021 マネージャー
放課後、僕は所属している陸上部の練習に参加する。
でも本当によく分からない。
月夜は僕のことが好きなのは間違いない。だが……それは友情なのか、恋愛なのかが分からなかった。
それで昼休みに気持ちを奮い立たせてひどいことを言って退けてしまった。それでも変わらなかったからきっと親愛の情なんだと考えたんだけど……。
「今日から掛け持ちで陸上部のマネージャーをやらせて頂きます、神凪月夜です。仲良くしてください」
『うおおおおおおおおおおおおおおお!』
陸上部の男中、沸く。
弱小の男子陸上部にマネージャーはいない。そのマネージャーに学園一のかぐや姫と噂される月夜が入部したんだからそりゃ男達の熱狂度は半端ないよね。
僕は月夜を手招きした。
「あの……どういうことなの?」
「入院していた太陽さんのリハビリの手伝いをしたくて、顧問の先生に話したら一発OKもらいました」
「リハビリって! 僕は別に有能な選手じゃないし、必要ないよ!?」
「もう入部届も出しちゃいましたし、掛け持ちなので気楽にやりますね」
普通、親愛で部活までついてくるか? 入院への同情……もういいや、わからん。
月夜は男子禁制の文芸部に所属している。自由参加の部活らしく、そっちへの影響はまったくないのだが。
「あ、妹ちゃん!」
「むー」
「そんな顔しないでよ。僕の命がわりとかかってる」
月夜は妹と呼ばれたことに不機嫌を示したがそんなことを言ってられない。
僕がわりと月夜と交流を許されているのは星矢と親友で月夜のことを妹ちゃんと呼んでいるからだ。それが月夜と下の名前で呼び捨てにしてるのがバレると非公式ファンクラブに血祭りにあげられるだろう。だからグループ以外ではその呼び方にしたいのだ。
こうなってくると面倒なのが、月夜とお近づきになりたいという連中である。本人には話かけられないのでこっちに来た。
「やっぱ神凪さんってすっげーかわいいよなぁ」
「体細いのに胸は大きい……。完璧すぎねぇ!?」
「何か接点もちたいな。山田、何とかしろよ」
「おまえ神凪さんと仲良すぎだろ。付き合ってんのか」
こうなるのも予想できた。
「前も言ったけど僕と妹ちゃんが釣り合うわけないだろ。兄貴があれだから兄の友人として話しやすいだけだよ」
かぐや姫と評される月夜と僕なんて横に並ぶことを想像できない。それは学校中、みんな分かっている。
月夜に相応しい人物など兄の星矢筆頭、学校随一のイケメン軍団くらいだ。まっ、ほぼ玉砕しているようだけど。
最後に追い打ちをかける。
「そんなに接点持ちたいなら星矢と友達になればいいじゃないか」
「……それは」
「……ちょっとなぁ」
「それじゃ妹ちゃんと仲良くは一生無理だな」
神凪星矢は全校生徒、主に男子生徒に恐れられている。1年の初期に星矢の優秀さに嫉妬した奴らがいて、いじめのようなことがあった。
それを星矢が合法に過剰に制裁したせいで主犯は退学、残るメンバーも停学、引きこもりとなったのだ。あまりの過激な行動に、星矢に決してケンカを売ってはいけない。というのが広まった。
あいつの座右の銘は倍返しだからね。怖っ。
僕も初めは怖かったけど、あることがきっかけで意識が180度変わって仲良くなったんだよな。それゆえ星矢にまともに話せる男子は僕しかいないというわけだ。
ただ、女子には奥底の優しい性格もあって、寡黙ながらも気配りを見せるために惹かれる生徒が多いのだ。単純に顔が良いしな。
ほんとイケメンってずるいな!
「おまえら、さっさと走ってこい!」
陸上部の部長の掛け声で僕達は散っていくのだが……。その部長に月夜は近づく。
「部長さん、石灰持ってきました~。白線とか書いたことないのでちょっと楽しみです」
「オ、オウ! そうか、よ、よかったな」
女子など不要、頑固一徹の部長ですら月夜の愛らしさに骨抜き状態だ。こりゃ大変だねぇ。
僕は短距離と走り幅跳びの選手である。部内での成績は正直よくない。学校対抗戦などはレギュラーから外れるし、リレーも出たことがない。
そもそも特進科の生徒は勉学第一なのでそこは仕方ないのだ。
なので……。
「じっと見られると恥ずかしいのだけど」
「えー、気にしないでください。興味があるだけなんで」
栗色の髪をキラキラさせ、月夜は首を傾げて言う。真っ白な体操着からは外から見ても分かるくらい胸部に盛り上がりがあり、スパッツの下の生足は何度見ても素晴らしい。
神凪月夜という少女の可憐さ、スタイルの良さがよく分かる。
今日は砂場が空いているので幅跳びの練習だ。一ヶ月近く練習していないから、一つ、一つステップを確認して飛ぶ。
……だいぶ衰えたなぁ。来月の試合までには元に戻さないと。
15時の外は暑い。集中すると大量に汗をかく。砂場から立ち上がって元の場所に戻ると月夜が近づいてきた。
「太陽さん、水です」
「ありがとう」
月夜がコップに注いでくれた水を飲み干す。汗をかいた後の水分補給はいいな。
水分を取って、さらに汗をかく。タオルでふかないと……。
「太陽さん、タオルです」
「悪いね、ありが、わっぷ!」
僕の顔に押し付けられるタオル。おでこ、頬、首のまわりを優しく丁寧に月夜はタオルを使って僕の汗を拭ってくれる。
これは照れる。やばいほど照れる。久しぶりに顔が熱くなってきた。
「あ……いや……その」
「一つだけ言っておくことがあります」
月夜は僕の汗を拭ったタオルを抱え込み、体を後ろに向ける。
ゆっくり振り向いたその表情、少し照れた顔立ちとなっており、くりくりの二重の瞳が揺れる。
「こーいうことは太陽さんだけしかしないので勘違いしないでくださいね」
月夜はタオルは持ったまま向こうの方へ行ってしまった。
やっぱり女の子って分からない。顔の火照りがいつまでも止まらなかった。
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