧誘とかもされました」


 月夜はまたピアノを弾き始めた。

 僕はあまり音楽を聴かない。流行のJ-POPを聞いて満足するレベルだ。月夜が弾く童謡も聞いたことはあるが、うまいか下手かはよく分からない。

 楽譜のまま弾ければいいってものでもないのだろう。表現がなんたらは聞いたことあるけど。


「月夜はいつからピアノを弾いていたの」

「小学校の3年生までですね。金賞とか取ったこともあるんですよ」


 さすが才能豊かな女の子だ。でもその女の子がピアノを止めてしまった理由がある。


「ちょうどその後両親が蒸発しちゃったんですよね」


 神凪家の2人の暮らしは月夜が小学3年生だったころに急変したらしい。両親は蒸発し、身寄りは遠方で働く伯父のみ。

 この時期は相当大変だったと星矢は言っていた。詳細はとてもじゃないが聞けない。今は兄妹何とか暮らしていけているので僕は深くは聞かないつもりだ。聞いた所で何かできるわけでもないし、2人に偏見なく接することが一番だと思うからだ。この2人の能力なら大人になれば……上へ行けるに違いない。

 この高校も入学時成績1位の場合、特待生として入学金、学費免除の特典があるため入学したと言っていたし、おそらく大学も同じような形でいくのだろう。


 月夜は続けて別の童謡を弾き始める。さらに日も落ち始め夕日が視聴覚室の窓から差し込んでくる。

 サラサラロングの栗色の髪を明るく照らし始めた。僕は……持っていたカメラのファインダーをその月夜の姿に合わせてシャッターを切った。

 弾き終えた月夜は穏やかな顔で僕に声をかける。


「何でカメラを持ってるんですか?」

「陸上でフォームチェックで使いたいって話があったから持ってきたんだ」

「ついに盗撮に目覚めたのかと思いましたよ」


 そんなことするわけないだろ。女の子は今のところ月夜以外を撮ってないよ。

 月夜はピアノの演奏をやめ、鍵盤に蓋をした。

 まだやっぱり昔のようにピアノを弾きたいって思うことはあるんだろうか。


「では太陽さん、行きましょうか!」

「あ、その前に……夏服もうちょっと撮らせてくれない?」

「本当に盗撮に目覚めたんじゃないですよね」


 だから違うって。しかも頼んでるんだから盗撮じゃないよ! 来週から冬服になるのでこのチャンスを逃すと来年まで撮れない。

 最近の押し押しのおかげで息を吐きつつもOKをもらえた。


「かわいく撮ってくださいね」

「十分今もかわいいよ」

「っ!? もう!」


 今年最後の夏服の月夜とピアノをバックに僕はシャッターを切り続けた。

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