044 相合傘

「雨ですね……」

「雨だね」


 ある日の放課後、天気予報では快晴だったんだけどなぁ。

 僕と月夜が部活の準備をしていたら大量の雨が降ってきて、すぐ止むとお思いきや……1時間以上降っているわけだ。

 運動場はもちろんぐしょぐしょ、顧問の先生もいないので今日は部活が休みになった。

 あと1,2時間したら雨も上がるだろう。着替え終わった僕達は昇降口で天を見上げた。


「月夜は傘を持ってるの?」

「はい、折り畳み傘を持ってますよ」


 そうか……。ならば。


「ごめん! 星矢に渡すものあったんだった! 今から渡して喋ってくるし、先に帰ってて」

「え、はい」


 僕は校内の中に入り、下駄箱の上靴を手に取る。さてと暇つぶしに本当に行こうかな。そう思った矢先に腕を掴まれた。


「た~いようさん」

「な、何?」

「最近太陽さんの言動が分かってきたんですけど……傘持ってますか?」

「……」

「持っていないんですね」


 折り畳み傘を持ってくるのを忘れていたんです。月夜を待たせるのは悪いと思って、理由を捏造して校舎に戻ろうと思ったらまさか見破られていたとは。


「お兄ちゃんに渡すものであれば私に渡せばいいはずです。……どうせ私に気遣ったんでしょう」

「さすがの洞察力だな。完璧だよ」

「もう!」


 月夜は不満げな顔付きとなる。今日は湿度も高いから月夜の栗色の髪がしっとりしていて、ちょっと印象が違うよなぁ、


「傘なら私のがありますし、一緒に帰りましょう。海ちゃんや木乃莉ともそれでよく帰ってますし……」

「でも僕と月夜じゃ……その相合傘にならない?」

「……っ!」


 気づいてなかったのか。そっちの洞察力を鍛えてほしいな。月夜がそう言い出す可能性があることを分かっていた。

 優しい女の子だからね。でもせまーい折り畳み傘で2人で密着なんてしたら……僕はとりあえずやばい。


「い、いいですよ! 太陽さんは大事な……だから別に相合傘でもいいです」

「大事なから後が聞こえないんだけど」

「えっち」

「えっちでごまかすのやめろよ!」


 月夜のえっちって言葉が下半身に来ることを僕はバレてはいけない。



 ◇◇◇



 やばい、これはやばい。

 折り畳み傘が思ったより小さかった。

 身長の高い僕が傘を持っているんだが、雨にできる限り濡れないようにするには相当に引っ付かないといけない。

 そんなわけで今、僕は月夜をわりと包み込むようにして歩いている。このまま傘を落として抱きしめてもいいくらいだ。

 さすがの月夜も恥ずかしいのか、耳まで真っ赤である。最近一緒にいることが多かったので月夜のかわいさに慣れてきてはいるが、このような密着はさすがにない。

 手をつなぐだけでも赤くなるのに……無理だよ。


「月夜…‥冷たくない?」

「はい、……むしろなんか熱くてやばいです」


 偶然かな、僕もだよ。

 さっきから僕の目の前で動くこの栗色の髪が湿気でしっとりしていて、無茶苦茶触りたい。撫でまわすようにといてあげたい。

 結構な髪フェチなんだよね。月夜や水里さん、弓塚さん、九土さんのようなロング系の髪が好きです。星矢はよりどりみどりで羨ましいな。


 あっ!


 僕は右手で月夜を強く抱え込むようにした。月夜の体が僕の胸に入るようになる。


「ひゃっ!」


 早い速度で通過する車。水たまりを飛ばして走っていたため月夜を守ったがこの場所に水たまりはなかった。


「ごめん、水が飛ばされると思ったから」

「だ、大丈夫です」


 照れて真っ赤になる月夜を見て……心臓の鼓動がやばい。あ、何で僕はこんなことしちゃったんだろう。


「太陽さん……ドキドキしてますか?」

「はぅ!」


 胸の音を聞かれている!? ブレザーは濡らしたくないから無理やりカバンにいれて、カッターシャツ1枚なんだよな。

 この鼓動を聞かれるわけにはいかない。だったら……月夜から放させるしかない。


「……月夜の髪って綺麗だよな」

「――――っ!」


 手でさわさわと月夜のしっとりした髪に触れる。背中まで伸びたストレートの髪を櫛のように下から上方向にといた

 月夜はびっくりして雨にかかるのも構わず急に体をばっと離した。

 歯をくいしばる顔付きと驚きの強い瞳が僕の目と合う。


「それはずるいです!」

「……お互い様でしょ」


 僕と月夜は狭い折り畳み傘の中無言のまま歩き、神凪家のアパートまで到着した。

 いったん月夜は家へ入り、戻ってきた時ビニール傘を渡してくれた。


「明日来た時返すよ」

「……」


 月夜は少し目を細め、僕の様子をじっと見る。

 傘でそれなりに防いだとはいえかなり濡れている状況なので帰って風呂に入った方がいいと思うんだけど。


「私の髪……そんなに綺麗ですか」


 綺麗だよ! 全身全霊で頬ずりしたいよ! 2,3時間でも触っていられるよ!


「そ、そうだね。また……触りたいかな」

「じゃあ」

「え、触らせてくれるの!?」

「今日は駄目です! 手入れもしてないし、雨で汚れたし!」


 それがいいんだけどな……。


「次の2回目のデートの時なら……いいですよ」


 お、おお! 女神か。これだけでもう早く次の機会が来てほしい。そう願う!

 やばい興奮しすぎて鼻血が出そうじゃないか!


「太陽さん……」


 何かそんな僕の様子を見てか……月夜は飽きれたような顔になっていた。


「次のデートまでに髪の撫で方を勉強してください。ちょっと鳥肌立ちました。気持ち悪いです」

「ぐっは!」


 上げて、即下げられる。神凪月夜という美少女。なんて恐ろしい女の子なんだ。

 雨の中で佇む僕は……まだ立ち上がることができない。

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