031 月夜と幼稚園③

「あ、太陽さん」


 曲が終わり、扉の前にいる僕の存在に気づいたようだ。ピアノの椅子から降り、月夜はゆっくりと近づいている。


 近くで月夜の顔を見るとまだ目じりに涙の跡が残っていた。

 笑顔もまだちょっとぎこちない。満里奈先生に言われたことは……さすがに言わないでおこう。


「心配かけてごめん、もう体は大丈夫だから」

「子供達の前だから……もういいです。でも無理しないでくださいね」

「ああ」

「おにーさんはだれ?」


 7人の子供に矢継早に質問され、慌ててしまう。さっきまでの重い雰囲気は吹き飛んでしまった。

 子供の相手をしてたら考えてる暇なんてなくなるな。これでよかったよ。月夜にも無理のない笑顔が戻ったようだし。

 結局子供が離してくれないため、僕も月夜と一緒に遊びに加わることとなった。まだ仕事終わってないんだけどなぁ。

 僕と月夜が隣同士で子供達の様子を見ながら簡単なゲームを行う。


 そして。


「おにいちゃんが1番。つきよせんせーが罰ゲーム」

「罰ゲームなんてあるんだ」

「簡単なやつですけどね。その2つの箱に入ってる紙を読み合わせて罰ゲームとするんですよ」

「変な罰ゲームにならないよね?」

「ふふーん、私がしっかり考えたやつですよ~。そんなのあるわけないじゃないですか」


 確かに幼稚園児がやるような罰ゲームだ。きつい罰があるはずがない。

 1位の僕が2つの箱から紙を取り出してつなげて読んだ。


「ほっぺにチュー……えっ!? マジ?」

「チューだ! せんせーがおにいちゃんにチューだ」

「らぶらぶだ~。ほっぺにチューだ」

「ちょちょちょちょ待って、こここれ、つ、月夜?」


 隣に座る月夜は手で口を押さえて、顔を真っ赤にさせている。

 これ、十分変な罰ゲームですよ! 君、実は何も考えてないだろ!


 確かに子供達だったらお遊びですむけど……僕達がやったらやばいだろ、さすがに!

 子供達はとにかく動けと騒ぎ立てる。あんなことがあってからほっぺにチューは……。

 何とか切り抜ける方法は……いろいろ考えていると子供達の1人が立ち上がり、フラフラとあらぬ方向へ歩き始めた。

 その子供は少し進んで転びかけた。


「あ、危ない!」


 と思ったら転ばずに体勢を戻し、振り向いてこちらに戻ってきたのだった。

 良かった、転ばずにすんだようだ。

 僕は再び顔を寄せようとした時……熱い吐息と一緒に僕の右頬に柔らかい何かがくっついた。


「え?」


 その柔らかい感触はすぐに無くなり、僕はおそるおそる右にいた月夜の方を向いた。


「みんなシー! だからね」

「シー!」


 さっきよりもより焦った顔立ちで月夜は必死に子供達に言葉をかける。


「あの……月夜さん」

「これです! 今のはこれです!」


 月夜は左指に指サックのようなものをつけて必死に説明した。


「そんなゴムのような感触じゃなかったよ!?」

「これなんです!」


 結局月夜の否定、子供達が黙秘をしてしまっため真実は分からなかった。

 あの熱い吐息と柔らかい感触の正体を僕は知ることなくこのアルバイトを終えたのだ。


 そして待ちに待った全校登校日がやってくる。



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